アルカディア37 アリス
「及第点といったところですわね。進行をするならば今の感情を抑えるように。きっとあなたの想像するよりも過酷なものになりますよ。」
私の少し見上げる先、そこにいるエスズ様から発せられた言葉だ。
「申し訳ござません。」
私は反射的にそう答えていた。
「別に咎めている訳ではございませんわ。」
それまで纏っていた覇気を解いたエスズ様。その様子に私は先程と同じようにジッと見つめていた。
「私は始まるまでここにいますので、他にやることがあるようでしたら出ていって構いませんよ。」
動かないでいる私に気を利かせてくれたのかエスズ様がそう言ってくれた。私もその言葉に軽くお礼をしてから待機室を出た。そして向かうは私が学園から頂いた書記室。
(どういうこと?彼女は確かにエスズ様。あのゲームに出てきたエスズで間違いない。なのに性格が全く違う。それに、あの見つめられるだけで逃げたくなるような異様な覇気。やはりゲームとは別と考えて動かなければいけませんね。)
ぐるぐると思考をめぐらせながら書記室に入るとすぐさま机の中から分厚い本を取り出した。
「エスズ様のステータスは・・・」
本には1ページ事に人の名前と顔写真、そしていくつもの数字がズラっと並んでいた。
「いた。」
目的の人物のページを見つけ、その表示されている数字を見て絶句した。
「全ての数値が私の10倍・・・」
私の記録している数字とエスズ様の数字その全てにおいて一桁違った。
「じゃ、じゃあミューダ様は・・・」
エスズ様と一緒にいたミューダ様。確か、エスズ様の従者だったはず。それならば、数字も違いがあるだろう。そう思い探してみたが、見つけた時私は再び絶句するのだった。
「ミューダ様も10倍・・・、いくつかはエスズ様よりも低いとはいえこれは・・・」
数字は私と比べると差は歴然だった。しかし、エスズ様と比べると全体的に同じような数字が並ぶエスズ様と違い所々で低い数値を示しているミューダ様。
「はぁ、ここまで差があるとは。」
バタンと本を閉じて表紙に触れながらそう呟いた。
「ゲームの知識は現実では役に立たないって本当だったな。」
表紙に刻まれた『貴族令嬢育成計画』の文字。この文字は私が前世でプレイしたゲームのタイトルだった。ワンコインのゲームだったが、育成要素の幅広さから私はかなりやりこんだ記憶がある。そして、このゲームとエスズ様が出演するゲームは同じ会社が作っていたはず。まさか、世界として共通の舞台にいるとは思わなかった。
「とりあえず、質問をまとめて先にエスズ様が回答を用意できるようにしておくか。」
エスズ様が留学に行ったエルドラド皇国についての情報は皆無に等しい。王立学園ならもっと情報を手に入れる手段はあっただろう。しかしここはセイレン学園。良くも悪くもアルカディア王国という国を誇りに思っている。他国よりも劣っていると言う情報など入ってくるわけが無い。
「よし、出来た。」
数多くの質問があったが、内容は似たものが多く、解答が共通なものとなる質問ばかりだった。
「よし、出来た。あとはこれをエスズ様に届ければ。」
質問をまとめた資料を持って足早にエスズ様の待つ部屋へ歩く。
「おや?アリスさん、そんなに急いでどちらへ?」
廊下であったのは現セイレン学園の生徒会長さん。
「こんにちは。こちらの資料をエスズ様にお渡しするために講堂まで。」
本当なら足を止めて挨拶したいところだが、今だけは気にしていられないため、静止しようと伸ばされた手を華麗に避けて進んでいく。
「これはアリスさん。お嬢様に御用でしたか?」
講堂につくと部屋の外でミューダ様が変わった体勢でトレーニング?をしていた。
「えっと・・・はい。」
ミューダ様の体勢に疑問持ちながらもそう答えた。ミューダ様の体勢は片手で逆立ちをしているのだが、明らかにバランスがおかしい。支えている片手よりも体が外に傾いているのに倒れることなく、そして一切動くことなく静止している。
「よっと。」
支えている片手を軽く曲げて地面を押してその反動で起き上がり、身だしなみを整えるミューダ様。
「どうぞ。」
何事も無かったように扉を開けて笑顔のミューダ様。
「アリスさん?どうかなさいましたか?」
部屋の中から私のことを見つめてくるエスズ様。その声にハッとして持っていた資料を急いで渡した。
「こちらは・・・、質問ですか。」
「はい。以前から学園内で話題となっていた意見や疑問などをまとめたものです。全てではありませんが、役に立てて頂ければと。」
「感謝しますわ。情報は少しでも多い方が良いですから。ああ、そうでした。1つ大事なことを伝え忘れていましたわね。」
エスズ様が思い出したようにそういった後スっと私に近寄り耳元に顔を寄せた。
「実は、私の御友人がこちらまでご案内してくださった学園長の態度に大層ご立腹ですの。私も学園で騒ぎを起こしたい訳では御座いませんので可能な限り抑えておりますが、もしもの時の為に先に謝っておきますわ。申し訳ございません。」
それだけ言うとエスズ様は離れた。御友人、今この部屋にいるのはミューダ様と騎士団長のみ。ミューダ様は従者なので御友人という言い方に少し疑問が残る。そして騎士団長も怒っているような雰囲気は無いが、消去法的には騎士団長のことを言っているのだろう。
「分かりました。」
丁度私がエスズ様にそう返したところに、先生がやってきた。
「ここにいたか。アリスさん、そろそろ準備始めたいから動ける?」
「はい。今行きます。それでは、私はこれで。」
エスズ様に軽く挨拶をしてから部屋を出て準備を手伝う。と言っても、やることはそう多くない。配置の確認と簡単な清掃でそれが終わる頃には講堂にも少しづつ生徒の姿が現れ始めた。
「アリスさんはエスズさんと話してどう感じた?」
壁際で生徒全員が集まるのを待っていると先生がそう聞いてきた。
「そうですね。私が感じたのは言葉にできない異質さでしょうか。」
「異質か・・・。」
「何も起きなければ良いのですが。」
全員の生徒が講堂に集まったようなので私は壇上に上がり講堂内を見渡す。私が壇上に上がったことで少しづつ話す声が減っていき、やがて無くなった。
「ご協力感謝します。本日はエルドラド皇国から一時帰国しています、エスズ様がいらっしゃっております。短い時間になりますが、お話をお聞き出来ればと思います。では、よろしくお願いします。」
マイクという便利なものは存在しないためできるだけ声を大きくしてそう話す。そして舞台袖のエスズ様に向かって軽く頭を下げて私は袖に下がる。
「あまり、大きな声を出すのは得意では無いのですが・・・。仕方ありませんね。」
エスズ様は少しだけ講堂を見渡した後、手を自身の顔の少し前にあげた。
「何をしているんでしょう。」
自然と漏れた疑問に隣から答えが返ってきた。
「多分、自分の声を講堂全体に届けるために水の膜貼ってるんだと思うよ。」
横を見ると私の方を笑顔で見つめるミューダ様の姿があった。
「水は音をよく伝えるからね。」
その時エスズ様が話し始めた。
「さて、皆様。本日はお集まりいただいたこと感謝申し上げますわ。これからエルドラド皇国で見てきたこと、学んだことをお話させていただきます。」
エスズ様が話し始めると思ったその時、エスズ様が少し笑ったように思えた。
「とお話しても、皆様は納得しないでしょう。ですので、皆様がお持ちの疑問や不満点など全て私に言ってくださいませ。答えられるものでしたら、全て答えますわ。」
エスズ様の言葉に急にザワつく講堂ない。慌てて、静かにさせようと動いたがエスズ様が一度だけ手を叩いた。ゆっくりと手を合わせるような速度だった。しかし、そこから出た音は講堂全体を一瞬にして静寂に包んだ。




