エルドラド3
お父様の部屋をノックするとお父様の執事さんが扉を開けてくれた。
「おや?サリスお嬢様。どうかなされましたか?」
「こんばんは。カサキさん。今お父様大丈夫ですか?」
扉を開けてくれたカサキさんの横から顔を出してお父様を探した。
「旦那様?少しだけなら許します。可愛いお嬢様の大切なお時間を取らせないように。」
「なぁ。お前俺が仕事の時だけ性格違いすぎないか?」
書いていた書類の手を止めて呆れたような目でカサキさんをみるお父様。近くまでトタトタ駆け寄って行く。
「あの、ラースナー様がもう一度来ると言っていたんですが、お父様知りませんか?」
「ああ、その事か。うん、数日中には来たいって言ってたよ。ただ、今は婚約の関係でバタバタしてるみたい。」
「そうなんですね。わかりました。」
急に来てしまったことを謝るとお父様は笑っていつでも来ていいよと言ってくれた。
「さて、少し私から問題を出そうかな。」
スっと仕事モードに変わったお父様。その雰囲気に自然と部屋の空気が冷える。
「皇帝の婚約者、つまり皇后になるというのはどういうことか。サリス、答えられるかな?」
私はお父様の目をまっすぐ見据えながらしっかりと答えた。
「皇帝の矛となり、時に盾となり、時に追い風となり、共に歩んでいく覚悟を持つということです。」
お父様は私の答えをしっかりと聞いてから仕事モードを解除した。
「うん、さすがはサリス。しっかり道を見据えてるね。」
優しく笑ったお父様だが、私の後ろを見て何故かヒッっとなった。首を傾げ後ろを振り向くと笑顔のカサキさんがいるだけだ。
「えっと・・・、お父様急に来てごめんなさい。今度は時間のある時に来ますね。」
聞きたいことは聞けたのでこれ以上長居する理由もない。ということでそそくさとお父様の部屋を退散した。そのあとは自分の部屋に戻る途中でお母様に見つかり、そのまま抱えられるようにしてお母様の部屋までお持ち帰りされてしまった。
「はぁ〜、癒される〜。」
部屋に連れ込まれた私は何故かお母様の膝の上に載せられ抱きしめられている。まぁ嫌ではないし、むしろお母様のいい匂いがして落ち着くのだが。
「お母様疲れてますね。大丈夫ですか?」
「大丈夫よぉ。今こうやって娘成分を補給してるんだから。」
確かお母様はお茶会に招待されていたはず。昔からお母様はお茶会の愚痴をよく言っていた。狐の化かし合いで気分が悪くなると。
「全く、どこから聞いてきたのかサリスが正式に婚約者になったって言う話をこれでもかと聞かれたのよ。」
プンスカ可愛らしく怒っているお母様はお茶会での文句を話し始めた。
「元々あんな場所行きたくもないのに、どうしてもってお願いされたから行ってあげたのよ?これからは断ってやるわ。」
「あはは・・、それでお母様。お茶会ではなんと答えたんですか?」
「ムカついてたからこれ以上ないほど自慢してきてやったわよ。もちろんサリスのこともね。」
相変わらずというか、どうしてうちの家族は全員私のことになるとネジが飛ぶのか。
「あまり言われると恥ずかしいです。」
少し想像しただけで顔が熱くなり思わず下を向いていさしまった。
「はぅ!」
突然変な声が聞こえたので、声が聞こえた方を見上げる。
「大丈夫ですか?お母様。」
「え、ええ。大丈夫よ少し咳き込んでしまって。」
ケホケホと言って咳をするお母様。精神的にも疲れているのだ。ゆっくり休んでもらおうと思い私はお母様の膝から降りてギュッと抱きしめてから部屋を出た。
いったん部屋に戻り広げていた本を片付けているとメイドが部屋に入ってきた。
「お嬢様、最近よく本を読んでいらっしゃいますが、お勉強ですか?」
入ってきたメイドが私の手元に積まれた本を見てそう声をかけてきた。
「うん、少し気になることもあったしね。」
読み終えた本とまだ読んでいない本とを仕分けして片付けているとメイドが近くまでやってきて椅子に座っている私に目線を合わせるように膝を着いた。
「・・・お嬢様。お体の具合は本当に大丈夫ですか?」
「?うん。いつも通りだけど?」
少し心配そうに私の顔をみるメイド。
「そうですか。いえ、大丈夫です。」
メイドは何か引っかかっていたようだが、すぐにいつも通りの表情に戻っていた。
「もうすぐ夕飯になります。行きましょうか、お嬢様。」
メイドに差し出された手を取って私は部屋を出た。廊下をメイドに連れられて食堂まで歩いた。
「そういえばお嬢様。夕飯の後なのですが少しお時間頂けますか?」
食堂の扉の前でメイドは先程部屋でやったように私に目線を合わせてそう聞いてきた。
「うん。大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。できるだけすぐに伺います。」
私の答えを聞いたメイドは、ニコッと笑って立ち上がり食堂の扉を開いた。少し早めに着いたようでお母様だけが食堂にいた。
「あら、今日はサリスが2番ね。」
入ってきた私に気がついたお母様は優しく笑った。私が自分の席に着くと、すぐに扉が開いてお父様とお兄様が入ってきた。全員が自分の席に着いたのを確認してから料理がどんどんと机に並べられていく。相変わらず美味しそうな匂いが立ち込めていて、すぐに手をのばしたくなってしまう。料理が並び終わった段階で、家族全員で手を合わせてから食べ始める。
しばらく食堂に食器の音がひびき続けた。
「ふぅ、美味しかった。」
家族全員で出された料理を全て平らげると家族全員で食事に使った食器を運ぶ。
「あ〜、美味しかったー。」
自室に戻った私は部屋の空気入れ替えを目的にバルコニーに繋がる窓を開いた。外に置かれた椅子に座って空に輝く星を見上げた。
「改めて見ると綺麗だな〜。」
街には街灯や建物の明かりが溢れているが、前世の記憶にある夜の街の明るさと全く違う
「やっぱり、違うんだ・・・。」
無数に輝いている星も前世に見た星とは光り方も形も違っている。ボーッとしながら星を眺めていると部屋の扉がガチャと空いてメイドが入ってきた。椅子に座って空を見上げている私を見つけたメイドは少し不思議そうに私のことを見た。
「どうかなされましたか?お嬢様。」
「大丈夫。少し外の空気が吸いたかっただけ。」
メイドにそう答えながら笑いかける。いつもなら同じように笑ってくれるのだが、今日は何故か真剣な表情で私を見つめてくる。
「お嬢様。いきなりこんなことを聞くのは失礼かもしれません。ですが、一つだけ。」
両膝を床に着けて私に視線を合わせるメイド。
「お嬢様。いえサリス様。・・・あなたは誰なんですか?」
メイドと私の間を夜の冷たい風邪だけが吹き抜けていった。