14.
「―――ごめんなさい」
目を伏せていった俺に、父さんは溜め息をついた。
枕元の椅子に座って俯き、片手に顔を埋めている。
「…寿命が縮んだ」
ぼそりと云われて、うっと詰まる。
そりゃそうだろう。屋敷を抜け出している事だってバラしたのはそう前の事じゃない。
しかも、俺が閉じ込められていたのは、母さんの死がきっかけだった。病院のベッドに寝ている俺を見て、父さんがどれ位辛いかなんて想像じゃ追いつかない。
「将人も和人も結構遊び歩いていたのは知っていたが、お前が最強だ…」
――はい?
内容にも聞き返したいところだが、ボヤき? ボヤきなのか?
ヘタすりゃまた閉じ込められるんじゃないかと思っていたんだけど、父さんの様子が想像と違う。
「遥人。お前が寝ている間に、親父は悟りの境地に辿り着いたらしいぞ」
くつくつと将人が笑っている。
悟りって、何を?
「過剰防衛を訴えられるくらい元気な息子だとは思っていなかった」
過剰防衛…まあ、最初に手を出したし何人かは伸したけど。でもあの状況で通用するのか、そんなもん。
「勿論、過剰になんてしない。『御堂』の弁護士は優秀でね。奴らにはしっかりと償ってもらう。後悔ってものを噛み締めさせてやるからな」
はんっと将人の鼻息は荒い。
ふっと表情が緩んで手が頭に伸びて来た。
「事情は聞いてる。頑張ったな」
「うん…でも、こんなになっちゃったから、あんまり上手くなかった。心配させてゴメン」
「お前の最大限だったんだろう?」
こくんと頷く。
「ならいいさ。次はお前も無事でいる方法を考えろ。お前が傷つくと悲しむのは、俺達家族だけじゃない」
うん、そうだね。
大事だと思う人達が出来たし、思ってくれる人達も出来た。
守るものが増えれば、俺はもっと強くなる。
喧嘩だろうが何だろうが、こんな無様な終わり方は二度としない。
その為にも云わなくてはならない事がある。
「俺、『御堂』でやって行きたい。将兄と一緒に、今ある大切なものとかこれから出来る大事なものを守っていきたい。父さんの片腕とは云わないけど…手くらいにはなりたい」
体は相変わらず動かない。枕に寄りかかったまま顔だけで二人を精一杯見る。
返事はすぐには来なくて、息が苦しくなる。
「…見捨てられても当然だと、覚悟していたんだけどな」
父さんは小さく笑った。
「今まで、すまなかった。私はお前までいなくなるのが怖かったんだ」
「俺はいなくならない」
「そうだね」
将人と和人は、お前を大切に育ててくれたんだね。そう云う父さんが、ずっと俺の目を見ている事に今更気が付いて動揺する。
泳いでしまった視線をそのまま逸らそうとしたら、顔を覗き込まれた。
「――ああ、やっぱり綺麗な瞳だ。メアリーが残してくれた宝物なんだよ、お前は」
記憶にない程優しく微笑まれて、ふいに目の奥が熱くなる。
傷に響かない程度の力で抱き締めてくれた父さんの体は筋肉で硬くて、将人と少し同じ感じがした。
俺がガキのように父さんの腕の中で泣くのを黙って見ていた将人は、その涙が止まるのを見計らったように椅子を父さんの横に置いた。
「…まあ、そういう事で提案だ。遥人、お前日本を出ろ」
「―――はい?」
表情がビジネス顔になっている。
って事は、『御堂』に入る条件…と云うより足掛かりみたいなものか。
「まずは学校と…高校と大学に行きながらツテで修行をさせてやる。今まで何もして来なかったお前のハンデは相当デカい。だが、ものにならない事は許さん。――いいですね? 社長」
確かに、上に昇ると宣言したからには本格的に動き出すのは早いに越した事はない。
テキパキと喋る将人とは対照的に、父さんはにこにこと俺の目を見つめ続けている。…何か、俺は父さんをあまりよく知らなかったけれど、仕事でもこうなのか? この二人。
「高校に入るまでは、イギリスでもいいかな」
「あー、あっちも相変わらずせっついて来てるんだよねえ。何ヶ月か世話になれば静かになるかも」
「あっち?」
問い返すと、父さんは苦々しく笑う。
「メアリーの実家。イギリスの富豪なんだけど、お前に会わせろって云われてるのずっと却下してるんだよね」
「はあ?」
声が裏返る。母さんの実家の話なんて初耳だ。
目を丸くしていると、俺達は何度か行ってる。と将人の溜め息混じりの声。
「だって、返して貰えなくなると嫌じゃないか」
こんなにメアリーに似てるんだからっとか力説されても。
何だこの可愛いおっさんは。こういう人だったのか?
あんぐりと口を開けた俺に、将人は更に溜め息をつく。
「遥人、昔の話は色々しただろう。基本的に、お前の父親はこんな感じだ」
そう云えば、会議続きで家族との時間が減ると拗ねたり文句を云ったり、たまに元気な母さんが兄貴達と出掛けると仕事を無理矢理遣り繰りして追いかけて行ったり、とか聞いた気がするな。
「修行は俺の友人で鍛えてくれるのが何人かいる。『御堂』傘下に後でスライド出来る事を考えて打診しておくが、アメリカかイギリスあたりだな」
何だか体が熱くなってくるのを感じる。
俺自身が答えを出した途端に、道が見えた気がして。
実際は体も動かないし、動くようになったとしてもまだ先は見えないのだけれど。
「さて、じゃあ早速連絡を取ってみる。まあお前は早く治す事だけを考えていろ」
ゆっくり出来るのは入院している間だけだからな。そう云って笑った将人は物凄く活き活きして見える。
なんだ、将人も喜んでくれているんだ。
「将兄、ありがと」
立ち上がった将人に云うと、奴はにやりと片目を瞑った。
「覚悟しておけよ。泣き言は聞かないからな」
そう云い残して、二人はとっくに面会時間が終わった病院から帰って行った。




