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502話「ハンバーガー事変その5」



「ん? なんだここ?」


「こんなところにこんな建物あったかしら?」



 辺りがすっかり明るくなり、人の往来が活気づいてきた頃、通りかかった人たちが昨日そこにはなかったはずの存在に気付き始める。



 それは、赤と黄色の派手な配色を使いながらも、どこか親しみやすい丸みを帯びた様式の建築物で、現代の知識に照らし合わせれば、あの“ぱらっぱっぱっぱぁー”なファーストフード店を彷彿とさせる。



 購入した土地の広さの四分の一を占拠するその建物は、周囲の建物と同様二階建てなのだが、一階部分と二階部分の面積が大きいため、縦にではなく横に広くなっている。



 集客数は百人前後とこの世界の基準で言えばかなりのものだが、百万人規模の大都市の集客力に対応できるかと問われれば、圧倒的に少なすぎるものの、他店と比べて客を捌くスピードが尋常でないため、実質的に数百人規模の集客があっても対応自体は可能だ。



「いらっしゃいませー。今日から開店いたしました。軽食販売店【フィルフナルド】でございまーす! 気軽にお立ち寄りくださいませー」



 店の名前は“お気楽”や“気軽”という意味の英単語feelfreeの文字を取った。……まあナルドは、察していただけるとありがたい。うん。ぱらっぱっぱっぱぁー。



 ぎりぎりまで開店準備に追われていたが、食材の確保やら従業員の制服やらを準備していたら、なんだかんだで時間が経過していた。



 敷地内にまだスペースがあるため、隙を見て従業員の住居スペースとなる寮と自給自足できる畑を作っていきたいところだ。



「へぇー、こんなところにこんな店ができたのか」


「ここなら露店の区画からも近いし、いいわね」



 この区画の利点はもう一つあり、露店が並ぶ区画のさらに先に行くと、王都の主要な大通りにぶち当たるのだ。つまり、俺が購入した区画は、大通りを抜けるために一定数の人の往来がある場所でもあった。



 だが、諸々の事情で誰もこの区画を購入しなかったため、人々からはただ大通りに抜けるための通路としてしかその機能を果たしていなかったのだ。



 しかし、俺がここに店を出したことで、露店に向かう人々と大通りに抜ける人々の目に止まりやすくなるため、店を出す立地条件としてはかなり良い部類に入るのだ。いわくつきとはいえ、商人が手を出さなかった理由が理解できないほどに……。



「さて、店は任せるとしてだ」



 俺の予想が正しければ、今露店の区画では騒ぎが起きているだろう。店は従業員たちに任せ、俺は露店を出していた区画へと足を向ける。



 元々、クッキーと唐揚げを売っていた場所に向かってみると、案の定というべきか人だかりができており、いつもより喧騒に包まれている。騒いでいる人間の声に耳を傾けてみると、こんな声が聞こえてきた。



「おい、店がなくなってるぞ!」


「どうなってるんだ!?」


「俺はここの唐揚げがねぇと一日が始まらねぇんだ!」


「責任者を出せ!」



 騒ぎの原因は、やはりというべきか昨日まで営業していたはずの露店が跡形もなくなくなっていることに対するものであった。そりゃあ、贔屓にしていた店が何の告知もなく突然なくなったらびっくりするのは当然だろう。



 本来ならば、こういうことは店の販売元のコンメル商会の人間がする仕事だが、急な出店を独断で取り決めた俺に責任があると考え、ここは張本人である俺が対処することにした。



「あっ! あんたは、コンメル商会の坊っちゃん」


「ここにあった店はどうなったんだ!?」


「まさか、閉店とか言わないだろうな?」



 関係者である俺が現れたことで、商品を買い求めてやってきた客が俺に詰め寄る。俺はそれに対し、道を開けるよう両手を左右に振って露店があった場所まで移動する。



 俺の意図を察してくれた客たちが道を開けてくれ、俺は露店の跡地に陣取り、腰のポーチからメガホンを取り出すと、客に向かって声を張り上げた。



「急なことで驚いただろうが、昨日をもってここの露店は店仕舞いとなった」


「な、なんだって!」


「じゃあ、もう唐揚げは食べられないのか!?」


「昨日新しい商品が出たって聞いてきたんだが!」


「どういうことだ!? 説明しろ!!」



 俺の言葉に、客たちは反発する。だが、それも想定済みであるため、俺は一旦手を上げて客たちを黙らせる。



「諸君らが驚くのも無理はない。だが、別に二度と商品が買えなくなったわけではない。この露店がある区画の隣に新しく店を建てた。今日からそこで営業を再開している。昨日販売したハンバーガーも売っているから、是非とも立ち寄ってくれ」



 俺がそう説明することで、ようやく客たちは落ち着きを取り戻す。そうとなればすぐに行ってみたいとばかりに、次第に客足が新店舗の方へ流れていった。



 それを確認した後、店舗を移設した旨の看板を設置しようとしたところ、メランダたちに出くわしたので、その中の二人にこの場所に残ってもらい、あとからやってくるまだ事情を知らない人間に店舗の移設があったことを知らせる連絡係をやってもらうことにした。



 そして、残りの護衛を引き連れて店に行ってみると、先ほど俺の告知を聞いてやってきた客で店が溢れ返っていた。人員的には、倍近くにはなっているはずなので、昨日よりも客を捌くスピードは上がっており、現代的要素として会計する場所を複数設置していることで、一度にいくつもの注文を受けることができるようにもしている。



 だが、それでも途絶えることのない客足はすさまじく、一体どこからこれほどの人がやってきたのだろうという店とは関係のないことが頭を過り出す。



「えっと、これと、これと、これを一つずつで」


「お客様、この商品でしたらこちらのセットにすれば、一つずつ注文するよりもお安くなっておりますが」


「え、そうなの? じゃあ、このセットで」


「かしこまりました」



 ハンバーガー、フライドポテト、ミックスジュースという組み合わせが揃ったことで、前世のファーストフード店でも存在したセットメニューも出してみた。その他にも、唐揚げとフライドポテトのカラポテセットにクッキーとミックスジュースの甘味セットも取り入れることで、五つしかない品数でもメニュー数が増えて店らしくなっている。



 訪れた客も、単品ずつで頼むよりも安く買うことができるということで、大好評となり、その情報は瞬く間に他の客の口コミによって拡散され、それが更なる集客に繋がっている。



 もちろん、以前露店で販売していた枚数指定によるクッキーの販売や唐揚げのメニューも存在しており、特定の商品のみ購入したい客にも対応したメニュー設定となっている。



 新たに追加されたメニューによって、元々コンスタントに稼げていた客足がさらに増加する形となり、しばらく店に客が溢れ返る事態となることを我々はまだ知らない。



 これだけ人気ともなれば、客の中には不満を漏らす者や商売敵のちょっとした嫌がらせも出てくるだろうが、そのためにメランダたちに護衛についてもらっており、その点については問題ないと考えている。



「しばらくは様子見が必要だが、この分だとおそらく……」



 百万という人口を抱える王都に、数百人規模の対応力を持った店舗がたった一つしかないというのは、素人目から見ても需要と供給のバランスが明らかに取れていない。



 開店したばかりだが、連日この調子だといずれ従業員が過労で倒れることは目に見えている。元企業勤めの人間としては、そんな過酷な労働環境を強いることなどあってはならない。



「少し出てくる」


「はっ、ここはお任せを」



 メランダにそう伝えると、俺はある場所へと向かった。

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