503話「ハンバーガー事変その6」
「あっ、ローランド様?」
「度々済まない。いくつか相談したいことができた」
「わかりました」
店から移動しやってきたのは、商業ギルドであった。目的は新たな支店を出すことだ。
今日の盛況ぶりから、とても一店舗だけで捌ききれる客足ではないことを感じた俺は、従業員が音を上げる前にすぐに行動に移すことにした。
話を円滑に進めるべく、商業ギルドのギルドマスターであるリリエールと直接やり取りをするため、ギルドに到着するなりリリエールを呼び出した。
冒険者の間では、SSランクの冒険者として有名な俺だが、俺にはコンメル商会の出資者という別の顔を持っている。商人の間では、こちらの顔の方が有名らしく、俺が商業ギルドにやってくると、何かあるのではないかとギルド内にいた商人たちがひそひそ話を始めるのが通例となりつつある。
そんなわけで、いとも簡単に許可が出され、こうして頻繁に彼女と会うことができてしまう。特権階級万歳だ。
「ローランド様が申請した例のレシピですが、すでに食いついている商人や料理人がいましたよ?」
「やはりか。これは急いだほうがよさそうだな。というわけでリリエール、紹介してもらったばかりだが、すぐに次の店舗を出すための土地が欲しい。二つ三つほど見繕ってくれ。条件は、前と同じ多少いわくのある場所がいい」
「か、かしこまりました。少々お待ちを――」
そう言って、すぐに適当な土地を見繕ってくる辺り、彼女の商売人として優秀さが窺える。商機は決して逃さないという意味では、ララミールの獲物を狙う時の獣のような感覚と大差はない。もっとも、どっかの頭ピンク色のエロエルフと比べて、彼女にそんな邪な気持ちはないだろうがな……。
リリエールが持ってきた書類の内容は、土地としてだけ見れば特に問題なさそうな場所ばかりだが、前の持ち主が何者かに殺されていたり、謎の奇病で亡くなったりという不祥事が起きているという旨が赤文字で記載されていた。
そのため、商人たちには敬遠されており、ギルドとしても維持費がかさんで何の利益も生み出さない土地を所持し続けているという状態となっていた。
「ふむふむ、いわくの件以外は特に問題のなさそうな土地だな」
「そうですね」
「よし、全部貰おう」
「ふぇ!? ぜ、全部でございますか?」
俺の言葉に、素っ頓狂な声を上げて驚くリリエールだったが、すぐに平静を取り戻し、聞き返してくる。俺がもう一度頷くと、すぐに手続きに入った。
「全部合わせて、大金貨二枚になります」
「ん」
いくらいわくつきといっても、今までの維持費などの経費が掛かっている以上、一定数の値段より価格を下げられない。そのため、余計に商人から見向きもされないという悪循環に陥っていたのだが、俺が買い上げたことで肩の荷が下りたようにリリエールがほくほく顔を浮かべる。
俺としても、必要な土地をすぐに手に入れられたので、お互いにウィンウィンな関係を築けている。そのため、今回の取引は双方に実りのある結果となった。
「ありがとうございます。これで、この土地は正式にローランド様のものとなりました」
「土地についてはこれでいい。あとは、人員の確保だな」
支店を出すための土地の確保ができたところで、次に問題となってくるのが人材だ。現在、一号店が絶賛営業中なのだが、二号店以降の店舗を出すとなれば、一号店と同程度の人員が必要となってくる。
一号店で稼働中の人員は、元々クッキーと唐揚げを売っていたメランダたちを一期生とするのなら、彼女たちが抜けたあと補充された二期生と今回追加した三期生の計四十名ほどで店舗を運営していく形となる。
一期生の中でも特に接客と商業に長けているシーファンも営業に加わり、二期生の中からのちの店長候補となる従業員を育成してもらっているが、ある程度形になるまでは今しばらくの時間が必要だろう。
そして、問題なのが今回の追加の人員を奴隷商会から補充する際、目ぼしい人材を根こそぎ買い上げてしまったため、新たに奴隷による人員の追加を行うことができない状態となっている。
商業ギルドから募集をかけて面接で採用する形を取ってもいいが、それだと商売敵のスパイが潜り込んでいた場合、対処が遅れる可能性が出てくる。
前世の地球でも、アルバイトの店員が不祥事を起こして店が閉店に追い込まれるといった事案が発生し、一時社会現象として話題を呼んだことがあった。当時のSNSのサイト名をもじって○○ッターと呼ばれていたが、これは何も現代に限ったことではない。
意図的に送り込まれた人間によって店の信用を落とし、失墜させる行為というものは現代だろうと異世界だろうとどこにでもあることなのだ。だからこそ、そういった人間が入り込む余地のない奴隷を使うことで、実質的に商売敵のスパイを潜り込ませないよう予防しているのである。
もっとも、一度奴隷にしてからスパイとして送り込むという方法を相手が取った場合、それを看破することは難しい。だが、主人の不利益になる行為を禁止する奴隷という身分で、スパイ活動を行うことは困難であり、仮に奴隷商会にそういった人材を送り込んだとしても、大した妨害活動を行うことはできないのだ。
「というわけで、一般募集による応募はできない」
「なるほど、では他の都市から奴隷を連れてくるというのはどうでしょう?」
「ふむ、それは盲点だったな。その案採用しよう」
奴隷の調達が困難と思われたが、リリエールの言葉で気付かされた。何も、王都の奴隷商会だけが奴隷を調達する手段を持っているというわけではない。奴隷という商品を扱っている商会は他の都市にも多数存在しており、王都の奴隷商会だけで人員確保を行わなければならないという制約もないのだ。
そのことに思い至ったリリエールの素直に称賛し、その案を採用させてもらうことにした。そうと決まれば、さっそくマチャドを引っ張って行こうと考えたが、まずは店舗の整備が先であると判断し、リリエールに礼を言って一旦商業ギルドをあとにした。
そのまま、手に入れた土地に移動してきた俺は、一度現地の状況を確認するため、整備の前に一通り土地を見て回ることにする。俺が購入した土地は三つで、それぞれ王都の北と南西と南東に位置するような場所となっている。
北と南西の土地は、一号店と同じ前任者が倉庫として使っていたらしく、廃墟と化した建物が立ち並んでおり、なんとも不気味な雰囲気を醸し出している。だが、特にそれ以外では異常は見られなかったので、誰も侵入できないよう結界を張ったあと、すぐに更地にしてしまった。
問題となったのは、残った南東の土地で、廃墟となった建物があるという点については他の二つの土地と同じだった。だが、その建物に悪霊が棲みついていたのだ。悪霊といっても、モンスターの類であることに変わりはなく、浄化系統の魔法一発で終わったのだが、これが普通の人間であればこの悪霊に憑りつかれて精神に異常をきたしていただろう。
「ここが、例の謎の奇病で亡くなった人間が所持していた土地か。確かに、あんなものが棲みついている場所にいたら体調も悪くなって当然だな」
改めて、土地の権利書に書かれていた詳細を確認してみると、前任者が原因不明の奇病で亡くなったという情報が記載されていた。
これぞまさしく“いわくつき”の土地らしいといえばらしいのだが、原因がはっきりしている分それをなんとかすればいいだけの話であって、地球のように理不尽な霊的なあれこれではないので、特に問題はなかった。
とりあえず、残った建物も更地にして、それぞれの土地に一号店よりも少し規模を小さくした支店を建てた。それから、マチャドにご足労いただき、各都市の奴隷商会を巡って、百人ちょっとの奴隷との契約を行った。
その後、奴隷たちを王都に移動させ、必要な教育を施してからすべての支店が開店するまで、一週間とかからなかったのであった。
それが原因かは謎だが、商人の間でマチャドが【奴隷王】と呼ばれるようになるのだが、それはまた別のお話である。
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