507話「突然始まるローランズ・ブート・キャンプ」
翌日、再びメランダたちを伴って昨日の続きから再開する。九十台の階層ともなれば、さすがのメランダたちも連携して戦わなければならず、攻略のスピードが明らかに遅くなった。
俺としては、特に急いで攻略する必要性はないため、何も言及することなく自由にやらせている。
「レイム、背後に回り込んで迎撃。ララは魔法で牽制を」
「「はい!」」
「ソルジュとアンジェは距離を保って魔法で支援して」
「「了解です!」」
メランダが部下に的確に指示を出し、それを受けて彼女たちが指示されたことを行っていく。その連携に乱れはなく、一人一人が自分の役割をしっかりとこなしている。
「ふむ、無駄のない良い動きだ。指示系統がしっかりとしていてそつがない。これなら、余程のことがない限り連携に綻びが出ないな」
彼女たちの戦いぶりに、俺は感嘆する。彼女たちの中には、元々戦闘に秀でていた者もいたが、全員がそうではなかった。しかしながら、俺の指導を受けたことで戦い方を学び取り、戦闘力を身につけたのだ。
剣だけで戦っていた者は、身体強化と魔法を得たことで戦い方のバリエーションが増え、戦い方を知らなかった者も魔法を会得することで遠距離からの支援と牽制が可能となった。
「お、倒したか」
しばらくして、メランダたちがモンスターを倒したため、俺はモンスターを回収するため彼女たちに近づく。いつものように、ストレージにモンスターを入れ終わると、メランダが話し掛けてきた。
「ご主人様、少々よろしいでしょうか?」
「なんだ」
「お気づきかと思いますが、我々だけではもうこの辺りのモンスターに太刀打ちできなくなってきています。どうすれば、上手く戦えるでしょうか?」
どうやら、メランダたちも自分たちの能力の限界に気付いているようで、素直に俺に助言を求めてきた。
強敵に勝つためにどうすればいいか。そんなことは最初から決まっている。その強敵よりも強くなればいいだけの話である。
メランダたちが苦戦しているのは、単純な話彼女たちが持っているパラメータと今戦っているモンスターのパラメータに差がなくなっていることが原因だ。
わかりやすくレベルで説明すると、レベル1の戦士がいたとして、自分と同じレベル1のモンスターと戦った時と、レベル3のモンスターと戦った時、どちらがより苦戦するかという話である。
当然、自分よりもレベルの高い敵を相手にする方が苦戦を強いられるため、レベル1とレベル3では後者の方がより苦戦する。それは数字的な観点から言って当たり前のことだ。
であれば、どうすればいいのか? 答えは単純明快で、レベル3のモンスターが苦ではなくなるまで自分のレベルを上げればいいだけの話だ。
しかしながら、これには落とし穴がある。“強敵に勝つには自分が強くなればいい”、それは当然のことなのだが、その強くなる度合いにも個人差があり、成長限界が存在する。
俺やナガルティーニャのようなぶっ飛んだ強さを手に入れられる存在がそうゴロゴロとはいないだろうし、もし世界すべての人間がそうなってしまえば、世界そのものが破滅の一途を辿ってしまうだろう。
そして、現時点でメランダたちの実力はSランク冒険者として申し分ないほどの能力を有しており、先日竜刻の時の影響で発生したスタンピードも、ロックドラゴンを除いたモンスターだけであれば、彼女たちとソバスたちだけで対処が十二分に可能だった。
そのことを鑑みれば、今の彼女たちの実力は、まったく問題ないといっても過言ではなかった。
「強い相手に勝つ方法なんて一個しかない。自分がもっと強くなればいい」
「それは、そうなのですが……」
「だが、人にはそれぞれ強くなる限界が設けられている。強くなるなら、その限界の壁を越える他ない」
「どうすれば、その壁を越えられるのですか?」
「おまえら、死ぬ覚悟はあるか?」
「え?」
俺の唐突な質問に、全員が困惑する。何故そんな質問をしたのかといえば、ただの覚悟の問題だ。本当に、彼女たちが強さを求めているのであれば、これはあくまでも俺の予想でしかないが、まだ伸びる余地は残されている。物理的な戦闘力も魔法的な戦闘力についても、俺の戦闘力と比較すればまだまだ弱い。
メランダたちが持っているスキル自体も、俺がかつて所持していた下位のスキルばかりであり、さらにその先まで進化したスキルを所持している俺がいる時点で、まだ強くなれるという証拠となる。
問題なのは、その領域まで彼女たちが上がってこれるかという点についてだ。いかなることにおいても、下積みというものは重要で、大工や寿司職人などでよく耳にするのだが、そういった分野で一人前と認められるには十年の時がかかると言われている。
それと今回のことは似ている部分があり、強くなるためにはそれ相応の覚悟と苦行が待っているのだ。それこそ、何度も死ぬ覚悟をしなければならないほどに……。
「自分の限界を超えた強さを手に入れる方法はたった一つ。常軌を逸した苦行や荒行をするしかない。場合によっては、それで死んでしまうほどの荒行を」
「なるほど、そういう意味ですか」
「で、死ぬ覚悟はあるか?」
「元よりこの命、ご主人様に拾っていただいたものです。あなた様が死ねというのなら、我ら一同喜んで死にましょう!」
そう言いつつ、その場にいた全員が片膝を付き平伏する。一応本人の了承を得たということになるので、俺は彼女たちにさらなるドーピングを施すことにした。
「とりあえず、ここに入ってもらおう」
「これは?」
俺はその場にて魔法を使って亜空間を展開し、誰も入ってこられないよう周囲数十メートルを強固な結界で覆った。そして、結界の内部の時間軸をコントロールし、結界の外と内の時間の流れを変化させる。こうすることで、結界の外での一秒が結界内では数時間という空間を生み出すことが可能となる。
「まさにこれこそ、精〇と時の〇屋である」
「ご主人様、何を言っているのですか?」
「……なんでもない、とにかくこの中に入れ」
そんなわけで、俺がやった時のように時間の経過を遅らせた状態で、メランダたちを亜空間へと誘った。
亜空間内は、特に何もなく真っ暗な闇が広がっている。だが、決して何も見えないわけではなく、俺やメランダたちの姿ははっきり見えるという特殊な空間となっていた。
この空間では、どんな攻撃でも外に影響を与えることはなく、戦略級の魔法の実験や実践レベルの修行に適した場所として利用が可能だ。俺がよく使っているストレージと似たような仕様だが、相違点があるとすれば、亜空間の場合生きている存在を入れておけるというところだろう。
「ここは一体?」
「俺が魔法で作った空間だ。ここならどれだけ暴れても外に影響がないからな。というわけでだ。これより、修行を開始する!」
俺がそう宣言すると、メランダたちの表情が真剣な顔つきへと変わる。死ぬ覚悟があるかと聞かれている手前、どれだけ厳しい修行が待っているかと身構えている様子だ。
「まずは、ここからあそこまで、俺がいいというまでひたすら走り続けてもらおうか」
「走るのですか?」
「そうだ。ただし、おまえたちの体に重しを付けた状態で走ってもらうことになるがな」
俺はそう言うと、メランダたちの手首と手足に魔力で作った輪っかのようなものを装着する。それが出現した瞬間、まるで数百キロの負荷がかかったかのように、メランダたちの体が重たくなった。
「こ、これは……」
「言っただろ。重しを付けた状態で走ってもらうとな。じゃあ、よーい始め!」
こうして、突発的にだがメランダたちを鍛え上げる修行【ローランズ・ブート・キャンプ】が始まったのであった。
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