アルカディア45 エスズ
「大丈夫ですか?ディーネさん。」
「もう無理、恥ずかしい。」
これまで見た事がないような弱々しい姿。
「本人にとっては恥ずかしいみたいです。素の自分を見られているみたいで。」
確かに、ディーネさんといえば言葉を選べば明るく行動力のあるという印象が強い。
「でも、ディーネさん真面目ですよね?」
「それが恥ずかしいらしいのよ。」
ディーネさんは先程からミューダに頭を撫でられて慰められている。
「皇国にいた頃はよく私の家で薬の研究をやっていたのよ。」
「薬の研究をですか?」
「薬草育てる場所がないって言ってね。私が国を出る頃には育てる場所を見つけたって言って来なくなってたけど。」
しばらくそんな話をしていると、ふと何故ここにモミジさんがいるのかと疑問を抱いた。
「そういえば、他のことが気になって忘れてましたが、どうしてここに?」
そう聞くとモミジさんも思い出したようにパンと軽く手を合わせた。
「そうだった。ディーネがいるからもう大丈夫だと思って安心して忘れてた。実はお嬢様達が介抱してくれたそちらの御二方、私を訪ねて来てくれる予定だったんです。でも、時間になっても来ないので街道を探しながら歩いてきたんです。」
「そこで私たちと会ったと。」
「はい。」
「私の家へのお客様なら家まで連れて行けばいいわね。」
そう言うとラクスさんを背負って馬車に乗せる。モミジさんも女性を背負い場所に乗せる。
「ミューダ、この馬車家までお願い出来る?」
椅子に寝かせて、私たちの馬車から毛布を2枚持ってきて2人に掛ける。ミューダが馬車の手綱を取り移動し始めたの確認して私とモミジさんを乗せた馬車もそれに続く。ディーネさんには念の為ラクスさん達の馬車に乗ってもらっている。
「それにしても、何があったんでしょうか。」
モミジさんが前を進む馬車を見ながらそう呟いた。
「どうしてモミジさんの所に?」
「最初は教会に行ったそうなの。それでも原因が分からず、災害の際に私のことを聞いていたみたいで連絡をくれたみたいです。」
相変わらず教会は役立たずな様子。
「体調の優れない方2人だけで移動させるとは、酷いですね。」
不機嫌そうにそう言ったモミジさん。しかし、ラクスさんの家についての話を聞いていた私は納得してしまった。
「多分、わざと2人だけで行かせたんだと思います。」
私の言葉にモミジさんが何か深い理由があると察したのだろう。静かに座り直し、私の方を見た。
「ラクスさんは自分の名前を言う時、絶対に名前しか言わないんです。」
「名前しか?普通では無いのですか?」
「友人同士なら普通かもしれません。でも、ラクスさんはパーティーでも名前しか言わない。私がフーシエント家のエスズですと言うところも。」
家の名前を言わないということは、この場では家との関係は持っていないと暗に示すことになる。つまり、ラクスさんはどのような場でも何が起きても自らの家であるガーランド家とは関係の無いと示しているということだ。
「しかし、彼の乗る馬車はガーランド家の章が掲げられています。あえて家名を言わないならば章が掲げられている馬車を使わないのでは?」
確かに、ラクスさんが乗ってきた馬車には大きく章が掲げられている。
「そうですね、ラクスさんは貴族として家に所属はしている。ガーランド家として死なれるのは困るのだと思います。なのに2人だけなのはラクスさんが隠し名を持たないからだと思います。」
「隠し名?」
「はい。アルカディアの貴族は隠し名を持っているんです。この事はアルカディアで生まれた国民なら誰でも知っていると思いますよ。」
隠し名は普通、家名と名前の間か名前の後に付く。私の場合『フーシエント・ホート・エスズ』となり、『ホート』が隠し名となる。
「この隠し名はその人が死んでしまった時、その人のことを表す名前として使われるんです。例えば、私のお祖母様のお母様は『エルピス』という隠し名を持っていたのでそう呼びます。隠し名は名付け親と本人以外知らないんですよ。」
貴族家の中で子供が生まれれば、隠し名を与えられるのは常識だ。新しく貴族となった家の場合は国王が直々に隠し名を与えることになっている。それなのに、貴族家に生まれたはずのラクスさんが何故隠し名を持っていないのか。
「ラクスさんはガーランド家の当主と家で働くメイドとの間でできた子供なんです。」
私が話したことにモミジさんも事の複雑さを理解したのだろう。
「本当の所は分かりません。何せ、ガーランド家はアルカディア王国に古くから名を馳せる名門貴族です。真実を隠す事なんて簡単でしょう。」
触れてはならない話題の1つとしてよく上がるこの話。何故、私たち貴族家の中で有名なのかと言うと、ガーランド家はこれまで王立学園に入学できた子供はいなかった。なのに、ラクスさんだけが王立学園に入学できている。そして、そんなラクスさんのことをガーランド家は遠ざけるように距離を取っているのだ。何か裏があると思わない人の方が少ないだろう。
「今回も2人をよく思わない人がやったのでしょう。」
「よく知ってますね。」
「ふふ、私には優秀な情報屋がいるからね。」
「情報屋・・・ホーク様ですか?」
「そう。ホークは演劇部だからね。聞き出すのも簡単だったみたい。」
あの時のホークは珍しく本当に怒っていた。周りの子が私に助けを求めなければあのままガーランド家に乗り込んでいた可能性もあったぐらい。
「どうにかできないでしょうか。」
「難しいわね。家として力はつけているけど、ガーランド家に対抗するのは無理。」
同じ貴族家として話をする程度はできるがそれだけ。家の歴史が違いすぎるため、味方をしてくれる家はいないだろう。
「いつか私が女王にでもなったら何とかするわよ。」
冗談っぽく言ったつもりだったのだが、モミジさんには通じなかった様子。
「なるんですか?女王に。」
「・・・サリスさんにね、ならない?って。正直その時は分からなかったんです。でも、あの災害の時から気持ちが変わりまして。多分私だけだと思ったんです。今この国を変えられるのは。」
窓の外の景色は見慣れた領地の景色になっていた。
「そうでしたか。ならば私は全力で応援させていただきます。」
「まだ先のことよ?なると決まった訳では無いわよ。それに、レオと結婚するつもりは無いからどうやって王位継承権を手に入れるかも課題だし。」
屋敷についた私たちをお父様とお母様が出迎えてくれた。
「おかえり、と言いたいところだが後だな。」
瞬時に状況を判断したお父様が人を呼んでラクスさん達を担架に乗せて知らない内に出来ていた建物に運び込んだ。
「ここは?」
「私のやっている小さな診療所です。」
髪を縛ったモミジさんが隣にいた。
「エルドラド皇国にある病院のようなものですか?」
「そこまで大掛かりじゃないわ。風邪とか熱とかに効く薬を出すだけ。」
モミジさんはそう言うが、アルカディア王国にはこういった施設は無い。あるのは薬を売る前世で言うところの薬局が数箇所王都にあるだけ。なのでエルドラド皇国から帰ってきたら真っ先に取り組もうとしたことをモミジさんが先行して取り組んでくれていた形だ。
「それでもです。何か手伝います?」
「薬はディーネが投与してくれたわよね?」
「解毒剤を飲ませました。」
中にあったベッドに寝かせられた2人の様子を確認するモミジさん。
「なら、容体を見る方がいいわね。変に触って薬の効果が無くなるのも困るし。」
ということで私とモミジさん、それからディーネとしばらく容体を見ることになった。




