501話「ハンバーガー事変その4」
「これでよろしく」
「かしこまりました。コンメル商会の商会長様の名で、店舗の護衛を冒険者クラン【白銀の団】の方々に指名依頼ということで承りました」
「じゃあ、そういうことでよろしく頼む」
マチャドたちに店舗の案内と、各設備の使用方法並びに護衛する場所と休憩所スペースなどの説明を行ったのち、俺は冒険者ギルドへと向かった。
俺がギルドに顔を出すと、場の空気が張りつめたものへと変わる。冒険者の間で俺がSSランクの冒険者として知られているため、ギルドに顔を出すだけで注目の的となってしまう。
そして、それはちょっとした騒ぎに発展し、その結果……。
「あらあら、これは何の騒ぎかしら~? あら~、ローランドくんじゃない。ちょうどよかったわ。ちょっと君に大事なお話があるの~。詳しい話は、わたしの部屋でじっくりしっぽりと話しましょう~」
とまあ、これほどの騒ぎになれば、ララミールが気付かないわけもなく、半ば強制的に連行されてしまう。そして、そのまま彼女の毒牙に……などということはなく、意外にも真面目なお話であった。
聞くところによると、最近貴族たちからの無理難題のような依頼が殺到しており、下手に権力があるだけにギルドとしても無下に断るわけにはいかないとのことらしい。
依頼の難易度の高さから断りを入れようとするも、いやみったらしく“冒険者ギルドには、かの有名なSSランク冒険者様が在籍しているじゃないか”と返され、現冒険者の中で最高ランクと言われている冒険者に達成できない依頼はないのだろうと言外に伝えてくるらしい。
「ギルドとしても、達成の難しい依頼はあまり受けたくはないのだけれど、あれもこれも無理と言ってばかりだと、ギルド自体の存在意義が疑問視される可能性があるのよ~」
「なるほど、なら今まで貴族連中から受けた依頼をリストアップしておいてくれ。今やっている案件を片付けたら、着手するとしよう」
「本当に~!? 助かるわ~!!」
「じゃあ、俺はこれで失礼す――」
「ちょっと待ってちょうだい。そんな急いで帰る必要もないんじゃないの~? 久々にお姉さんといいことしな――」
「サラダバー!」
ララミールの誘惑をなんとか振り切ることに成功した俺は、明日の開店初日に備えて休むことにした。
再びララミールのもとへ赴かなければならないという懸念があれども、今大切なのは店であると判断し、彼女についてはあまり気にしないことにしたのであった。
翌日、まだ日が昇っていない早朝に起床する。身だしなみを整え、簡単なもので朝食を済ませると、俺は店まで移動する。
なぜ、こんな真夜中といっていい時間帯に起きたのかといえば、まだカモフラージュのための結界をかけたままにしてあったからだ。
朝の明るい時間に結界を解いてしまうと、いきなり店が出現したと驚かれる可能性があるため、気付いたらそこに店がありましたと誤解されるよう仕向けなければならない。
もっとも、わずか一日でそこに店ができたことに違和感を感じる者もいなくはないだろうが、リアルタイムで突然建物が出現するよりかはまだマシであるという判断から、いつもより早い時間にやってきたのだ。
ちなみに、新たに加わった奴隷と元から働いてくれていた従業員には、あのあと一通りのオペレーションは叩きこんであるため、店の営業自体は問題ない。
少し骨が折れたのは、彼女たちの店の制服である。翌日開店といういきなりな話であったため、店の制服を作ってもらえる仕立て屋に依頼する時間的余裕がなく、仕方なく俺自らがデザインをすることになった。
イメージとしては、ファミレスのウエイトレスとこの世界でも馴染みのある給仕服を足して二で割ったような制服を作り、色合いも派手なものよりも比較的地味な色を選択した。
一着試作品が完成すると、あとは職人ゴーレムたちに丸投げしたため、俺がやった労働は実質最初の一着のみであったが、なかなか納得のいくものがなくて意外に時間がかかってしまた。
そんなこんなで、なんとか翌日の開店準備が整ったため、今日から営業をスタートさせる運びとなったのだが、何か見落としている気がして考えた結果、あることを忘れていたことに気付く。
「ああ、そうだ。食材のストックの確保をしていなかったな」
そう、飲食店を経営する以上、商品は料理ということになる。そして、その料理を客に提供するためには、料理を作るための食材の確保が重要となってくる。
いくら料理を作る人材を確保できても、食材の確保できなければ何の意味もない。まさか、こんな初歩的なことを見落としてしまうとは……。
「開店まで、あと六時間ってところか……」
現在の時刻は夜中の三時くらいだ。一般的な飲食店の場合、店にもよるが開店時間は午前九時から十時の間が多い。場所や店の方針によってはそれよりも早く開店したり、逆に遅く開店したりするが、基本的には早朝を過ぎた時間帯から開店する。
まだそれだけの時間があるのならば、望みはあると判断し、俺はすぐさまモンスター農園へと転移する。さすがにモンスターといえども、二十四時間働き続けることはできないため、現在活動を休止中である。
「ご主人様、いかがなさいましたか?」
「マンドラか、よく気付いたな」
「侵入者の警戒は、常に怠っておりませんので。それで、本日は一体どうされたのですか?」
「ああ、実は……」
すぐさま異変に気付いたマンドラがやってきたので、事情を説明する。今の状況を聞いたマンドラは、一つ頷くとすぐに配下のモンスターたちに号令をかけ作業を開始する。
「アルラウネたちよ。仕事です」
無理をさせるのはあまり良くないと思い、マンドラに言ったのだが、そんなことはないという答えが返ってくる。そして、少し不満気な顔を浮かべながら、理由を語ってくれた。
「ご主人様が“ずっと働き詰めは良くない”と言って、夜間の活動を制限されたのではないですか。毎日働きたいという配下たちを抑える私の身にもなってください」
「そ、そうだったか。それは悪かった」
いくらモンスターとはいえ、際限なく馬車馬のように働かせるのは酷なことであると思い、ある日を境にマンドラに夜行性以外のモンスターは一定の時間まで待機か休息を取るようにと伝えたことがあった。だが、元々魔力が力の源であるモンスターにとって労働による疲労という概念が薄いため、自分たちがなんのために待機を命じられたのかわかっていない者もいたらしい。
だからこそ、マンドラは「自分の主がそう言っているからその命令に従え」という明白な理由を伝えないまま指示を出していた。そのため、モンスターの中にはある一定の活動を行わないと落ち着かない個体も出始め、マンドラの命令でも抑えきれないという状況になっていたようなのだ。
「では、これからは疲れたら任意で休息を入れることとし、動ける者はそのまま作業を行うことにしよう」
「そうしていただけるとありがたいです。諸君、聞いていましたね? これからは、疲労を感じたら各々で休み、動ける者はそのまま作業を続行しなさい」
マンドラがそう口にすると、まるで水を得た魚の如く活動的にモンスターが動き始める。その顔はどことなく生き生きとしており、今まで大人しかったのが嘘のようであった。
それから、モンスターたちのお陰で食材のストックを確保することができたため、マンドラに引き続き農園の監督をお願いすると、そのまま店へと戻った。
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