始まり
ゴツン!といういかにも痛そうな音を立てて頭を打った私。その向かいには私と頭をぶつけあった相手が同じように痛がっている。少し離れたところから「お嬢様!」と叫びながら走ってくるメイドの姿が見えたが私の視界には頭を打ったせいなのか変な景色が広がっていた。・・・ん?変な景色?あれ?なんで知ってる景色なのに変な景色って思ったんだ?ん?なんで知ってるんだ?と、そこまで考えた時には混乱と頭を売った衝撃で視界は真っ黒に染った。
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ふと感じた光に閉じていた瞼をゆっくりと開けた。支えるようにゆっくりと体を起こすと、部屋の掃除をしていたメイドと目が合った。
「お、」
「お?」
目が合ったメイドは持っていた掃除道具をポトリと落として、つぶやくようにそういうので思わず聞き返していた。
「お嬢様ーー!!」
メイドは屋敷全体に響くぐらい大きな声でそう言いながら私に向かって飛び込んできた。
「ひゃっ!?」
「良かったです!倒れたと聞いた時にはもう心配で!」
メイドにぬいぐるみみたいに抱きしめられながら困惑していると、廊下の向こうから数人が近寄ってくる音がした。
「どうした!何が・・・」
入ってきた人は抱きしめられる私を見ると、それまで浮かべていた焦りのある表情から安心したよう表情に変わった。
「よかったよ。大丈夫かい?」
私のいるベッドに腰掛けると優しく頭を撫でてくれた。
「はい。今はなんともありません。」
「うんうん。よかったよ。それじゃあ僕は戻るね。」
最後にもう一度撫でたあと部屋から出ていった。しばらく抱きしめられたあと、メイドは少し赤くなった目で私のことを見る。それから服を整えて部屋を出ていった。残されたのは私と部屋に残っていた1人だけだった。
「ふふ、どうぞこちらに。」
ベッドの横に置いてある椅子に座るように促すと少し迷ったあと椅子に座った。
「初めましてですかね?それともお久しぶりですかな?」
「・・初めましてになるのではないか?」
「そうですか?では、リヨン・ラス・サリスと申します。」
「そちらの方か。ワール・エルドラド・ラースナーだ。」
「では、ラースナー様と呼ばせていただきますね?私のことはサリスとお呼びください。」
ラースナー様にそう微笑むとラースナー様は何故か大きなため息を着いた。
「もういいだろ?俺自身困惑してるんだ。」
「それは私もですよ。」
それまでとは違う口調に戻った私はヨイショとベッドに座るような体勢になった。
「まず確認しておきたいんだけど、ラースナー様はあの時のお前でいいの?」
「ああ。サリスがそう聞くということはそういう事か?」
私は頷いて肯定しておく。
「驚きだよな。あの時一緒に死んだやつがこうしてまた一緒になってるのは。」
「ほんとにね。さらに言うとラースナー様は性別まで変わってますし。」
そう。ラースナー様と私サリスには前世の記憶があるみたいだ。思い出したタイミングで言えばおそらくお互いが頭をぶつけあった時だろう。あの時見えた景色が前世見た景色だと言うのは目が覚めた時すぐに理解した。
「ラースナー様が思い出したのはあの時でいいの?」
「そうだと思う。ぶつけた後に記憶にあるはずなのに初めて見る景色が見えると思ってな。その矛盾からどんどん思い出した。」
「そこは私と同じですね。ムフフ、前世の記憶を持っているなんて、最高じゃないですか!」
小さくガッツポーズをしているとそれをラースナー様に不思議そうに見られた。
「そんなに嬉しいのか?」
「当たり前ですよ!こちとら前世オタクですよ?オタクにとってこんな展開興奮するじゃないですか!」
若干私の熱量に引き気味のラースナー様。
前世の私は大学生でせこせこ勉強しながらバイトでお金を貯め、生活費以外はアニメやゲームのグッズ集めに使うというオタ活をしていた。ちなみに最初は寮にいたが門限がめんどくさくなり1ヶ月で寮から脱出している。そんな大学の同じ学部で勉強もできて学部対抗の運動会でも1番活躍していたのが前世のラースナー様だ。ちなみに元女の今は男。簡単に言うと陰キャと陽キャの道を行く交わることのない2人だった、はずなのに。
そんな時に事件が起こったのだ。私が住んでいたマンション。その4階で火事が起こった。おそらくだがガス爆発から発生した火災なのだろう。大きな揺れがあったあと焦げ臭い匂いにマンション中が大騒ぎだったのを覚えている。5階建ての4階にいた私はすぐに避難しようとしたが爆発の原因でか非常階段はねじ切れるように寸断されていたし階段にはすでに火が回っていた。逃げることが出来ないのは一瞬で理解出来た。そんな中で見つけたのが前世のラースナー様だった。屋上ならまだ大丈夫だろうと上の階に避難しようとした時5階の1室に前世のラースナー様がいたのだ。微かな声を耳にした私がその部屋に入ると倒れてきたタンスに下半身を挟まれた状態の奴を見つけたのだ。どうにかタンスをどかそうにも筋力のない女ひとりではどうにもならなかった。自分の死を察したのだろう恐怖から体を震わせるそいつの体を私は優しく抱きしめていた。お互いの呼吸が少なくなっていくのを感じながら私たちは一緒に逝ったのだ。
「とりあえずこの世界について改めて整理してみる?」
「それが良さそうだな。だが、今日はやめておいた方がいいだろう。リヨン家の当主も心配しているだろうし、また資料を用意してからまた来るよ。」
ラースナー様はそういうと1度息を吐いてから私に向かって頭を下げたあと部屋から出ていった。私もベッドからおりると呼び鈴を鳴らしてメイドを呼んだ。屋敷用の服装に着替えたあとお父様の部屋に向かった。