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518話「貴族のもとへ」



「ここがあいつの雇い主がいる屋敷か」



 そう呟きながら、俺はある建物を見上げている。それは、木造ではあるものの、貴族が住まうであろう豪奢な造りの建物であり、端的に言えば屋敷だ。



 グリードに引き抜きの話をしたあと、俺はすぐに彼を雇っているであろうカマセイ・ヌー男爵の屋敷へとやってきた。目的は当然ギルムザックに刺客を差し向けたことに対する制裁を加えるためである。



 ただ、貴族という存在は厄介なもので、王政がしかれている国は領地を治める者は基本的に貴族であり、言うなれば現代で言うところの市長や知事に相当する。その権限は絶大であり、それこそ領地の中では彼らが絶対の存在でありルールなのだ。



 割り当てられた各領地を爵位持ちの領主が治めており、それを排除するということは、その土地に混乱を招くことになる。



 マルベルト領やバイセウス領などのまともな貴族が治めるところなら問題ないが、大抵の場合権力を手にした人間というものは、それを悪用する傾向にある。そして、質の悪いことにそういった悪事を働く人間というのはそれが表沙汰にならないよう秘密裏に行うことが多く、国が定めた法に則って罰することも難しいのが現状である。



 その気になれば、俺の力でそういった連中を排除することは容易い。しかしながら、そういった悪い貴族どもを排除した場合、また新たに領地を治める者を選出しなければならなくなる。そうなった場合、国を治める人間……つまりは国王に多大な負担を強いることになる。



 しかもさらに質が悪いのは、領地経営はまともに行い、裏では悪事に手を染めるという貴族も中にはおり、国に対してはいい子ちゃんぶっているところだ。



 一番はその悪い貴族が改心してまともに領地を治めることだが、一度悪事に手を染めた人間が真人間になる可能性は極めて低く、なにか余程強いきっかけがなければ改心することはあり得ない。



 つまり今回領主を排除することはできず、かといって時間をかけて改心させる選択肢も取れず、それこそ一日二日という短時間での改心が望ましいということである。



「面倒臭い話だ」



 今回の目的のクリア条件が思ったよりもシビアだということに気づいた俺は、その面倒臭さに顔を顰める。だが、そういったずる賢い人間は前世でも少なからずいた。そんな人間を相手に立ち回ってきた経験のある俺にとって、ことをおさめることは難しくはない。理不尽ズルには、理不尽チートをぶつければいいだけの話である。



「な、何者だ!?」



 というわけで、さっそく領主がいる寝室へとやってきました。まあ、護衛の方々がたくさんおられた様子ですが、もちろん戦うのは面倒なので魔法を使って眠ってもらった。



 目の前には、いかにも悪いことをしてますという風貌の男がおり、悪徳領主という言葉が頭に浮かんだ。この屋敷の主であるカマセイ・ヌー男爵である。



「俺の顔に見覚えはないか?」


「きっ、貴様は!? なぜ貴様がここにいるのだ? グリードはどうした!!」


「あいつなら、もうここには戻って来れない。それよりも、今はグリードのことより自分の心配をしたらどうだ?」



 戻って来れないというのは、こちら側に引き込むからという意味であり、決して二度と生きては帰れないという意味だ。だが、男爵は違った意味に受け取ったようだ。



 にじり寄る俺に恐怖を覚えたのか、悲鳴にも似た声で「来るな、来るな」と男爵が叫び散らかす。だが、来るなと叫ばれてその言葉に従うかと言われれば、否である。



「わ、私に手を出せばどうなるかわかっているのか!?」


「どうなるんだ?」


「私に手を出せば、あの御方が黙っていないぞ!!」


「ふーん、そうか。……【スキャン】。おまえが言う“あの御方”とはクローマク公爵のことか?」


「な、なぜそれを!?」


「おまえの記憶を読み取らせてもらった。他にもいろいろとな」



 俺は男爵に至近距離まで接近し、やつの頭に手を置き、記憶を読み取る魔法である【スキャン】を発動させる。プロトの報告から、グリードの雇い主が男爵であることは聞かされていたが、念のための確認としてグリード自身からも記憶を読み取っている。



 記憶読み取り魔法の良いところは、拷問をしなくても欲しい情報が手に入るところであり、あっさりと俺やギルムザックに反発する主要な貴族の情報が手に入った。



 確認のため、男爵の部屋にあった紙に今回の騒動に関わっている貴族たちの名前が書かれたリストを作ってみせてやると、みるみるうちに顔面蒼白となっていた。



「な、なぜ知っているのだ!! このことは極秘事項のはずだ!!」


「言ったはずだ。おまえの記憶を読み取らせてもらったと。その記憶の中に、おまえの仲間の貴族の情報も含まれているのは至極当然のことだろう?」


「ば、かな……そんなことはあり得ん! そんなものは反則ではないか!!」


「知るか」



 声を張り上げて叫ぶ男爵に俺は淡々と言葉を返す。まあ、拷問されてないのに情報だけ抜き取られちゃあ、理不尽だと思ってもおかしくはない。そっちが権力という名の理不尽を持っているように、こちらはチートという理不尽を持っていただけのことだ。



「さて、めぼしい情報も引き出せたことだし。もうおまえに用はない」


「た、頼む! 金なら払うから命だけは助けてくれ!!」


「そんなものに興味はない。俺がいったいこの国から年間いくらの金を受け取ってると思ってるんだ? 貴族なら知らないわけはあるまい」


「くっ」


「まあ、安心しろ。殺しはしない。記憶を見る限り領主の仕事はそれなりにやっていたようだからな」


「ほ、本当か!?」



 殺されないとわかった途端、安堵した表情を浮かべる男爵であったが、こいつはなにも理解していない。世の中死んだ方がマシだったということなどいくらでもある。これから身をもってそれを知ることになるのだ。



「ああ本当だ。だが、おまえのやったことを考えればなにもなしというわけにはいかない。当然罰は受けてもらう」


「な、なにをする気だ!?」


「おまえにはしばらくの間眠ってもらう。まあ、大体一日二日くらいだ。その間に夢を見ると思うが、その夢である条件をクリアしてもらおう。どうだ、簡単だろう?」


「ある条件だと?」


「まあ、実際に体験してもらった方がいいだろう。というわけで、精々頑張ってくれたまえ。かの者に試練を【オーディールナイトメア】」


「た、助け……助け」



 なにか得体の知れないものを感じ取った男爵が、俺から逃れようとするが、それよりも早く魔法の効果が発動し、倒れ込むようにその体をベッドに横たわらせた。



 俺が発動したのは、ある特定の条件を満たすまで悪夢を延々と見せ続ける魔法であり、夢であることは間違いないのだが、限りなく現実に近い幻術に似た部分がある魔法だ。



 先ほども男爵に言った通り、今回の騒動を起こしている連中のほとんどが貴族であり、大小の差はあれどもどこかの領地を治める領主である。



 そんな人間を秘密裏に始末したとなれば、国が混乱しその後処理に奔走されることになるだろう。主に国の上層部が……。



 そんな上層部の方々と知り合いの俺としては、迷惑をかけるわけにはいかない。かといって、このまま放置するのも問題がある。そこで、やつらに対しあることを実行することにしたのだ。



「これで目が覚めたときには真人間になっていることだろう。さて、次だ次」



 そう呟くと、俺は次の貴族のもとへ向かい、同じように【オーディールナイトメア】をかけて回った。



 その翌日、事後報告として国王や宰相に報告をしたが、終始“おまえはいったいなにをやっているんだ?”という呆れた視線を向けられ続けた。

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