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84話「しがない行商人グレッグの商い奮闘記 後半」



 レンダークの英雄である冒険者ローランドと別れたあと、俺は真っ先にある場所へと向かうことにした。ちなみに、六個のブレスレットの仕入れ代金は後払いとなっており、売れたらその売り上げ金から支払うという商人にとってはとても有難い方式を取ってくれた。



 まず俺が向かったのは、オラルガンドにやってきたら俺が必ず訪ねる場所だった。その場所は貴族が住む貴族区にあり、とある一軒の屋敷だ。



「これはこれは、グレッグ様。お久しゅうございます」


「久しぶりだなゴードン。ラギールはいるか?」


「ええ、もちろんご在宅です。どうぞこちらへ」



 この屋敷の執事ゴードンの案内で通された執務室では、眉間に皺を寄せながら必死に書類整理をする幼馴染の姿があった。何者かが部屋に入ってきたのを感じたようで、書類整理の手を止め顔をこちらに向ける。



 俺の姿を認めると、一瞬目を見開いたように驚いていたが、すぐに顔を綻ばせるとはつらつとした声を上げた。



「おうグレッグじゃないか! 久しぶりだな。いつからオラルガンドに来てたんだ?」


「ああ、ちょうど今日着いたばかりだ。それにしても、凄い顔だったぞ。そんなに書類整理は嫌いなのか?」


「どうも慣れなくてな。まったく、こんなことなら叙爵されなきゃ良かったかな?」


「おいおい、滅多なこと言うもんじゃないぜ? 貴族なんてなりたくてもなれないんだからよー」



 そう言うと、お互いに声を出して笑い合う。目の前にいるこの男こそ、俺の幼い頃からの友であるラギール・フォン・シュトレーゼマン男爵だ。



 シュトレーゼマン領の領主であり、れっきとした貴族なのだが、他の貴族と毛色が異なっていることが一つだけある。それは、所謂彼が平民からの成り上がり者だということだ。



 そもそも貴族とは、国王陛下から何かしらの功績が認められ、その功績を称えられ爵位と領地を下賜された者またはその爵位と領地を受け継いだ者のことを指している。領地を与えられた貴族は、その領地の裁量権を任され領主となる。基本的にだが、領主となった貴族は、自分の思うがままにその地を治めることができるのである。



 もちろん悪政を敷いていれば、その噂が広まり王都から監査官が派遣される。悪政の事実が明るみになれば、国王陛下の名の下において何かしらの罰則があるため、例え裁量権が認められていても領主は好き勝手できないのだ。



 そして、目の前にいるラギールはとある功績が認められ叙爵されたばかりの新興貴族で、つい最近まで平民だったのだ。



「それで、今日はどうしたんだ? ただの挨拶か?」


「それもあるんだが、ラギールに買ってほしいものがあるんだ」


「買ってほしいもの? 何だそれは?」


「これだ」



 訝し気な表情を浮かべる友の疑問に答えるように、俺は懐から例の物を取り出す。取り出したのは、当然ながらローランドの坊っちゃんから預かったブレスレットだった。しかも、ただのブレスレットではなくお守りの効果が付いたアミュレットの方だ。



 それを見たラギールは、途端に目を大きく見開き驚愕の表情を浮かべる。それもそのはずだ。なにせ、アミュレットはここ数か月ラギールがずっと欲していたものだったからだ。



 ラギールには、十四の時に一緒になった妻のマリーという女性がいる。当然このマリーも俺の昔馴染みの友であるのだが、彼女は昔から虚弱体質でよく体調を崩して寝込むことがあるのだ。



 それを不憫と思っていたラギールだったが、それをなんとかしてやれず今まではただ彼女の快復を祈ることしかできなかった。だが、叙爵され貴族となった今、多少なりともその懐には幾ばくかの金が入ってきていた。



 そこで彼女の虚弱体質をなんとかしてやりたいと考えたラギールは、アミュレットの存在を知ることになる。お守りとして人気のアミュレットは、軽い症状の病気であればその浄化の力を使って癒すことができる。それを聞いた彼が妻のためにアミュレットを求めるのは自然な流れだった。



 だが、アミュレットを欲している存在は彼だけでなく、多くの富豪や貴族たちも欲しており、その人気は高くいくら貴族であるラギールであっても手が出なかったのだ。



 そんな喉から手が出るほど欲しい品が、今目の前にあるということが信じられないのは無理もない事なのである。



「お、おま、これを一体どこで手に入れたんだ!?」


「すまないが、いくらお前でもそれを教えるわけにはいかない。仕入先との信用問題に関わってくるからな」


「そうか、それはそうだな」


「で、これを買ってくれるか?」


「もちろんだ! 是非買わせてくれ!!」



 そう言いながら満面の笑みを浮かべるラギールを見て、坊っちゃんから託された商品を持ってきてよかったと内心で満足する。本音を言えば、もう一人の幼馴染のことなので、できればタダでくれてやりたいところだが、この商品が委託販売であるためそんな勝手な真似は許されない。



 そのことを申し訳なく思いながらも、坊っちゃんに告げた査定額である中金貨五枚を提示する。こちらの希望価格を告げると、ラギールが戸惑ったような顔を見せる。



「そんなものでいいのか?」


「ああ、仕入先とも相談した結果の金額だ。問題ない」


「だが、王都での相場はその十倍でも手に入れるのは難しくなってると聞いたぞ。本当にいいのか?」


「くどいぞラギール。あんまりしつこいと、本当に大金貨五枚で売っちまうぞ?」


「感謝するグレッグ。さっそく金を用意しよう!」



 ラギールとの話が纏まったところで、俺を部屋に案内したあとすぐに執務室からお茶を用意するため部屋から出ていたゴードンが、ちょうど執務室に戻ってきた。ラギールはゴードンに指示を出すと、お茶出しをメイドと交代しお金を用意するため再び部屋を後にする。しばらく、出されたお茶を飲みながらラギールと雑談していると、ゴードンが皮袋を手に戻ってきた。



「グレッグ様、こちらが代金となっております。ご確認ください」


「じゃあ、失礼して」



 ゴードンが用意してくれたものだから問題ないとは思うが、何かの手違いで間違っている可能性もあるため、しっかりと確認する。すると、皮袋の中に入っていたのは中金貨七枚だった。



 金額が足りないということはよくあることだが、指定した金額よりも多いというのは珍しい事なので、少し困惑しているとラギールがにやりと笑いながら説明してくれた。



「さすがに俺も貴族の端くれだからな。本当は大金貨の二、三枚は包んでやりたいが、こちらの財政も余裕があるわけではないからな。今はこれで勘弁してくれ」


「十分さ、寧ろ中金貨二枚は余計だと、仕入先の人間に咎められるかもしれないな」


「グレッグ本当にありがとう。これでマリーの体質が良くなってくれればいいのだが……」


「そうだな。そうなることを祈っておこう。じゃあ、俺はまだ行くところがあるから、今日はこれでお暇させてもらうとしよう」



 それから、今日は泊っていてくれというラギールの熱烈な誘いを丁重にお断りすると、俺は次の目的地に向けてラギールの屋敷を後にした。



 次に俺がやってきたのは、オラルガンドに商品を仕入れに来た際、頻繁にお世話になっている商会だ。しかし、今回の目的は商会の経営者ではなく、その妻に用があった。



「こちらでお待ちください」



 出迎えてくれた店員に奥方に会いたい旨を伝え、応接室に通される。ここの商会の奥方とは何度か顔を合わせたことがあるため、忙しくなければ会ってくれるはずだ。



 出された紅茶で唇を湿らせながら待っていると、ほんの数分で奥方が姿を現した。そこに姿を現したのは、俺と同世代くらいの美人だ。薄い緑の髪に青い瞳を持った知的な雰囲気を持つ彼女こそ、この商会の代表を務める商人の妻だった。



「ようこそおいでくださいました」


「いきなり押しかけてしまって申し訳ない」


「いえいえ、構いませんのよ。まずは、お座りください」



 そう言いながら、自分も備え付けられたソファーに腰を下ろすと、良きタイミングで彼女が本日の用向きを問い掛けてきたので、それに返答する。



「本日は奥方にある商品を買っていただきたくやって参りました」


「あらそうなの。それで、その商品とはなにかしら?」



 俺が商品の取引を持ち掛けると同時に、目が商人のそれになる。彼女の出自は元は商家の令嬢であるため、彼女自身も商売事となると商人と変わらないほどの雰囲気を纏うのだ。



 その雰囲気に飲まれそうになるのをなんとか押し留めつつ、懐に忍ばせていた小さな皮袋から例の物を取り出す。奥方は、取り出したものに視線を向けながら、商品の詳細を質問してくる。



「ブレスレットね。これが、今回取引したいものかしら?」


「そうです。どうぞ手に取ってお確かめください」



 彼女が俺の言葉を待っていましたとばかりに、ブレスレットを手に取りその具合を確かめ始める。その目は真剣そのもので、まるで獲物を狩る獣のそれである。



(な、なんて精巧な造りなの。ただのブレスレットに、一体どれだけの技術が使われているのよ!?)



 どうやら、その表情から見るにこのブレスレットの異常性に気付いたようだな。そう、これはただのブレスレットではないのだ。あの坊っちゃんが関わっているのだから。



 奥方がブレスレットに夢中になっていると、突然応接室がノックされ誰かが部屋に入ってくる。その人物とは、この商会の代表を務める商人、つまりは今ブレスレットに夢中になっている奥方の夫なのである。



「これはこれはグレッグ殿、久しぶりですな」


「そうですね。二か月ぶりくらいですかな?」


「もうそれほど経ちますか。月日が経つのは、早いものですな」


「まったくです」



 当たり障りのない挨拶を交わすと、さっそく彼が本題に入った。その目はやはり商人独特の鋭いものとなり、隙を見せれば噛みつかれそうなほどの雰囲気だ。



「それで、本日は我が妻に何か用があるとお聞きしたのですが、一体なんですかな? 私ではなく妻を訪ねるということは、私には秘密のことでしょうか?」



 表面上は何の気なしな問い掛けであったが、その目はあからさまに訴えかけてきていた。“俺に黙って儲け話を持ち込んできてんじゃねぇだろうな?”と……。



「いえいえ、それほど大した用向きではなかったので、わざわざ私のためにお忙しい時間を割いていただくのは申し訳ないと思っただけですよ。そこに他意はありません」



 向こうが妙な勘繰りをしてきたため、こちらもやんわりとそれを否定しておく、もうすでに戦いは始まっているのだ。



「では、私が同席しても問題ありませんね?」


「ええ、どうぞご随意に」


「それでは遠慮なく。ところで妻が持っているものが、本日取引したい品ですかな?」


「そうです」



 俺が肯定すると、奥方からブレスレットを受け取った彼が食い入るようにブレスレットを検分する。どうやら彼もこのブレスレットの価値に気付いたようで、一瞬目を見開いたが、長年の経験からすぐに表情を正し、平静を装った。



「素晴らしい品です。それで、これはあとどれくらいの数があるのですかな?」


「申し訳ございません。本日提供できるのは、そこにある一つのみです」


「というと?」



 今回の取引相手である坊っちゃんとの契約で、販売に関していくつかの条件を付けられていた。その概要は主に三つだ。



 一つ、販売を目的とした相手ではなく、実際に商品を使用してくれる相手に売ること。二つ、一度に売れる数は一個人または一団体に対し一つまでとすること。三つ、相場よりも大きく逸脱しない金額で販売すること。これが坊っちゃんとの間で交わされた条件だった。



「なるほど、では質問を変えよう。この商品は今後も供給が可能なのですかな?」


「それは何とも言えません。今回限りかもしれませんし、また依頼されるかもしれません。今回は私の腕を見るための試験的な意味合いも含まれておりますので、今後の取引があるのは今回の取引の結果次第になるとしか」


「そうか、では、もしまた仕入れる機会があれば、その時は都合してもらえないだろうか?」


「申し訳ございませんが、今ここでお約束するのは難しいとしか申し上げられません。ひとまずは、今回の取引を成功させてからということになりますので、今しばしお待ちいただければと……」



 これは俺の正直な言葉だ。今回の取引が今後続くかどうかはわからないし、坊っちゃんがあのアクセサリーをどこから仕入れてきているのかわからない以上、ここで下手に約束するのは得策ではない。



 商人とは、軽率に約束をしてはならない信用が重要となってくる職業だ。ここで仕入れられるかわからない品の提供を約束することは、できなかったときに大きな損失となる。



「では、奥方殿。こちらの商品ですが、お買い上げになりますか?」


「ええ、もちろん買わせていただくわ。おいくらかしら?」


「では、小銀貨五枚になります」


「あら、それだけでいいの? 私が言うのもなんだけど、中銀貨二枚でも安いくらいよ」


「仕入先の相手との契約もあるので、問題ありません」



 俺がそう言うと、奥方は顔を綻ばせながら使用人に金を持ってくるように指示を出す。どれだけ金を持っていようと、いいものを安く手に入れたいという思いはどんな人間でも同じというわけだ。



 それから、ブレスレットの代金の小銀貨五枚を受け取ると、俺はその商会を後にした。もちろんだが、そのあと会頭から仕入先についてのそれとなしの追求があったが、のらりくらりと躱し黙っていたことを付け加えておく。そこは商人として重要な仕入先の情報を言う訳にはいかないため、断固として口を割らなかった。



 そして、坊っちゃんの条件を守りつつ、先の商会と同程度の規模の商会の奥方二人に二つ、この街一番の酒場の踊り子に一つ、【夏の木漏れ日】という宿の看板娘に一つずつそれぞれに売ることができた。



 最後の看板娘については、小銀貨三枚で提示してみたが、まだ成人していない子供にとっては大金だということで断られそうになったところ、それを見ていた母親である女将がそのブレスレットをいたく気に入り、娘と共用で使うということで話が纏まった。



 こうして、俺は坊っちゃんとの約束を果たし、すべての商品を売りきることができたのであった。

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[一言] 二軒目への販売価格は銀貨なのでしょうか、金貨なのでしょうか。
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