暗殺された枢機卿のナゾ
ピクリとも動かないアレグロ枢機卿。近づいて脈を確認するが――すでに事切れていた。それをスコルに伝えると青ざめてショックで倒れそうに。いや倒れた。
俺は床へ衝突する前に抱きかかえた。壁際にそっと寝かせ、改めて枢機卿の容態を確認。
「外傷はない。自殺……? いや、ありえないな」
教会の人間がそんなことするわけがない。となると、これは……なんだ?
疑問を感じていると、悲鳴を聞きつけた議員がやってきた。
テレジア、ゲルンスハイム帝領伯、モラヴィアニ、シベリウスの四人だけだった。別の議員は帰ったのだろうか。
いやそれよりも。
「テレジア、アレグロ枢機卿が殺された」
「なんですって!?」
「ただ、刺されたような痕も毒殺されたような感じもない」
「となると“呪い”でしょうか」
呪い、だって?
その発想はなかったな。そうか、呪いスキルによる“呪殺”というわけか。それなら外傷がないのも納得である。
「どうしてこんなことに!」
頭を抱えるシベリウスは、レオポルド騎士団に要請をかけてくると言って立ち去った。そうだな、今は騎士団の力が必要だ。現場検証とかもするだろうし。
「これは大変なことになりました。陛下、どうなされるおつもりで?」
モラヴィアニという女性議員が氷のような冷静な声で俺に聞いてきた。とても落ち着いていて逆に驚いた。
「アレグロ枢機卿のことは騎士団に任せる。……だが、犯人は俺が見つける」
さぞ無念だったことだろう。しかも聖央教会の枢機卿。信者も多くいると聞くし、悲しむだろうな。憎悪する者もいるかもしれない。
なるべく、殺されたとは発表したくない気もする。しかし、真実を明かさねばならない。民からの信頼をなくせば俺はそれこそ皇帝ではなく、魔王になってしまう。
騎士団を待つはずだったが、その前にクラウスが現れた。コイツ、帰ったはずでは――。
「なんてこと。アレグロ枢機卿が帰らぬ人になってしまうとは」
クラウスは白々しく悲しむ。まてまて、演技が下手すぎるだろう。コイツ、なにか知っているな。
「おまえ……」
「まさか陛下が!」
この野郎、皇帝の俺に向かってなんてことを言いやがる。
「不敬な!! 死罪に値しますよ、クラウス議員」
一喝するテレジアにみんなが振り向いた。そんな声量出たのかよ。一方のクラウスは肩をすくめ、鼻で笑う。……この野郎。マジで帝国追放にするぞ。
「ご冗談ですよ。陛下を疑うなんてありえぬことです。――ですが、第一目撃者は陛下のようですね。言い換えれば容疑者でもあるかもしれません」
「貴様!」
「可能性の話ですよ、テレジア議長」
あざ笑うかのようにクラウスは遺体の周囲を歩く。この男、やはりマルクスと同じだ。人をなんとも思っていない。支配だけを目論み、やがて蹂躙するのだろう。そんな光景が目に浮かんだ。
クラウスは危険すぎる――。
徹底的に監視せねば。
レオポルド騎士団が到着するや、クラウスは早々に立ち去った。まるで都合が悪いかのように。
現場は任せ、俺はスコルをお姫様抱っこして元老院を出た。
元元老院議長マルクスの意思を継ぐ者……クラウス・リヒトブリンガー、あの野郎のことを調べねば。
◆
塔へ戻り、ルドミラと合流。俺は今までのことを掻い摘んで話した。
「な、なんとアレグロ枢機卿が……そんな」
どうやら、ルドミラは枢機卿とは騎士団長時代に交流があったらしい。明らかに困惑し、瞳を潤ませていた。
彼は父のような人でした――ルドミラはそうぽつりとつぶやいた。
まさか、そこまでの関係だったとは。
「そうだったのか」
「はい。騎士団長を務めていた時、枢機卿のおかげで救われたことが何度もありました」
毎日のように教会へ通い務めていたらしいルドミラ。そこで懺悔をするかのように悩みを聞いてもらっていたようだ。
親交が深まると、ルドミラは枢機卿を父のように思っていたと。
そんな人が亡くなった。悲しすぎるな。
「俺はクラウスが怪しいと思う。アイツは笑っていたぞ」
「……元騎士のクラウス・リヒトブリンガーですか」
「知っているんだな」
「ええ。私が騎士団長の頃に彼がいましたからね」
マジか。こんな手近なところにクラウスを知る者がいたとは! ルドミラが騎士団長で良かったよ。よし、これで情報収集が進むな。




