アルカディア40 アリス
「傷つけるつもりは無かったのですが、申し訳ございません。」
エスズ様の背後で剣に着いた血をはらう騎士団長。
「ふふ、流石は騎士団長。少しの隙も許してくれませんか。」
体の正面を斜めに大きく切られ、血の溢れる自分の体を触りながらそういったエスズ様。
「痛覚遮断をしていなければ痛みで狂い叫んでいたでしょうね。」
自身の血で真っ赤に染った手を見ながらエスズ様は騎士団長に話し続けた。
「・・・ちょっと待て。どうして、意識を保てている?」
切られたエスズ様を見て生徒たちがザワついていたが、騎士団長のその言葉で静まり返り、エスズ様を見つめる。
「お気づきになりましたか。」
エスズ様が片手を出すとその手に赤黒い水球が集まっていく。
「私の力は水を操る力。そして、血液は水分が多い。であれば操ることが出来るのでは?というのが私がエルドラド皇国で気になったことでした。そして、今なら試せる。」
騎士団長の方に向いたエスズ様。切られた場所は赤黒い液体が覆い、それ以上血が溢れることを防いでいる。
「魔力を持つ相手との戦い方、お見せいたしましょう。」
グッと弓を構えるように腕を引いたエスズ様。騎士団長が攻撃を防ぐために動いたが、赤黒い水球から矢のように次々と飛んでくる攻撃に苦戦をしている。
「まだまだいきますよ。」
エスズ様の動きは変わらないが、騎士団長が受ける攻撃の頻度が上がったように感じる。
「不可視の攻撃か!」
騎士団長はエスズ様の攻撃を見抜いた様子。しかし、それでも防ぐことが出来ない。
「クソ!」
攻撃を受けることを気にせずエスズ様に向かって飛びかかった。
「なんだか見たことある景色ですわね。」
振られた剣を難なく手斧で受け止めた。
「冷静さを失い、受ける攻撃を気にすることなく敵に突っ込む。騎士団長にしては後先考えない攻撃ですね。」
剣を受け止める手斧とは反対の垂れ下がり、地面に落ちていた手斧が浮き騎士団長の首についている鎖を巻き付けた。
「攻撃手段の分からない相手に接近するその危険性はよくご存知のはず。」
鎖によって完全に無力化さて、空中に持ち上げられてしまった騎士団長。国で最強と呼ばれる騎士団長がエスズ様相手にここまでやられるという事実に私たちは唖然としていた。
「私の攻撃もあえて受けたのか。」
「あれは純粋に避けることが出来なかっただけですわ。その点は反省ですわね。」
エスズ様は懐から薬瓶を取りだし中の液体を頭から被った。
「戦いの途中で考えるなんて、サリスに似てきたじゃない?」
もうお終いなのだろう。ディーネ様がエスズ様に近づく。
「そうですか?」
薬品に濡れたエスズ様がディーネ様にそう答える。じわじわと切られた服の隙間から見える傷が塞がっていく。それと同時に服もなおっていく。
「服まで治るんですね。」
ミューダ様がエスズ様に用意していたタオルを渡しながら驚いていた。
「なんでも治すからね。」
そう話しながらエスズ様がタオルを咥えた。
「えっと、何をしているんですか?」
近くに来ていた私は思わずそう聞いていた。
「はなれふぇふぇ。」
エスズ様にそう言われディーネ様に肩を掴まれて強引に離された。
「いつでもどうぞ。」
ミューダ様がエスズ様の体を抑える。エスズ様が一度大きく息を吐いた。
「ぐっ!?」
エスズ様の顔が強ばり、外から見てもわかるぐらい強くタオルを噛んでいる。
「がぁあああ!?」
激しく震えるエスズ様の体をミューダ様が必死な顔で抑えている。
「い、一体何が!?」
しばらく叫んでもがき苦しむエスズ様。
「はぁ、はぁ」
ミューダ様に支えられ、額に浮いた汗を拭くエスズ様。
「まったく。よくやるわね。」
「痛覚遮断に、頼らないための、訓練ですから。」
ディーネ様が渡した薬品を飲みながらそう話し続けるエスズ様。
「肉体は私の力で何とかできるわよ?でも、精神はどうにもできないからいつか壊れるわ。」
「今回で意識を飛ばさなかったのでもう終わりですよ。」
騎士団長も膝をついて呼吸を整えている。そんな騎士団長にもエスズ様は薬品を渡して見ている生徒たちに話し始めた。
「今の戦いを見てまだエルドラド皇国を下に見る事があれば、私が直々にエルドラド皇国にお連れいたしましょう。わたくしの力では絶対に勝つことが出来ない存在が多くいる国に。」
エスズ様はそれだけ言い残すと出口に向けて歩いていってしまった。慌ててその後ろをついて行き、聞いていた。
「あの、エスズ様は私たちと同じアルカディア王国で生まれたのですか?」
私の質問に足を止めた。
「そうね。エスズはアルカディア王国の生まれです。しかしながら、今の私がアルカディア王国で生まれたエスズとは別の存在になっていると言えるでしょう。そうですよね?ディーネさん。」
ディーネ様の方を見たエスズ様。
「気づいてたの?」
「これでも、人の体については知識を持っているつもりです。前に話した"ヒト"について学んでいましたから。」
あえて強調してエスズ様が言った言葉には私の記憶に刻まれた言葉と繋がっている気がした。
「エルドラド皇国の血を引くミューダなら納得できますが、全く関係のないわたくしがここまで力を使うことが出来る理由を考えた時、ディーネさんの薬を飲み始めてから、成長速度が格段に上がった事に気が付きました。器が変われば溢れるはずの力も得ることが出来る。そう考えればすぐに結論は出せましたよ。」
「言わなかった理由は?」
「サリスさんには隠してると思ったので。それに私の不利にはならないですもの。」
エスズ様の言った"ヒト"。私の認識に間違いがなければ、恐らく前世の記憶にあるあの"人間"だろう。
「エスズ様?お聞きしても良いですか?」
「ああ、ごめんなさい。何かございましたか?」
笑顔で私の方を向いたエスズ様。しかし、私の言葉を聞くとその笑顔のまま固まってしまった。
「"ヒト"についてご存知ということはエスズ様は庄内精製のことご存知ですか?」
「・・・ふふ。」
エスズ様は小さくそう笑うと私のことをグイッと抱き寄せた。
「ディーネさん」
エスズ様がそれだけ言うと私とエスズ様の足元に穴が空いた。
「え?」
あに落ちたと思ったその瞬間、私は寝転がっていた。そして、背中には草の触れる感覚がある。
「ごめんなさいね。あれ以上は言って欲しくなかったの。」
私のことを見下ろすようにエスズ様がいた。
「なに?この子もそうなの?」
楽しそうな顔をしたディーネ様も見える。
「勝手にいないと思っていた私の判断ミスね。もう少し、警戒すべきだったわ。」
はぁ、と息を吐くエスズ様。
「さて、ここならどれだけ話しても他人に聞かれる可能性は無い。聞かせてもらうわよ?貴方の持つ全ての記憶を。」
まだ状況を理解していない私だったが、何とか体を起こす。そして、今私がいる場所の景色を見て愕然とした。
「すごいでしょ。」
ディーネ様がほこらしげにそう言った。
「この場所は極小数の人しか知らないの。そして、この場所を知った以上私たちの質問には全て答えてもらう。」
エスズ様がこれまでとは違った雰囲気で私のことを見ながらそう言った。
「貴方はどこまで知っている?」




