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15.

「ハル!」


 がしりと背後からしがみつかれて、手からチケットとパスポートがばらばらと落ちる。

 衝撃と首に回された腕はよく知っているものだったが、今この場所でそれが来るなんて思ってもみなかった。


 搭乗の手続きを終えてラウンジに行こうかと和人と話していた。

 イギリスに向かう便までには随分時間がある。

 早く着いたのは、和人の指定した時間が早かったせいだ。

 …ここに現れられると、どうしても示し合わされた気がするんだけど。


「…和兄?」


 抱きついて来た樹を受け止めながら、隣に立つ和人を見る。

 和やかに都己と裕也に手なんか挙げる前に、俺に何か云え。


「透を通して知り合った。駄目だよ、遥人。黙って行くのは友達に対してフェアじゃない」


 そんな事云われたって、退院してから街に出る暇はなかった。

 よく考えたら、俺は連中の連絡先すら知らなかったんだ。

 

「後でここで会おう。将人や親父を拾っておくからゆっくりしておいで」


 俺に一言も云わせないまま和とは歩いて行ってしまう。

 …置いていかれた俺としては、気まずく黙っているしかない。


 裕也がパスポートとチケットを拾う。都己がそれを覗き込んだ。


「御堂遥人、男。…十五歳ねえ」


 ちらりと見られて、目を逸らしてしまう。

 何を云われるのか、俺は覚悟が出来ていない。


「ばぁか、情けない面すんな」

 

 ペシッと頭を叩かれる。


「こんなもん見ても実感湧かないよな」

 

 しげしげとパスポートを見て苦笑する裕也。


「俺は、黙って行こうとした事怒ってるからね」


 腕にしがみついたまま頬を膨らます樹。

 …なんだお前ら。もっと、何か云う事があるだろう。


「お詫びにハルの奢りでメシでも食うか。朝メシまだなんだよな」


 都己の言葉に頷いた裕也が並んで歩き出し、樹が俺を引き摺る。


「ま…っ」

「あーうるさい。メシ食いながらいくらでも聞くから」

「先刻から都己の腹がうるさくて敵わない。メシが最優先だな」


 何なんだ。

 引き摺られながら、込み上げてくるのが何なのか、泣きたいのか笑いたいのか判断に困る。

 取りあえず俺の奢りなのは決定らしいので、足だけはしっかりと動かす事にした。




「ハルが老けてるのって、ハーフってだけじゃないよね」


 ハンバーガーに噛り付きながら失礼な事を云うのは樹だ。


「それだとハーフ全般に失礼だな」

「やりまくってたし」

「千人切りが出来そうな中学生って凄いよな」


 テーブルにはこれでもかと積まれたハンバーガーとポテト。サラダまで付けてやったのに、奴らは好き勝手な事を云っている。


「…悪かったよ」


 憮然と云うと…いや、聞いてないな。


「大体水臭いよな。ボコられたって? 云えよ、飛んでくっての」

「いつもの店にいないあんたらのせい」

「ああっ? 俺らのせい?」


 もう既に申し訳なかったと思う気持ちはかなり縮んでしまっている。

 これだけ好き勝手云うという事は、開き直れって事だよな?


「…俺だってヤバいと思った時、早くお前らが来てくれないかと思ったっつの」


 舌打ち混じりに云うと、都己がにんまりと笑った。


「やっと素直になった」

「遅いよ」


 何で揃って温い顔をするんだ。

 …ひょっとして、俺、初めて云ったか? 頼みにしたって事。


「ゴメンな。肝心な時に行けなくて」


 裕也、それはなしだ。お前の一言は重い。

 心の中で拒否してみても、動揺するのは止められない。

 慣れていないんだ、勘弁して欲しい。


「…俺もゴメン。その、驚いただろ? 色々」


 観念した。その言葉は今の俺にぴったりかもしれない。

 うな垂れた俺を、三人は嬉しそうに見ている。何でだ。


「驚いたけど、まあハルらしいって云うか」

「ハルはハルだし」

「だな」


 待て。友情ってこういうものなのか? 情けない事に、友達っていうものを知らない俺は、この反応が友達だからなのか年上だからなのか判断が出来ない。


 相当情けない顔をしていたんだろう、三人が三人とも複雑そうな顔をしてこっちを見ている。

 都己と樹に挟まれた裕也が二人に脇腹を突付かれているのが見えた。

 裕也は溜め息をついて天井を見上げる。

 云われる立場でごめん。裕也って、そういうポジションなんだ。絶対改めてのくさい科白は裕也なんだ。


「和人くんから聞いてるから、お前からはその内思い出話としてでも聞ければいいと思ってる。…俺達は、年齢とか事情とかでお前と付き合ってきた訳じゃない。ただのハルを好きになったんだよ」


 ほら。俺が泣きそうな事を平気で云うんだ。

 俺は、無理矢理にっと笑って見せた。


「帰って来た時に連絡するとこ教えてよ」


 いいシーンだと思ったのに、それに対する反応はまた激しかった。

 ふざけるなとか、わかってないとか、頭をぐしゃぐしゃにされる。

 何なんだよ、もう。


「帰って来るまでなんて、待てる訳ないだろうっ?」


 樹が紙ナプキンを取って、「ペン」と手を出してくる。俺かよ。

 勢いに負けてボールペンを渡すと何やら書き込んだ。


「俺達だけじゃ不公平だろ。ハルも書け」


 都己も書きながら、俺に紙ナプキンを寄こす。


「…ってか、赤外線通信とかあるだろ」


 そう云いながらも、裕也も書き込む。

 俺も新しい紙ナプキンに自分の番号とアドレス、イギリスでの住所を書いた。

 改めてこんなものを交換するなんて、何だかおかしな気分だ。


 不意に、樹に頭を抱えて引き寄せられた。


「俺達はさ、結構、ハルの完全無敵な味方だよ」


 ぎゅっと力が込められる。本当、ストレートな奴。


「うん」

「待ってるよ、帰って来るの」

「…ヤバい。女だったら俺、樹に惚れてるかも」


 俺は俺は?と云う都己の言葉で笑いが起きる。

 腹を抱えて笑いながら、鼻の奥がツンとしてくるのを堪える。

 どうしよう。俺、こんなに幸せだ。

 改めて、外に出てよかったと、今思う。


「待っててよ。すげえいい男になって帰って来るからさ」


 目尻に涙を溜めながら云うと、三人は笑いながら俺の頭とか顔をぺちぺちと叩いた。

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