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89話「色んな意味の事後処理」



「さて、こんなもんかな」



 白銀の世界に包まれた洞窟にそんな声が響き渡る。もちろん、その声の主は俺だ。【アイスミスト】の魔法によって盗賊たちは氷漬けとなり、物言わぬ氷の彫刻へと姿を変貌させた。端的に言えば、お亡くなりになりました。



 一応、念のために盗賊の顔の前で手を振って生きているかどうかの確認を行ってみたが、当然反応はなく確実に死んでいる。彼らの死亡を確認すると、ストレージに盗賊たちの死体を仕舞い込んでいく。もしかしたら懸賞金が掛けられているかもしれないので、一応持って帰ることにしたのだ。……嫌なお持ち帰りである。



 死体を収納し終わった後は、アイスミストの魔法を解除して元の洞窟に戻した。さて、お次はこの場で唯一の生き残りである彼女だな。



「ひ、ひぃー」


「さて、生き残ったのはお姉さんただ一人なんだが……」


「た、助けてぇー! 殺さないでぇー!!」


「……」



 おいおい、俺が何のためにわざわざこんなことをしたと思ってるんだ? 別にいやらしいことをするつもりで残したわけじゃないぞ。彼女には、晴れていない疑惑があるのだ。彼女の口から語られた、弟の存在である。



 もし本当に彼女に弟がいるのなら問題はない。だが、問題なのは俺に対して嘘をついていた場合だ。っていうか、お姉さんの服をなんとかしないとな。さすがにいい大人の彼女を、すっぽんぽんのままにしておくのは忍びない。俺はまだそれについては目覚めていないが、あと一、二年で興味が出てくるだろう。よかったな、俺がまだ性の喜びに目覚めてなくて。



 彼女に服を渡すため、俺が近寄ろうとすると尻もちをついたまま後ずさってしまう。まあ、それも仕方のない事か……。盗賊とはいえ、いきなり大量の人間が一瞬にして殺されてしまったのだ。その元凶を目の前にして、平然としている方がどうかしている。



 足下を見てみると、なにやら水たまりのようなものができているので不思議に思ったが、それも一瞬で理解してしまう。……なるほど、漏らしたのか。



 刺激臭漂うお姉さんが作ったお姉さんの水たまりを、さり気なく躱しながらゆったりとした歩調で彼女に近づいていく。しかしながら、彼女にとっては死神の歩みだったようで、半狂乱になりながら命乞いに拍車が掛かっただけであった。



 とうとうこれ以上逃げることができない洞窟の壁際にまで追い詰められ、絶望の表情を浮かべながら断罪の時を待つかのように目をぎゅっと瞑っている。……いや、だから、なにもしねぇし。



「えぇーっと、これは違うし、これも小さすぎる。うーん、お、これしかないっぽいな。ほい、お姉さん」


「……」


「おい、目を瞑ってないでこれに着替えてくれないか?」


「え?」



 恐る恐るといった具合に彼女が目を開いたので、目の前に服を差し出してやる。あんまり強くは言及していないが、今の彼女は一糸纏わぬ姿なのである。所謂、全裸……すっぽんぽんなのだ。



「まずは話を聞かないといけないんだが、そんな姿じゃろくに話もできんだろ。だから、これを着てくれ」


「え? あ……いやっ」



 どうやら、今の自分が他人には見せられないあられもない姿であることを認識したらしく、自らの体を隠しながら女の子の声を上げていた。俺の手から着替えを受け取ると、そのまま着替えようとしたのだが、なぜかその手が止まり、もじもじと体をよじらせながらこちらに視線を向けてくる。なんだろうか?



「あ、あの……着替えるので向こうを向いててもらってもいいでしょうか?」


「うん? ああ、気にするな。お姉さんのことを、そういう目で見ることは絶対にないから大丈夫。敢えてもう一度言うけど、今のお姉さんを意識するなんていうことは、絶対に、これっぽっちも、ノミのうんこほどもないから!!」


「ごふっ」


「あ、あれ? お姉さんどうしたの?」



 俺が高らかに宣言すると、両手と膝を地面に付き視線を下に向けたままの状態で動かなくなってしまった。その姿は、かつてのインターネット掲示板などで表現されていたorzの状態に非常によく似ていた。どうやら、俺の一言が女としてのプライドを傷つけてしまったらしい。だってしょうがないじゃないか、まだ目覚めてないんだから。



 お姉さんがフリーズから立ち直るのにしばらくの時を要してしまったが、とりあえず渡した服を着てもらったので、ようやく話をする態勢が整ったのだが……。



「やっぱ、俺の服じゃサイズが合ってないな……」


「はい、特に胸とお尻がきついです」


「だよなー、お姉さん無駄におっぱいデカいからなー、無駄に。あとお尻も」


「ごふっ」



 何の気なしに放った俺の一言が、さらに彼女のプライドに傷を負わせてしまったようだ。お姉さん大丈夫だ。傷はまだ浅いぞ?



 服のサイズは街に帰ってからなんとかするとして、とりあえず彼女から詳しい話を聞くことにした。その前にお互い自己紹介をしていなかったので、このタイミングで名乗っておいた。



「とりあえず自己紹介からだな。俺の名前はローランド。冒険者をやっている」


「あ、はい。あたしはナタリーっていいます。元は孤児出身で、今はスラムに住んでます」



 お互いに自己紹介が済んだところで、改めて彼女のステータスを確認してみた。





【名前】:ナタリー


【年齢】:十九歳


【性別】:女


【種族】:人間


【職業】:なし



体力:500


魔力:100


筋力:F-


耐久力:F


素早さ:F+


器用さ:D+


精神力:D


抵抗力:C+


幸運:E-



【スキル】


 裁縫Lv4、料理Lv2、掃除Lv3、算術Lv2



【状態】


 疲労(極大)、空腹(極大)、畏怖(超極大)




 ふむふむ、見たところ家事系統のスキルが充実しているらしい、一般人にしては妙に抵抗力が高いのが気になるが、他は概ねごく普通の値を表示している。



 そういえば、新しい解析の能力で解析した相手の健康状態を見ることができるようになったのを思い出したので使ってみると、ご覧の通り疲労と空腹というわかりやすい結果が表示された。極大ということは、かなり疲れていてかなりお腹が空いているということなのだろう。



 畏怖という状態は、おそらく俺を前にしているから出ていると推察される。超極大とか、この人どんだけビビってるんだ? まあ、俺にもその責任の一端はあるが……。



 とりあえず、ナタリーの空腹だけでもなんとかしなければならないと考えた俺は、作り置きしておいたスープをストレージから取り出し、彼女に手渡す。いきなりスープを手渡されたナタリーは、戸惑いながらも漂ってくるいい匂いに喉を鳴らして唾を飲み込む。



「腹が減っているだろう、遠慮せず食べろ」


「え、で、ですが……」


「人が死んだ後で飯は食えんか」


「そ、そういうわけじゃないですけど……」



 俺を警戒してなのか、手渡されたスープに毒が入っているのではないかと思っていそうな何とも言えない表情を浮かべるナタリー。いや、盗賊を氷漬けにできる俺が、わざわざ毒を使って殺すわけないだろうが……。



 ――ぐぎゅるるるるるるるるぅぅぅぅぅ。



 そんなことを考えていると、突如として大きな音が響き渡る。一体何が起こったのかと音の発生源に目を向けると、ナタリーがスープを地面に置いて顔を赤くしてお腹を押さえていた。……なるほど、あんたの腹の虫か。



「おっぱいも尻も大きければ、腹の虫の音もデカいときてる。これであとは、屁の音がデカければ完璧だな!!」


「あべしっ」



 そんな俺の一言が痛恨の一撃となってナタリーに突き刺さり、彼女が仰向けに倒れ込んだ。どうやら致命傷だったらしい。一方の俺はというと、そんな残酷な一言を言ったとは思えないほどの爽やかな笑顔を浮かべながらサムズアップしていたのであった。なに、デリカシーがないだと? 世の中には時として真実を伝えてやる方がいい時もあるというものなのだよ。ワトソン君?



「くっ……もういっそのこと、殺せ。殺してください……」


「おお、なんか……すまん」



 まさか騎士でもない一般人の彼女の口から“くっころ”が出るとは思わなかった。どうやらナタリーの心のライフポイントはゼロらしい。まあ、茶番はこれくらいにして、そろそろ本気で状況把握に努めるとしよう。



 それから、なんとか立ち直ったナタリーにスープを飲ませながら、彼女から今回の事の顛末を聞いた。盗賊たちの会話から推測した通り、ナタリーが盗賊たちから荷物の入った魔法鞄を盗み、それを売り払ってお金を得たまではよかったのだが、それに気付いた盗賊たちに捕まってしまい、アジトまで連行されてしまったということらしい。



「ずずずぅー、はぁー。それで、盗賊たちに襲われそうになっていたところにあなたがやってきたんです。あ、おかわりいいですか?」


「……いきなりたくさん食べ過ぎると、食ったものを吐いてしまうぞ?」


「大丈夫です。今ならいくらでも食べられ――おえっ、オロロロロrrrrrr」


「うわぁー、汚い! だから言ったのに……」



 胃が弱った状態で急に食べ物を口にすると、胃が受け付けない状態になっているため、場合によっては食べたものを吐き出してしまうことがある。まさに今のナタリーの状態がそれだったようで、唐突に食べたものを吐き出してしまった。



 辺りに酸っぱい臭いが立ち込める。そのあまりの激臭に、すぐに風魔法でその場の空気を動かして、消臭作業をする羽目になってしまった。そのあと、彼女の体調が回復するまでひたすら介抱しなければならなくなってしまった。……正直言って、帰りたい。



 それからなんとか彼女の体調が良くなるよう、着手していなかった回復魔法にチャレンジしてみたところ、あっさりと成功してしまい、念願だった回復魔法を習得することができたのである。……習得の経緯は、最悪だがな。



 そのまま彼女を抱えて近くの転移ポータルへと連れていき、なんとかダンジョンを抜け出すことに成功したが、いろんな意味で残念なことになったと、頭を抱える結果になった。

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