520話「いつもの報告」
「はあ? 今なんて言ったんだ?」
「だから、悪い貴族どもを魔法で眠らせて真人間にするために更生を施していると言ったんだ。聞こえなかったのか?」
「いや、聞こえてはいるが、おまえの話を理解することを頭が拒絶しているようだ」
そう言って、国王は頭を抱えて押し黙ってしまう。
ギルムザックに敵対的な行為を行う派閥の貴族を粗方眠らせた俺は、報告のため国王のもとを訪れていた。俺が詳細を説明すると、みるみるうちに眉間にしわが寄っていき、最終的には頭を抱えて唸り始めたのである。
いくら敵対したからといって、各領地を治める貴族を眠らせるということは、大なり小なり国の運営が一時的に麻痺するということであり、国を治める国王としてはあまり良くは思わないのだろう。
「大丈夫、殺してないから」
「そういう問題ではないのだがな」
「ああ、あと今回の更生が完了すれば、更生した貴族たちが自分が行った罪を償うために自首してくるだろうから、その処理もよろしく」
「Oh……神は我を見放したか」
俺がそう言うと、再び頭を抱えて執務机にうずくまってしまう。しかしながら、これは仕方のないことなのである。
邪魔な貴族を片付ける方法として最も効率的なものは、連中が取った行動と同じく排除だろう。だが、大抵の貴族が問題にならない程度に領地経営を行っており、それを考えると、単純に排除することが必ずしも正しい選択とは限らない。
では、今回の場合どういう結末が望ましいのかといえば、今まで通り領地経営を行わせ、かつ悪いことをやめさせるというなんとも都合のいいものとなってしまう。そのために俺が取ったのが悪夢を使った更生方法である。
対象者に現実に近い悪夢を見せ、人としての正しい道理を身をもって体験してもらい、間違った選択を取れば振出しに戻るという悪夢版双六をやらせているという状況だ。
しかも、今回の更生にかけられる時間は、領地経営に支障が出ない一日ないしは二日という短期間のものであり、現実で更生させようとすれば数か月から数年を要するのは想像に難くない。
しかし、夢であれば時間感覚をある程度調整することができ、現実での一秒が十年や百年というとんでもない時間差にすることも可能なのだ。
その時間差を利用して本人は何年、何十年と経過したかのような錯覚を覚えさせ、真人間に更生させる。それが、今回俺が取った方法である。
「お気に召さなかったのか? なら、今から戻って連中を皆殺しに――」
「待てぇい! それこそ国が傾くではないか!!」
「なら、俺がやったことを受け入れろ。悪徳貴族が消え、まともな貴族が増えるのだ。これほど喜ばしいことはあるまい?」
「……」
俺がそう言うと、恨みがましい視線を国王が向けてくる。言っていることは正しいが、それでも余計な仕事をせねばならないという理不尽に変わりはなく、俺に対し「余計なことをしてくれたな」という思いがあるのだろう。
だが、悪い貴族が国に蔓延れば国そのものにとって害悪となり、最悪の場合敵対関係にある国からの侵攻によって滅ぼされてしまう可能性がある。そういった意味でも悪徳な貴族の存在を許すのは、百害あって一利なしなのだ。
釈然としない国王だったが、いつまでも過ぎたことでいじいじとしているよりも、今後起こることに対する対応を考えた方が建設的だと考えたのか、俺に問いかけてきた。
「それで、具体的に何人くらいになるのだ?」
「ここに書かれているやつ全員だな」
「こ、こんなにか? どう見ても、三人や五人という生易しいものではない。十人以上はいるではないか」
「それだけこの国は病魔に蝕まれていたんだな。それをこの正義の英雄様である俺が正しき道に導く。良いことだな。うん」
「……」
俺が満足げにそう頷いている傍ら、なにかもの言いたげな視線を向ける国王。言っていることは正しいと理解しているが、釈然としないものがあるのだろう。
それからしばらくして、宰相のバラセトと近衛騎士団長のハンニバルが国王の執務室を訪れた。俺の報告を聞くとバラセトは喜び、ハンニバルは俺のやったことを称賛する。
「やつらにはほとほと困っていたところ。これで少しは楽になります」
「さすがは師匠。師匠こそまさに英雄の鑑です」
「そうだろうそうだろう。見ろ国王。これが普通の反応だ」
「……おまえたち」
俺の行為を褒め称える二人に、納得のいかないといった顔をする国王。いや、悪徳貴族がまともな貴族に改心するんだぞ? いいことじゃないか? まあ、そのあとの事後処理はたいへんだろうけどな。
「ところで師匠。このリストに書かれてる丸はなんです?」
「ああ、それか。丸が付いてる貴族のところには行ったんだが、実はまだ行けてないところがあるんだ」
「それが、丸の付いてないところですか」
ハンニバルの問いに答えると、それを補うようにバラセトが口を開く。そして、改めて行けてない貴族家の名を国王が口にする。
「ヴァストール伯爵家にベラモス侯爵家、そしてクローマク公爵家か」
「どれも我が国有数の貴族家の名ですね。我々でも下手に手を出せない連中です」
「剣での勝負だったら、一瞬でぶった斬れるんだがな」
どうやら、俺が回り切れなかった貴族はなかなか有名な貴族らしく、三人とも厳しい顔をしていた。まあ、俺には関係のない話だがな。
「まあ、俺に任せろ。すぐにまともな貴族になる」
「お願いします」
それから、後々のことを話し合った俺は、国王たちのもとをあとにする。まずは、残っている貴族の中でも爵位の低いヴァストール伯爵の屋敷へとやってきた。
「ん? 魔法が弾かれる?」
どうやら、上級貴族ともなれば、魔法に対する対策を取っているらしく、敷地内の人間を眠らせるために使った魔法が無効化されてしまう。その原因は一定距離に設置された魔法に反応する魔道具のようで、それによって俺の魔法が防がれてしまったようだ。
「しかも、さっきの魔法で襲撃がバレたようだな」
魔法が無効化されてしまったことで気づかれてしまい、敷地内では護衛の人間が慌ただしく動いていた。多少厄介なことになったが、それならそれでやりようはある。
「眠らせられないのなら、正面突破で行くまでだ」
そう言いながら、俺は正面から堂々と敷地に侵入する。そんなことをすれば護衛に発見されるのは必然であり、俺を姿を見つけた護衛たちが次々と向かってきた。
「ぐはっ」
「貴様何者――ごぼっ」
「これ以上貴様の隙にはさせ――げはっ」
ここは護衛たちの見せ場なのだろうが、俺にも俺の予定というものがある。魔法的に眠ってもらえないのなら、物理的に眠ってもらうだけだ。そう思い、襲ってくる護衛たちを一撃で気絶させて回り、しばらくして静かになった。
粗方の護衛を片付けた俺は、改めて目的のヴァストール伯爵のもとへと向かった。
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