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519話「私はカマセイ・ヌー男爵。貴族である」




 ~ Side カマセイ・ヌー ~



 私はシェルズ王国に属するヌー領を治めるカマセイ・ヌー男爵である。



 代々に渡ってこの地を治めてきた我が一族だが、常に順風満帆だったわけではない。



 特に祖父の代になってから領地で取れる小麦の量が激減し、我が領は慢性的な凶作に悩まされ続けてきた。



 そのせいで国に治める税金が滞りがちになり、度々隣の領地を治める貴族から借金を頼むことになっており、その額は利子だけでも相当な金額となっていた。



 そんな中、隣の領地の貴族からある儲け話を持ちかけられる。金を借りている手前強く断ることもできず、相手の話を聞いてみたが、それはどう考えても合法的なものではなかった。



 しかし、まっとうな方法で領地を治めていてはいつ借金を返せるかわからず、結局その話に乗ってしまう。



 そして、いつからか私は領地経営の傍ら非合法な悪事に手を染めることとなってしまい、私の心は荒んでいくことになる。



 それから幾年の時が経ったある日のこと、魔族の襲来により我がシェルズ王国は未曾有の危機に瀕することになる。もはやこれまでかと思われたそのとき、ある一人の少年の手によって魔族が撃退されるという話を聞かされることとなる。



 信じられなかったが、その少年がミスリル一等勲章を授けられたことで、その話が偽りではないということを理解させられてしまう。



 私がこれだけ苦労をしているというのに、どこの馬の骨とも知らないガキが英雄として称えられているという事実に、どこかやるせなさと憤りを感じていた。



 そして、かつて儲け話を持ち掛けてきた貴族もまた例の少年のことを快く思っておらず、いつか目にものを見せてくれると息巻いていた。



 だが、少年は上手く国の中枢連中に取り入り確固たる地位を確立していき、簡単に手が出せない存在へとなってしまった。



 国王や宰相が目を光らせる中、少年に手を出すことは困難であり、我が派閥も少年には手を出すなということで意見がまとまった。



 それから、幾日のときが経過したが、事態が一変する。新たに貴族となる人間が現れたのだ。どうやら、その人間というのは元高ランクの冒険者の男であり、あの少年の弟子だという。



 少年本人は無理でもその関係者であればなんとかできるのではと考えた派閥は、これを機にその男を標的として攻撃を開始する。私はその先陣を仰せつかることになり、グリードに指示を出してその男の暗殺を指示した。



 だが、その企みはいとも簡単に阻まれ、私は少年の手によって深い闇の底へと突き落とされてしまった。



「んっ、ここはどこだ?」



 目が覚めると、そこは街や村などの拠点が見当たらないなにもない場所だった。ただどこへ通じているのかわからない一本の道が通っており、どっちの方向からやってきたかすらわからない状況だ。



 とにかくその場に留まっていても仕方がないと考えた私は、あてもなく歩き出す。最近の運動不足もたたってすぐに息が上がってしまう。



 それからしばらく道を歩き続けると、大きな荷物を運んでいる老婆の姿が見えてくる。小さな体で懸命に荷物を運んでおり、一体その体のどこにそんな力があるのかと思ってしまうほどだ。



「もし、旅のお方」


「私か?」


「見ての通り荷物が大きくて運ぶのに苦労しております。もしよろしければ、運ぶのを手伝っていただけませんか?」


「ふん、なんで私がそんなことをせねばならん。通行の邪魔だ。どけ」



 老婆の頼みをすげなく断った私は、そのまま老婆を追い抜きそのまま道を進み続けた。だが、しばらくすると道が途切れており、そこは切り立った崖のように道が断絶していた。



「なっ、なんだ!?」



 すると、まるでその崖に吸い寄せられるように落ちそうになり、慌てて体を踏ん張るも、その力に抗うこと叶わず、真っ逆さまに崖から転落する。



「うわああああああ」



 耐え難い浮遊感を感じつつ、今までの出来事が走馬灯のように私の頭を駆け巡る。そして、崖の終着点である地面が見えてきたところで、私は覚悟を決め目を瞑った。



 だが、襲ってくるはずの衝撃は来ず、恐る恐る目を開けると、そこは私が一番初めにいた道であった。



「夢、だったのか?」



 なにが一体どうなっているのかとわけがわからないままでいたが、その場にいてもなにも状況は好転しないことは明白だ。それ故、私は再び歩き出した。



「もし、そこのお方」



 次に私が出会ったのは、見目麗しい妙齢の女性だった。長いブロンドの髪に端正な顔立ち、そして私の目を引きつける豊満な体に、思わずごくりと唾を飲み込む。



「足を挫いてしまって動けないのです。もしよろしければ、負ぶってくださいませんでしょうか?」


「そんなことよりもだ。女、なかなかの体をしているな。その体私のために役立ててもらうぞ」


「や、やめてください」



 いじらしく抵抗する姿に、私の嗜虐心がくすぐられる。このいやらしい体を弄ぶべく女に手を伸ばそうとしたところで、突然周囲が暗転する。



 先ほどまでそこにいた女はおらず、右も左もわからない暗闇がそこには広がっていた。



「どういうことだこれは? うっ、うわ」



 そして、いきなり足場が消失し、私は奈落の底へと転落する。再び死を覚悟し、目を瞑るがすぐに浮遊感がなくなる。目を開けると、再び最初の場所へと戻っていた。



「なんなんだ……なんだんだこれはぁー!!」



 わけもわからず叫ぶも、それに答えてくれる人間はいない。ひとしきり叫んだあと、私は再びあてのない旅を続けた。



 それから、様々な人間と出会い。私にいろいろと要求してきたが、私がその要求に応えることはなかった。



 男や老人子供は罵倒し、女と見れば奉仕させるべく高圧的に出たりした。しかし、その度にあの不快な浮遊感に襲われ、気づけば元の場所へと戻っていた。



「なぜなのだ……なぜ?」



 どうあがいても元の場所へと戻ってきてしまう状況に、次第に私の心は壊れていった。そして、そこに現れたのは、あの少年によく似た顔を持った少年だった。



「あ、あの」


「う、うわぁー!」


「うっ、く、苦しい」



 このときの私は、常軌を逸していた。目の前の少年はあくまでもあの少年とよく似ているだけであって、本物ではない。だというのに、気づけば私は少年の首を掴んで思い切り締め上げていたのだ。



「……」



 私が冷静を取り戻したときには、そこには物言わぬ骸となった少年が横たわっていた。なんの落ち度もない人間をこの手にかけてしまったという罪悪感が私の胸中を支配する。



「あーあ、殺しちゃったね」


「馬鹿、な」



 私が負の感情にとらわれいたそのとき、先ほどまで死んでいたはずの少年がむくりと起き上がり、嘲笑を湛えた顔を張り付け私の非道な行いを非難する。その表情は、あの少年のようにふてぶてしいものだった。



「まだまだだね」


「なにを言って……」


「そんなんじゃ、いつまで経ってもここから出ることはできないよ?」


「うわっ」



 そして、私は再び奈落の底へと突き落とされた。

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