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517話「夜の訪問とヘッドハンティング」



(おっ、来たな)



 プロトからの知らせを受け、人知れずギルムザックの城へとやってきた俺は、今寝室にいる。



 天蓋付きのベッドでぐーすかと馬鹿面でいびきをかきながら眠りこけるギルムザックを尻目に、暗殺者が現れるのを今か今かと待っていたのだ。



(それにしても、警戒心がまるでないな。俺の侵入に気づかないのは仕方のないこととして、せめて自分の得物は枕元に置いとけよ)



 暗殺者を待つ間特にやることもないので、部屋の中や大口を開けていびきをかきながら眠りこけるギルムザックの姿を観察したりしていた。



 しばらくそうしていると、なんの前触れもなく部屋のドアが音もなく開いた。どうやら、待ち人がやってきたようだ。



(さて、いつ気づくのか)



 部屋の主であるギルムザックはまだ気づいていない。黒い装束に身を包んだ侵入者は、音もなくベッドに近づいていく。



 おいおい、このまま目を覚まさず殺されるんじゃないかと俺が思い始めたそのとき、ここで初めて気づいた。ギルムザックのいびきが聞こえてこないことに。



「誰だ?」


「っ!?」



 突然声をかけられたことに一瞬怯む侵入者だったが、すぐに己の任務をまっとうするべく、懐から取り出したナイフを投擲する。



 いくら寝起きとはいえ、そんな馬鹿正直な攻撃がギルムザックに通用するはずもなく、投擲されたナイフが彼に命中することはない。



「俺も舐められたもんだぜ。これでも一応Sランク冒険者の肩書きを持っていたんだがな」



 その割には俺の存在にまったく気づいていないではないかというツッコミを心の中でしつつも、そのまま両者の戦いを見守る。



 魔法によって相手の姿が見えていないはずなのだが、気配で察知しているらしく、繰り出される攻撃を尽く躱すギルムザック。なかなかやるじゃない。



 暗殺者はさらに腰に下げていた短剣を手に取ると、そのままギルムザックの懐へと潜り込む。一方のギルムザックはファイティングポーズを取り、暗殺者を迎撃する構えを見せる。



 彼が言った通り、Sランク冒険者という肩書きは伊達ではない。その膂力は並の人間を遥かに凌駕しており、武器を持たずともかなりの強さを誇っている。



 まあ、俺が鍛えたということもあるのだが、少なくとも武器を持った暗殺者程度に後れを取るような鍛え方はしていないつもりだ。



「悪いが、力量不足だ」


「っ!? ぐっ」



 懐に飛び込もうとしていた暗殺者の懐に逆に潜り込み、鳩尾に拳を突き立てる。突然襲ってきた衝撃に両膝をついて倒れ込むのをなんとか堪えた暗殺者であったが、その隙を見逃してくれるほどギルムザックは甘い人間ではない。



「次からは、もう少し相手の力量を調べてから行動したほうがいい。もっとも、次はないだろうがな」


「うっ」



 それが暗殺者の聞いた最後の言葉であり、追加で襲ってきた衝撃によって意識を刈り取られてしまった。



 こうして、暗殺者を無力化することに成功したギルムザックだったが、個人的には満足のいく結果ではない。



「大体、敵が部屋に入ってくるまで眠りこけていた時点でなってないな。せめて城の敷地内、いや城に侵入された時点で気づくくらいの警戒心はほしいところだ」


「不出来な弟子ですいませんねぇ」



 おっと、口に出してしまっていたらしく、俺がいることが早々にバレてしまった。



「いつからそこにいたんですか師匠?」


「そいつが部屋に入ってくる少し前からだ。大口でいびきをかいて眠りこけていたな」


「いたんだったら、助けてくださいよ!」


「なんでそんなことをしなきゃならん。それに自分の身を守れるくらいには鍛えたつもりだが? それとも、また鍛えなおしてやろうか?」


「え、遠慮しておきます」



 俺の本気が伝わったらしく、丁重に断ってきやがった。遠慮する必要はないのだがな。なんなら、今からやってもいい。時間はたっぷりとあるのだから。



「いや、今回の件でまだ鍛え足りていないことがわかった。どうやら、普通の人間として手加減をしてしまっていたらしい。【ディメンジョンゲート】……さあ、こっちへこい」


「結構です! 誰か助け、助け――」


「どうした!? って、師匠!?」


「え? 先生?」


「いつの間にいらしたんですか?」


「ちょうどいい。おまえたちも道連れだ」


「「「え? ちょ、まっ――」」」



 それから、騒ぎを聞きつけてやってきたアキーニ、アズール、メイリーンも同じく道連れに亜空間へと連れ去った。



 修行を終えて出てきた彼らの第一声は「生きて帰ってこれた」というものであったが、それほど危険なことをさせたつもりはない。



 ちなみに、ディメンジョンゲートの先は時間経過がない亜空間に繋がっており、そこで大体一年くらい修行させた。



 強さ的には、ローランズブートキャンプで鍛えたメランダたちと同じくらいになっており、SSランクのモンスターと互角に渡り合えるくらいになっているはずだ。



 それに満足した俺は、用は済んだとばかりに城をあとにした。



 しかし、これはまだシェルズ国内で起きている騒動のほんの序章に過ぎなかったということを俺は痛感することになるのであった。







 ――――――――――――







 ~ Side グリード ~



「んっ、ここは……」



 目が覚めたグリードは周囲を見回す。どうやら、牢屋らしくあのあと捕まってしまったのだということを理解する。自分の状況を理解しつつある彼に、声をかけてくる人物がいた。



「よお、目覚めたようだな」


「おまえは!? 英雄ローランド」



 それはシェルズ国民であれば知らない者はいない。特に情報を重要視する闇の人間であるグリードが知らないはずもなく、その人物は少年だった。



 もちろんただの少年ではなく、強大な力を持った魔族を撃退し、人の力ではどうしようもないスタンピードすら鎮めたかの英雄、ローランドであった。



「さて、自分が置かれている状況はわかるな?」


「……」



 ローランドの問いに、グリードは沈黙をもって答える。それは相手の問いに答えることを拒絶するということであり、それと同時に相手の問いに対する是の意思でもあった。



「まあいい。悪いがいろいろと調べさせてもらった。おまえがカマセイ・ヌー男爵の配下であることも、目的がここの領主の命だということも」


「……殺せ」



 だから情報を吐かせるための拷問の必要はないのだとローランドの言動が物語っている。もはやこれまでだと悟ったグリードは、自分を殺せと目の前の少年に告げる。しかし、敵である相手の言うことを受け入れるほど、目の前の少年は甘い人間ではなかった。



 そして、先に送り込んだ部下がもはや生きていないということもこのときグリードは悟った。



「残念ながら、その願いを聞き届けてやるほど、俺は優しい人間じゃない」


「……」


「どうだ、俺に雇われる気はないか?」


「なに?」



 ここでローランドの口から意外な提案があった。なんと、グリードを雇いたいという申し出だ。



 現在、ローランドの陣営は実力的には十分な人材が揃っており、王都の屋敷の使用人やメランダたち元奴隷組などを入れれば、一国を攻め潰すことなどわけはないだろう。



 しかしながら、諜報面においては元闇ギルド出身のモチャや暗部のメイドという限られた人材しかおらず、まだまだ情報収集能力については不足しがちな面がある。



 そういった特殊な能力に長けた人材はなかなか育成することが難しく、未経験者を入れて一から育てるとなると、とんでもない労力と時間がかかるのだ。



 であれば、経験者をどこからか引っ張ってくればいいと考えるのは自然なことであり、地球で言うところのヘッドハンティングである。



「俺は敵だぞ?」


「それがどうした?」


「裏切るかもしれないとは思わないのか?」


「ああ、そういうことか。それはについては問題ない。裏切りたくても裏切れなくすればいいだけの話だ」


「……」



 さも当然いったように答えるローランドに、グリードは背筋が凍る感情を抱く。そして、長年の経験からこういった類の人間には逆らってはならないという結論をグリードが出すのにそれほど時間はかからなかったのである。



「断ったらどうなる?」


「そうだな。ここで一生を終えてもらうことになるな。痛い拷問もなければ、なにか重労働を強いることもない。ただただここで時間が過ぎるのを待つだけだ」


「……」



 事も無げに口にするローランドの言動に、グリードはますます戦慄を覚える。不必要な人間は殺して始末をすればいいという考えを持つ彼にとって、ローランドの考え方は異質であった。



 だが、冷静になって考えてみれば、それがもっとも残酷な方法ではないかともグリードは思った。人は、死ねばそれ以上の苦痛や絶望を感じることはなくなる。生きているということは素晴らしいことであるとは言いつつも、同時に苦しいことでもあるということを彼は理解していた。



 闇の世界で生きてきた彼にとって苦痛を伴う拷問に耐えることはできても、なにもせずただ時間だけ過ぎるのを待つという人が生きる上で経験する当たり前の行為を拷問として扱うという考えは持たなかったのだ。



「まあ、焦ることはない。考える時間はゆっくりある。精々じっくりと考えるといい」



 そう言いながら、踵を返して去って行くローランドをグリードはただ呆然と見送るしかなかった。そして、しばらく考える時間を与えられたグリードであったが、選択を迫られた彼がローランドの提案を受け入れるという答えを出すのに、それほどの時間はかからなかったのである。

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