アルカディア47 エスズ
「これはこれは。エスズ嬢、留学に行っていたのではなかったかね?」
屋敷にやってきて、わざとらしく驚いた様子を見せるガーランド家現当主。私が王城に行った時点で帰国していることは既に知っているはずなのに。
「一時帰国ですわ。エルドラド皇国の学院が周期休みに入っていますので報告を兼ねて帰ってきましたの。」
「そうでしたか。エスズ嬢の見てきたことは非常に有意義なものだろう。私の元に報告の内容が来ることを楽しみにしているよ。」
お互いに猫を被り貼り付けた笑顔を一切変えずにそう話す。やはりこの人はいい意味で分かりやすい。
「本日はどういったご要件で?お父様なら屋敷の執務室にいらっしゃいますわ。」
「いえいえ、今日は我がガーランド家の者がこちらにお邪魔しているとお聞きしてね。長くいてはご迷惑だと思い、迎えに来たのだよ。」
要するに、早く連れ帰るから出せということか。
「わざわざご当主自らお越しとは、愛されていますわね。ご案内いたしますわ。」
私が歩き始めると、後ろからガーランド家当主も着いてくる。
「今は中庭で私の御友人と一緒にいますわ。」
「そうなのかい?嬉しいね。あの子に新しい友達ができるのは。」
そう言いながらも表情はまったく変わらない。恐らくなんとも思っていないのだろう。
しかし、中庭に付いた時僅かに表情が変わったように感じた。
「あっ、エスズ!ちょっと助けてよ!」
ディーネさんが中庭に来た私を見つけてすぐにそう言って呼んだ。
「まったく勝てないんだけど!」
不服そうにそういう度、ヒレが地面を叩いてビタンビタン音を立てている。
「ディーネは先読みすぎなのよ。だから思い通りにいかなかった時中途半端な手になっちゃうのよ。」
ディーネさんのことをよく知っているモミジさんは呆れたように笑っている。
「油断したら負けそうですが。」
ラクスさんも楽しそうに笑っている。そんな光景を見てガーランド家当主が聞いてきた。
「エスズ嬢?あちらに居られるのが御友人でお間違いないかな?」
「ええ。エルドラド皇国で契約を致しました、水の精霊であるディーネ様です。水の街レライアにて信仰されている精霊さまですわ。」
水の街レライアが精霊を信仰しているのは有名だが、どういう精霊を信仰しているかまで知っている人は多くない。だが、あのガーランド家当主だ。知らない訳ないだろう。
「レライアでですか。それは素晴らしい。時間があれば是非お話を聞いてみたいものだ。」
どうやら知らないふりをする事にしたらしい。
「ええ、是非。その時はラクス様も連れてきてくださいませ。ディーネ様とも親しくされている様子ですもの。」
「もちろんだとも。ラクス、帰るよ。」
ガーランド家当主がラクスさんに声をかける。ラクスさんはスっと席を立った。
「あら?もう帰るの?まだ途中よ?」
「今度来た時に続きをやりましょう。」
「言ったわね?後悔させてあげるわよ!」
楽しそうにディーネさんがそう言ってラクスさんに手を差し出す。
「ええ。勿論です。」
ラクスさんがその手を取りお互い笑ってから離れた。
「お嬢様、ラクス様のお母様ですが馬車の方にお運び致しました。」
「そう。ありがとう。」
ミューダには見張りを兼ねてラクスさんのお母様について居てもらったが、何も無かった様子。
「世話になったな。当主には挨拶できなくて申し訳ないと伝えておいて欲しい。」
ラクスさんの乗った馬車が敷地内を出ていき、遠くなったところで隣にディーネさんがやってきた。
「どう思う?成功?」
「だと思います。流石にディーネさんとあれだけ親しいと知れば無闇に手を出すことは無くなると思います。それに・・・」
先程ディーネさんがラクスさんと握手していた。これは計画していたことでは無いため、何か意図があってやったのだろう。
「ディーネさんが何かやってくれたみたいですから。」
「何かって、ただ力を少し流し込んだだけよ。異変があった時対処できるように。」
予想通り、先を読んで動いてくれていた。
「あとはどうなるか分からないですね。」
モミジさんも同じ考えの様子。
「旦那様が用が終わったなら、そろそろ奥様を抑えておくのが難しくなってきたから早く入ってこいとの事です。」
「しばらくは離してくれなさそうですね。」
「自分の子供ですから。諦めてください。」
モミジさんはそう言ってミューダの手を取って屋敷に入っていく。そんな姿を見ながら私も覚悟を決めて屋敷の中に入った。
「おかえりー!」
屋敷に入った瞬間私に飛び込んでくる影。強い衝撃に備えたが、予想するほどの衝撃はなかった。その代わりに「んぎゅ」という空気の漏れ出るような声がすぐ近くで聞こえた。閉じてしまった目をゆっくりと開けてみると、私に変な格好で抱きついているゆったりとしたドレスを来た女性が。
「えっと・・・大丈夫ですか?お母様。」
お母様は私の言葉にバッと私の顔を見た。
「もちろんよ!愛するわが子が帰ってきたのよ?大丈夫に決まってるじゃない!」
そう言うがお母様の鼻が赤くなっているあたり、そうとう痛いと思うのだが。
「おかえり、エスズ。」
何故か疲労困憊といった様子のお父様。
「ありがとうございます。お父様。」
「いや、いい。これも親の仕事だ。」
ゲームのストーリーではエスズは両親に大切に育てられ、甘やかされたわがままで身勝手な令嬢という描かれ方をしているが、現実なったこの世界で言うと両親は甘やかすと言うよりも本当に私のことを愛しているのだとわかった。
「それにしても何よ。私達の大事なエスズにあんな態度。」
ムスッとした顔で怒るお母様。
「お母様、いくら誰も聞いていないとはいえ、そのような言い方は良くありませんよ。」
「わかってるわよ。それよりも。」
そう言ってお母様の興味はディーネさんに移った。
「はじめまして。エスズの母親のリンリです。」
ヨシヨシとディーネさんを撫でながらお母様が話しかける。そしてその状況に困惑しているディーネさん。
「諦めてください。お母様は誰でも甘やかすので。」
母性の塊のような人だ、たとえ自分より歳上であろうと関係なく甘やかす。それがお母様だ。
「えっと、ディーネと申します・・・。エスズと契約している精霊です・・・。」
戸惑いながらもそう言った。
「ディーネさんね。精霊であろうと、エスズの友人なら私の子供のようなもの。どうぞゆっくりしていって。」
ポカーンとしているディーネさん。はじめて屋敷に来るメイドさんや友人は皆同じ反応をするので私たちからすると見慣れた光景だった。
「さて、料理長が我慢できなさそうだから食堂に行こうか。」
我が家の暴走癖のある住人たちを上手く制御しているお父様がその場を取りまとめてくれた。
「そうだった!早く行きましょう!」
私の背中を押しながらディーネさんの手を掴み連れていくお母様。そんな私たちを先頭にみんなで食堂に行くと待ってましたとばかりに料理場から料理が運ばれてきた。
「懐かしいですね。このバタバタ感。」
「そうね。本来はモミジさんが抑えてくれるんだけど、今日はあっちだから余計バタバタしてるわね。」
運ばれてきた料理を手早く取り分けて座っている人全員に配っていくそのスピードはさすがの速さだった。そうこうしているうちに食堂に集まった人全員の前に食事が行き渡った。
「それじゃあ、エスズとミューダくんのの一時帰国を祝って。」
お父様の合図で屋敷に暮らす全ての住人が乾杯をした。そう。私たちの家は食事を食べる時、屋敷に暮らす全ての人が同じ食事を楽しむ。もちろん、料理人やメイドさん達もだ。これは先代から受け継がれている伝統で商家だった頃からの名残だそう。食事の大事さと重要性を大切にしている証拠だろう。そんな賑やかな食事会はとても充実していた。




