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510話「休むことも必要であるその2」



 次に俺が向かったのは、屋敷の庭である。ローランド家というべきなのかどうかはわからないが、うちの庭は一般的な貴族家の庭とは異なり、そのほとんどが作物で占められている。



 これは、俺が料理をするということも要因の一つであり、中には米などのなかなか手に入りにくい食材もあるため、それならば自分の手で育てた方がいいということで、庭園というよりも畑という見た目となってしまっていた。



「こりゃあ坊ちゃんじゃないですか。どうかしたんですかい?」


「いや、たまにはうちの庭を見ておこうと思ってな。なにか不都合はあるか?」


「問題ありませんぜ」



 庭……というよりも畑を見ていると、庭師のドドリスと出くわす。もとは庭師だったが、畑の比率が多くなってきていることもあって、今では庭師というよりも農家に近いことをしてもらっている。その過程で、彼にはいろいろと無茶なことを要求してきたが、嫌な顔一つせず仕事をしてもらっている。ありがたいことだ。



「ドドリスにはいろいろと無茶をさせてしまった。庭師のおまえに農民のようなことをさせるのは心苦しくはあるが」


「がっはっはっは、なんのなんの。ガキの頃は、村で畑を耕していたこともある身の上ですからな。それに、今まで育てたこともないような植物を育てられる経験はなかなかできませんから。気にしないでくだせぇ」



 ドドリスは片田舎の村出身であり、そこから傭兵を経て庭師になったという経歴を持つ。村出身者であれば畑を耕すことは珍しいことでもなく、傭兵も体が資本の泥臭い職業ということで、依頼主の無理難題にもある程度慣れており、野菜を育ててほしいという俺の要望くらいならばお安い御用といったところだったようだ。



「仕事量はどうだ? 一人で無理そうならば人を増やしてもいいが」


「……坊ちゃん、それはやめていただきたい。わしはこの仕事を生き甲斐に思っているのです。その生き甲斐を誰かに奪われるなど耐えられません」


「そ、そうか。なら、もう少し畑の面積、特に小麦と米の面積を増やしたいと考えているんだが、問題なさそうか?」


「まったくもって問題ありやせん」



 俺が新たに人を雇い入れる可能性があることを示唆すると、ものすごい剣幕で拒否されてしまう。ドドリスにとって庭師という仕事に誇りを持っており、それを誰かに譲る気は一切ないという強い意志を感じた。



 俺としても、今の状態で問題がないのならば無理に人を増やすつもりもない。今の使用人は国王の人選ということもあって、他勢力のスパイが潜入している可能性はゼロだ。もっとも、一部のメイドは国王直属の暗部だった者もおり、未だに国王とのパイプは繋がっているだろうが、特に知られて困ることはないし、知られて困ることはすでに知らせてあるため今更である。



 しばらく、ドドリスと畑を見て回り、なにも問題がないことを確認すると、労いの言葉をかけてから彼と別れた。



「はあ、いつまでこそこそと隠れてついてくんだ? いい加減鬱陶しいぞ。出てこい、そこにいるのはわかっている」


「……」



 次はどこを見て回ろうかと思っていたが、俺が部屋から出てきてからずっとあとをついてきている気配があったので、声をかけた。物陰から姿を見せたのは、透き通るような白い肌を持ったモチャであった。



「さすがはご主人様、いつから気づいていたですのん?」


「最初からだ。なにか俺に用か?」


「……(フルフル)」



 俺が問い掛けるとモチャが首を横に振る。どうやら、ただついてきているだけのようだ。まあ、ソバスが彼女を注意しないということは、護衛の意味を兼ねているのだろうが、俺が鍛えたことによってSランク冒険者の実力になっている連中がひしめく場所に潜入できる存在はそうそういないので、彼女の行動はあまり意味のないようにも見える。



 それから、いろいろと見て回り真面目に仕事をする使用人たちに声をかけて回る。そして、最後に行きついたのは厨房であった。



「これは、ローランド様。どうされましたか?」


「夕食の支度か」


「はい、本日は型の良いビッグホーンバッファローが手に入りましたので」


「ほう、確かになかなか悪くない。少し、分けてくれ」



 そう言って、ルッツォから肉を少し分けてもらい、今日の献立に一品加える料理を考える。そして、できあがったのは濃いめの味付けにした焼肉にレタスを巻いて食べる前世ではよくあるものだが、異世界であるこちらにはない珍しい料理だ。



 質のいい肉であるため特に奇をてらった料理にする必要がなく、ただ焼いて塩胡椒で味を調えたものでも十分美味しくいただけるが、それだとメインディッシュになってしまうため、野菜と一緒に食べられる今回の料理を作った。



「食べるか?」


「(コクコクコクコクコク)!」



 試食がてらモチャに食べてみるかと言ってみたところ、首が取れるんじゃないかと思うくらいに頷いた。もちろん、この料理もルッツォに覚えてほしいので、彼にも試食させる。



「美味しいです。肉に野菜を包むことによって新たな料理とする。素晴らしい発想です。なにより、これなら手軽に野菜を取ることができます」


「……もきゅもきゅ」



 料理陰らしい感想を口にするルッツォとは対照的にただ黙々と料理を咀嚼するモチャがなんとも対照的でシュールな光景だ。……こらこら、それ以上食べたら夕飯が食えなくなるぞ。



 今日一日、屋敷を見て回った俺は、そのあと夕飯を食べてその日を終えた。俺が教えた料理のレシピをさっそく使って、ルッツォは今日の夕飯に出した。感想は概ね悪くないようだが、一部の使用人が肉だけを食べようとしてソバスに窘められる光景が印象的であった。



 こうして、なにもない日を過ごした俺は、目まぐるしい日々から一時解放されたことで、十分な休息となったのであった。

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