508話「ブートキャンプの成果」
「左、右、左、右、左、右、左、右」
『左、右、左、右、左、右、左、右』
「プッシング、プッシング、プッシング、プッシング」
『プッシング、プッシング、プッシング、プッシング』
「オーケー、ワンモアタイム! 左、右、左、右……」
あれから、時間的に数か月が経過する。一応亜空間内の時間の経過はストレージと同じで止めてあるため、どれだけ過ごしても腹が減ることもなければ年老いることもない。
すべての時間的流れをストップしてしまうと、筋トレなどで得られる筋力の強化など、修行の妨げになる部分については時間が流れるようにしてあるが、基本的に時間は止まったままだ。
その中で、まず俺がメランダたちに施したのは、基礎体力の強化である。“初心忘れるべからず”とはよく言ったもので、何かに行き詰ったりした場合、応用的なものではなく初心的なものが足りていないというケースが多かったりする。今回は戦闘に必要不可欠な基礎体力の底上げを行うことにした。
短期間での効果を上げるため、彼女たちの両手両足に負荷をかけた状態で走り込みや筋トレなどの基本的な肉体強化法を行い、それと同時に体内に存在する魔力の制御と操作を向上させるため、魔力の鍛錬も同時並行で行った。
最初は普段の動きができないためぎこちない動きだったが、徐々に慣れていったことで、今では違和感なく動けている。密かにだが、彼女たちが重しによる負荷に慣れるのを見計らい、徐々に重しの量を増やしていった結果、今では最初の頃と比べ、二倍の負荷がかかっている。
そして、その状態から拳を突き出すなどの単調な肉体の動きをやらせ続け、そして魔力の鍛錬を同時並行して行うことで、今では相当な底上げとなっていた。
途中からメランダの申し出によって、元々来ていないかった他の元奴隷組も合わせて鍛えてほしいという要望があったので、俺一人結界から抜け出して、シーファンやカリファなど残りの元奴隷組も連行してきた。
彼女らが抜けた穴は、一時的にゴーレムを配置することで補う形にし、不測の事態に備えてはいる。
(かなり強くなったな……これが死を覚悟した人間の底力ってやつか)
メランダたちに覚悟の是非は問うたものの、本当に殺すつもりで鍛えるつもりはなかった。ただの覚悟があるかどうかの確認をしたかっただけなのだが、彼女たちが口にした覚悟は嘘偽りなく本物だったようで、ここまで弱音一つ吐かず、俺の指導に食らいついてきている。
その結果、元々Sランク冒険者相当の実力を兼ね備えていた彼女たちだったが、今は信じられないくらいパワーアップを遂げた。メランダのステータスを例に、その変貌をお見せしよう。これだ、ワンツースリー。
【ブートキャンプ前】
【名前】:メランダ
【年齢】:二十四歳
【性別】:女
【種族】:人間
【職業】:元奴隷・冒険者(Sランク)
体力:22000
魔力:18000
筋力:S
耐久力:S-
素早さ:S-
器用さ:S-
精神力:S
抵抗力:S-
幸運:S-
【スキル】
身体強化Lv9、気配察知Lv5、気配遮断Lv6、魔力制御Lv4、魔力操作Lv5、
火魔法Lv0、水魔法Lv0、風魔法Lv1、土魔法Lv0、光魔法Lv0、闇魔法Lv0、
剣術Lv9、格闘術Lv8、集中Lv5
【状態】: 崇拝(極大)
これが、こうである。
【ブートキャンプ後】
【名前】:メランダ
【年齢】:二十四歳
【性別】:女
【種族】:人間
【職業】:元奴隷・冒険者(Sランク)
体力:160000
魔力:112000
筋力:SSD+
耐久力:SSE+
素早さ:SSB-
器用さ:SSD-
精神力:SSC
抵抗力:SSC-
幸運:SSE
【スキル】
身体強化・改Lv4、気配察知Lv9、気配遮断Lv9、魔力制御Lv8、魔力操作Lv9、
火魔法Lv4、水魔法Lv4、風魔法Lv7、土魔法Lv3、光魔法Lv2、闇魔法Lv2、
真・剣術Lv3、真・格闘術Lv4、集中Lv8、威圧Lv3、パラメータ上限突破Lv2
【状態】:崇拝(極大)
うん、やりすぎたねこりゃ。まあ、悔いはなしということで納得しよう。
詳しく見てみると、元々魔法の素養はあったが、スキルとして発動はできない状態となっていたのが窺える。今回のブートキャンプによって基礎体力と魔力の鍛錬を行った結果、見事に魔法を発動できるようになったというわけだ。
今回のブートキャンプの目的は、あくまでも強い敵に対処する方法を教えるというものであるからして、基本的には基礎体力の強化に重点を置いている。だが、それを加味したとしても、かなりやり過ぎた感が否めない。
今回はメランダの能力を例としたが、他の連中も軒並みパラメータ上限突破のスキルによって、SSランククラスのモンスターと渡り合えるくらいにまで成長を遂げていた。
一度休憩を取ることにし、俺は素直にそのことをメランダたちに告げる。
「すまない、少々やり過ぎてしまったようだ」
「やり過ぎ、ですか?」
「ああ、おまえらはもうすでに人の領域を逸脱してしまっている。はっきり言って化け物の領域だな。これから、まともな生活はできないかもしれない」
圧倒的な能力を手に入れる代償としてついて回ること、それは日常生活に支障をきたすということだ。
力ある者は、常にその権力者につけ狙われ、平穏な日々を送ることができず、血なまぐさい人生を送ることになる。ましてや、メランダたちは女性であり、いずれ結婚して幸せな家庭を築くという選択肢もあった。だが、これだけの強さを持った女性を妻に迎い入れたいという奇特な男性が果たしてこの世に何人いるだろう。少なくとも、俺は見たことがない。
そんな俺の考えを見透かしたかのように、メランダたちが片膝を付いて平伏する。そして、ごく自然な当たり前のこととして彼女の口から言葉が紡がれた。
「この身も心も、すべてはご主人様のお役に立つためのものです。ご主人様が我らの行く末を案じてくれるのは、嬉しいことですが、あなた様のもとで働くと決めてから、我ら一同自分たちの行く末など最初から決まっております」
「隊長の言う通りだぜ。この先、体を許す相手が出てくるとしたら、それは主だけだぜ!」
「はしたないですよカリファ」
「シーファンは、主よりも他の有象無象の男の方がいいって言うのか?」
「そ、そんなことは言ってないですよ!」
「じゃあ、主だけなんだろ」
「そ、それは、まあ……」
カリファとシーファンのやり取りを咎めるようにメランダが咳ばらいを一つすると、改めて俺に宣言する。
「我ら白銀の団一同、ご主人様に永久の忠誠を誓います。この命尽きるその時まで、我らの忠誠はあなたとともに!」
そう言って、急に全員が立ち上がると、腰に下げていた剣を抜きそれを顔の前に構え直す。漫画やアニメでよく見た騎士がやるような構えだ。
その光景を黙って見ていた俺だが、何か言ってほしそうにちらちらとこちらに視線を向けてきたので、一応何か言うことにする。
「まあ、人生は短いようで長いから、もし決まった男が現れたらそいつと一緒になっても構わないからな」
「ローランド様、万歳!!」
俺の言葉に応えるように、全員が俺の名前を叫ぶ。まるで、一昔前の日本を見ているかのようだ。
とりあえず、一通りの鍛錬は終わったので、ローランズ・ブート・キャンプはこれにて終了と相成った。
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