エルドラド6
何故か私の方を見ているメイド。しばらくしてからメイドは恥ずかしそうに私に話しかけてきた。
「あの、お嬢様。失礼かもしれませんが、付けて頂いてもいいですか?」
「いいよー。それくらいなら。」
メイドを椅子に座らせて、その後ろに回った。
「じゃあ、失礼して。」
メイドの首にチョーカーを付けると、慎重に調整をしていく。あまりきついと苦しいし、緩いと邪魔になるので、メイドに聞きながら合った長さに調整した。
「よし、できたよ。跡も隠れてるね。」
スっとメイドの髪を持ち上げて私が跡をつけた部分を確認する。何故か顔を赤くしていたが、まぁ思い出したのだろう。
「あ、あの、お嬢様はなんであんなことしたんですか?」
慌てるように私から離れたメイドがそう聞いてきた。
「え?前世でやれなかったからかな。妄想はしたけど。あとは可愛くて我慢できなかった。」
「かわ、可愛いですか?わ、わたしが?」
「うん。」
メイドは顔をおおってしまったが、髪の隙間から覗く耳が赤くなっている。
「あっ、そうでした。ずっと聞こうと思っていたことがあったんですが、お嬢様。私の名前覚えていますか?」
「当たり前じゃんかー・・・。あれ?」
自分で当たり前と言っておいて、全く覚えていなかった。
「はぁ、やっぱりですか。」
「やっぱりって、気づいてたの?」
「ええ。私の呼び方が前と違うというのもお嬢様の変化に気がついた原因のひとつですから。」
そんなとこまで気づかれていたとは。利き手が変わったことを上手く言い逃れていたら、こっちを出したのだろう。
「ごめんなさい。確かに私はあなたの名前が全く分かりません。それでも、あなたとの記憶はしっかり覚えてます。」
「わかっていますよ。たとえ、前世の記憶が戻ったとしても、お嬢様はお嬢様ですから。」
私のことを優しい目で見るメイド。そんな彼女の名前を忘れてしまうとは、少し恥ずかしい。
「忘れたなら、もう一度覚えるだけです。改めまして、アナイ・リャイヤナです。これからもよろしくお願いしますね、お嬢様。」
スっと姿勢をただし、腰を折るメイド。いや、これからはリャナと呼ぼう。私の中にあるサリスとしての記憶が呼び起こされる。
「ええ、よろしくお願いします。リャナ。」
「!お嬢様、その呼び方は。」
「思い出せましたよ。」
私の呼び方が戻ったことで、安心したのだろう。優しい笑顔を浮かべていた。
「さて、帰ってきたことお母様に伝えてくるね。」
私はそう言うと、着ていた服を手早く脱ぐ。メイドはいつもの服に変えないといけないので、一旦私の部屋を出た。ささっと着替えを終えると、私は余ったお金を持ってお母様の部屋に向かった。部屋の扉をノックして部屋に入ると、お茶のいい香りが私を覆った。
「あら、ちょうど良かったわ。サリスも1杯どうかしら?良い茶葉が手に入ったのよ。」
机に置かれたカップからは湯気がたっていて、淹れたてなのがわかる。お母様の向かいに私が座ると、お母様が私の分のお茶を入れてくれた。
「お母様、お金ありがとございました。」
「大丈夫よ。良い買い物が出来たみたいね。」
お母様は私が渡した財布を受け取ると、それを自分の机にしまいに席を立った。
「お母様、この茶葉どうしたんですか?」
「今日来た商人さんがくれたのよ。今後ともよろしくってね。」
カップに注がれたお茶は綺麗な色をしていて、匂いも主張しすぎないちょうど良いぐらいだ。だが、それよりも気になることがあった。
「お母様、これ毒入りですか?」
「ええ、いつも通りの毒ね。」
お母様はそう言いながら、自分のカップに手を伸ばしそのお茶を少し飲んだ。
「うん!やっぱり初めて飲むお茶ね。やっぱり貰っておいて良かったわ。」
私も自分の前に置かれたカップを取り、お茶を飲んだ。少し熱かったが、飲めないほどではなかったため少しずつ飲んだ。
「香りや色とは違って、意外と優しい味ですね。」
「そうね。ただ、やっぱり本来の味は少し違いそうね。やっぱり毒のせいかしら?」
「今度は毒の入っていない物を貰わないとですね。」
カップに入ったお茶を飲み干すと私はお母様にお礼を言って部屋を出ようと立ち上がった。
「あ、そうだわ。明日も商人さんが来てくれるそうだから、一緒に”お話し”しましょうか!」
お母様が、思い出したようにそう言った。
「いいんですか?私が参加しても。」
「もちろんよ。いい経験になると思うわ。」
それじゃあ、明日の朝に私の部屋に来てと言われ私はもう一度お礼を言って部屋を出た。自分の部屋に帰る途中、身体中を何かが巡るような感覚に襲われ、全身に少し力を入れた。少しの間壁に背中をつけてもたれかかっていると、廊下を洗濯物を持って移動していたメイドのレイナさんに出会った。
「あれ?お嬢様、どうしたんです?こんなところで。」
「ん?いや少し解毒中。」
「へ?」
「だから、解毒中。今日商人さんがくれた茶葉が毒入りだったの。」
「いや、え!?ちょ、大丈夫なんですか!?」
レイナさんはそう言うと、洗濯物を置いて私に近づいてきた。私の顔を見たりおでこに手を当てたりしてくる。
「どうかしましたか?」
ふとそんな声がレイナさんの後ろからかけられた。
「あ、メイド長!ちょうど良かったです。お嬢様が毒を飲まされたと言っていて!」
「毒?本当ですか?」
「うん、それで今解毒中。」
メイド長はそれだけで今の状況を理解したのだろう。一旦レイナさんを私から離す。
「とりあえず、聞きますがお嬢様?死にますか?」
相変わらずこのメイド長は。
「死にませんよ、これくらいで。」
「それじゃあ、問題ないですね。」
メイド長はそう言うと、先程私のことを心配していたレイナさんに向き直った。
「入ってから1年程でしたね。まぁ、知らなくても無理はありません。」
「あの、お嬢様はほんとに大丈夫なんですか?」
「問題ないでしょう。何せこの家の方は全員毒に対する完全耐性をもっていらっしゃいますからね。」
「完全耐性、ですか?」
少しメイドは困惑したような顔をしている。すると今度はメイド長が私の方を見た。
「お嬢様、どうせまた毒入りと見抜いた上でお飲みになったのでしょう?」
「だって、お母様も良い茶葉って言ってたし、茶葉には罪ないじゃん。」
私が目を逸らしながらそう答えると、メイド長はため息をつきながら、私に視線を合わせるように膝を着いた。
「いいですか?お嬢様を含め、毒に対して耐性があるのは知っています。たとえ、初めての毒に倒れてしまっても回復するのも理解しています。ですが、私たちだって心配してしまうんです。今回のように。」
少し目を赤くしながら、そう訴えるメイド長。そんなメイド長を優しく抱きしめる。
「ごめんなさい。心配かけて。」
「いえ、お見苦しい姿をお見せしました。」
そう言って、頭を下げるメイド長の前に1つの箱を見せた。
「ふふ、これなーんだ?」
「お、お嬢様!?それは!?」
「みんなに見せられたくなかったら、捕まえてごらん!」
私はそう言うと、一瞬にして箱を取り上げようとするメイド長から離れた。
「そんなの、できるわけないじゃないですか!」
メイド長の周りを飛び跳ねるように逃げ回る。しばらくして、疲れてしまったのかメイド長は座り込んで息を整えている。
「いぇーい、私の勝ち!」
両手で箱を持って笑う私。そんな状況に理解ができないメイドが1人。
「ねぇねぇ、これみたい?」
困惑しているメイドにそう声をかける。
「えっと、お嬢様それなんですか?」
「これ?目の前の景色を記録出来るやつ。それで今のメイド長の泣き顔記録したの。」
簡単に構造と、仕組みについて説明するとなんほどと言った顔をした。
「そんなのあるんですね。見たいです。」
「ちょっと、レイナ?見たら許さないよ?」
「いいじゃないですか。私だってメイド長じゃなくて、カーナさんとしての顔もみたいですし。」
メイド長の声を無視してメイドに記録を見せた。すると、記録にあるメイド長の顔と今恥ずかしそうに顔を逸らすメイド長を見比べた。
「なんか、メイド長ってしっかり者のお姉さんって思ってたんですが、カーナさんとしては完全にお母さんですね。」
「でしょー。」
本当に恥ずかしいのだろう、ついに顔を両手で覆ってしまった。
「まぁ、いつも通りみんなには見せないから安心してよ。」
「うう、また恥ずかしいことが増えた。」
そう言って、メイド長は諦めたように両手を床について項垂れてしまった。