499話「ハンバーガー事変その2」
「はむはむはむ……」
「もぐもぐ……」
「もしゃもしゃ……」
あちらこちらから咀嚼音が聞こえてくる。何かといえば、俺が試食用に作ったハンバーガーである。
あれから、新しく販売する予定の商品があるということで、クッキー売り場の隣に店舗を設置することにしたのだ。ただし、今運用しているクッキーや唐揚げを販売する露店形式のものではなく、石レンガを使用した簡易的ではあるがしっかりとした造りの店となっており、見栄え自体も露店と比べてかなり良いものとなっている。
どうして石レンガを使ったかといえば、現時点でハンバーガーのレシピは商業ギルドなどに譲渡販売しておらず、実質的には未知の料理ということなので、あまり人目に付かないように配慮した結果だ。
店の内装は、ちゃんとした広さの店ではなく、近いもので言えばキッチンカーくらいの広さしかない本当に小さなものだ。だが、内装はかなりこだわっており、ハンバーガーに必要なハンバーグを調理するための専用竈に、盛り付け用のスペースを確保した広さの割になかなか機能的な造りをしている。
当然だが、調理やその他の工程が客から見えないような位置に設置されており、余程体を傾けて覗き込まないと見えないようになっている。
メランダたち以外の従業員は、何もなかったところに急に店が現れたことで、目を見開いて驚いていたが、設置したばかりの設備を使って作った試食用のハンバーガーを口にしたところ、先に説明したような状態となっているのが現状だ。
もくもくとまるで小動物のように食べ続ける姿は、どことなく可愛らしい印象を受けなくもないが、俺は知っている。その瞳の奥には、食欲という名の欲望が渦巻いているということを……。
「うめぇ! うっめっぞ!!」
「本当に美味しいです!!」
「こんな美味しい食べ物があるなんて!!」
そう口々に感想を漏らす彼女らだったが、いかんせん彼女たちは姦しかった。女三人寄ればなんとやらといったようで、騒ぎに気付いた通行人が何事かと足を止める。元々、クッキーや唐揚げを目的にその場に訪れている者も多く、中には俺が店を生み出す光景を見ている者もいた。
そんな状況で、美味い美味いと連呼する彼女たちを見て、通行人たちが取る行動など想像に難くない。つまりは……。
「ハンバーガー三つ!」
「こっちは五つで!」
「こいつはうめぇぞ!!」
「しょ、少々お待ちください!」
従業員やメランダたちがハンバーガーを美味しそうに食べている姿を見て、通行人たちが自分たちも食べたいということで注文が殺到したのだ。今思い返せば、まだ販売開始していないからということで断ればよかったのだが、その時は咄嗟に注文を受けてしまったため、最終的にハンバーガーを作らざるを得ない状況になってしまったのだ。
しかも、ハンバーグに加えて、パンや野菜などの原材料費を含めた大銅貨五枚という、庶民の一食分にしてはかなり贅沢な部類に入る金額設定をしたにもかかわらずこの盛況となった。
当然ながら、せっかく補充した食材のストックも底を突き、途中メランダたちに買い出しに行ってもらう事態になったが、なんとか捌ききることができた。
「なんとかなったか……」
「すごかったですね」
「これは、すぐに何とかせねばなるまい」
このままでは従業員に販売を任せるにしても、最悪ずっと働き詰めのブラック企業が誕生してしまう予感がしたため、すぐさまコンメル商会へ向かいマチャドを首根っこを引っ掴んで問答無用で補充のための奴隷と契約させた。
本人から「な、なんですかー? 一体何が起こったんです!?」という至極当然な質問をされたが、今はとにかく時間との勝負ということで、簡単に「人手がいるから契約しろ」とだけ伝え、何とか不足分の人員は確保した。
そのままマチャドに奴隷たちを任せ、商業ギルドのギルドマスターであるリリエールの元へ向かいハンバーガーのレシピを譲渡販売する契約を結ぶ。
ここでもいきなり俺が登場したことで「一体何事ですか!?」という質問を受けたが、説明が面倒だったので、あとで説明するからということでレシピの登録を急がせる。
「次は食材の確保か……」
通常であれば市場で補充するのだが、すでにメランダたちによって買い占められてしまったため、今から市場を駆けずり回ったところで手に入れられる食材はたかが知れている。
そう考えた俺は、ひとまずモンスター農園へと転移し、エルダークイーンアルラウネのマンドラと協力し、新たな畑を開拓してハンバーガーの材料となる野菜の栽培を行った。
本来数か月かかる工程を土魔法や大地魔法と、木魔法を駆使することで時間短縮を図り、とりあえず次の日の分であろう三千個分のハンバーガーの食材を確保することに成功する。
パンの材料である小麦については、元々育てていたものをさらに増やし、俺の屋敷や孤児院で育てている分も足してパンについても何とか確保できた。
「三千個か……足りないだろうな」
百万人規模の大都市に対してたった三千個という数は心もとなく、これは需要が供給に追い付かず、とんでもないことになってしまうのは想像に難くない。
元企業勤めとしてはブラックは許されず、俺は再びリリエールのいる商業ギルドへと足を向けた。
「リリエール」
「ロ、ローランド様? 今度は何です?」
「うちの商会がやってる露店の近くで、空いている土地はあるか?」
「はあ、ございますが」
そう言って、どこからか書類を取り出してくる。そして、一緒に持ってきた王都の地図と照らし合わせながら、土地の説明をし始めた。
「ここが、露店がある区画で、こちらが該当する場所となっております。ですが、現在ここは取り壊し予定の建物が点在する区画でもありますので、新たに建物を建てる場合解体費用も別途かかってくるので――」
「とりあえず、こことこことこことの三つ分をくれ。建物の解体はこっちでやるから問題ない」
「み、三つですか!? わ、わかりました。すぐに手続きを」
俺の即断に驚きながらも、手慣れた手つきで手続きをリリエールが進める。ちなみに、土地の代金は三つ合わせて大金貨三枚だったので、ローンもなにもなしに現金払い一括で支払う。
本当であれば、大金貨三枚ですらとてつもない大金なのだが、働かなくとも年間で一万枚の大金貨が転がり込んでくる身としては、大した出費ではない。普段金を使わない分こういった時にこそ使うべきなのだ。
「手続きが完了しました。これでこの土地はローランド様のものでございます」
「ありがとう。レシピの件もできるだけ早く販売できるよう話を進めておいてくれ」
「こちらこそ、ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
そういった感じで、リリエールと手短に挨拶を交わすと、俺はすぐさまマチャドのところへと飛んだ。……なんか急に慌しくなってきたのは気のせいか?
「ああ、ローランド様。どういうことか説明してくださいよ!」
「奴隷たちは?」
「それなら、風呂に入れて新しい服に着替えさせてます。それよりも説明を――」
「悪い、時間がないからあとで説明する。それから、今やっているクッキーと唐揚げの小売販売の事業を一つにまとめて、新作のハンバーガーを加えた新店舗を出すことにしたから」
「え?」
「これはその店舗を建てるための土地の権利書だ。預かっててくれ」
「ええ!? ちょ、ローランド様!?」
「じゃあ、俺は店舗の準備があるから、おまえは今まで販売をやってくれていた奴隷たちを集めておいてくれ」
「ちょ、待っ――」
一方的に用件を押し付けた俺は、マチャドの返答を待たずして次の目的地へと向かった。
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