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498話「ハンバーガー事変その1」



「がふっ」


「まったく、しつこいトカゲだ。あとを頼む」


「かしこまりました」



 王都へと戻ると、さっそくロックドラゴンが詰め寄ってきたが、速攻でお眠りになってもらった。大の字で倒れ込む奴のことを使用人に任せて、そのまま立ち去ろうとしたが、一度踵を返す。



「また向かってこられても面倒だからな。しばらく、大人しくしててもらおう。【ハイバネーション】」


「ぐーすかぴー」



 先ほどまで気絶していたロックドラゴンから、いびきが聞こえてくる。冬眠という意味を持つ魔法【ハイバネーション】を唱えたことで、一時的に昏睡状態にしてやった。



 これで少なくとも数週間は大人しくなるはずなので、その間にやりたいことを存分にやるとしよう。



 改めて使用人にその旨を説明し、しばらくベッドで寝かせておくよう指示を出す。迷惑料として、スイートポテトや王都で出回っている庶民クッキーではない高価な材料を使っている貴族クッキーなどを手渡し、そのまま厨房へと向かう。



「おお、これはローランド様! いかがなさいましたか?」


「ああ、新しいレシピができたんで、おまえにも共有しておこうと思ってな」


「な、なんですとぉー!?」



 俺の言葉に興奮するルッツォだったが、すぐに冷静さを取り戻し、できるかぎり平静を装って俺に話しかける。



「そ、そそ、それで、その新しいレシピというのは!?」


「……ああ、これなんだが」



 まるで、新しいおもちゃでも買い与えられた子供のように顔を輝かせるルッツォに呆れながらも、ハンバーガーのレシピを渡しておく。それを食い入るように見ながら、何やらぶつぶつと「なるほど、こんな技法が」と言っていたが、無視して厨房を借りる。



 レシピだけではわかりにくいかと思ったので、実演する形でハンバーガーを作ってやると、一工程も見落とさないと言わんばかりに目を皿にしてその作業を見守っている。



「とまあ、こんな感じだ」


「なるほど、意外にも工程自体はそれほど難しくないのですね」


「食べるか?」


「もちろん頂かせていただきますとも!!」



 できあがったハンバーガーをストレージにしまおうと思ったのだが、ルッツォの視線が明らかにハンバーガーを捉えていたため、試食してみることを提案すると、即座に答えが返ってくる。



 実演でできたハンバーガーをそのまま差し出してやると、まるで神から下賜された聖遺物かののように両手を組んで祈りを捧げると、恐る恐る口にし始めた。



「こ、これは!? ハンバーグの肉汁とそれを受け止めるだけのパンの組み合わせ。そして、中に挟んだ野菜のシャキシャキ感が混然一体のハーモニーを醸し出している。特質すべきは、ハンバーグにかけられたタレ自体が味の主張をしてきているが、それをパンと野菜がしっかりと中和してくれていることで、味のバランスが途轍もなく絶妙に保たれている!」



 なにやら、グルメ漫画に出てくるような感想を述べているルッツォに「おまえはどこの美食家だ」と突っ込みたくなるが、それだけ気に入ってもらえたのなら作った甲斐があったというものである。



「ああ、ローランド様とルッツォさんが何か食べてる!」


「ルッツォさんだけずるいです!」


「……ここは公平にみんなに与えるべきですのん」



 気配でわかっていたが、どこからともなく現れたメイドたちによって俺が新しい料理を持ってきたことが知れ渡り、その日の使用人たちの昼食はハンバーガーになったのは言うまでもない。



 ここでもハンバーガーは好評で、これはますます儲けられるなと内心でほくそ笑みながら、そのまま市場へと移動する。



 市場でハンバーガーに使用した野菜を補充し、俺はクッキーと唐揚げを売っている露店が並ぶ区画へとやってきた。



「いいですか、もっと丁寧にかつ迅速に対応するのです。早さも重要ですが、それ以上に大切なのは丁寧さということを覚えておきなさい」


『はい!』



 露店にやってくると、そういったやり取りが聞こえてくる。よく見てみると、そこにいたのは元奴隷組のシーファンであり、かなり熱の入った指導のようだ。



 俺は彼女に気付かれないようそっと後ろに忍び寄り、そのまま彼女の両目を手で塞いでちょっと高めの声を出しながら問い掛けてみた。



「だーれだ?」


「きゃっ、な、なんですかー!? 誰って、ご主人様じゃないですか」


「……なぜわかった」



 完璧に普段の声とはかけ離れた声を出したというのに、どんなからくりで俺の正体を見破ったというのだ? さては、こいつエスパータイプだな。モンスターなボールでゲットしてやろうか?



 などと、なんの取り留めもないことを考えていると、シーファンが理由を語ってくれた。



「手の大きさや後ろにいる気配の感じでわかりますよ。あとは、匂いとかでもわかります」


「なるほど。それよりも、これはどういう状況だ?」



 俺が現れた瞬間、指導を受けていた従業員たちが突如として平伏し始めた。どこか既視感のある光景に呆然としていると、そこにメランダとカリファがやってくる。



「おお、ご主人様じゃないですか。今日はどのような用で来られたのですか?」


「また、美味いもんでも食わしてくれんのか?」


「それよりも、これは一体どうなっている? なぜこいつらこうしてるんだ?」


「そりゃあ、ご主人が来たからに決まってんだろ?」



 カリファの答えに未だに理解できない顔を浮かべていると、メランダが苦笑気味に教えてくれた。どうやら、彼女らにとって俺は雇い主であるコンメル商会の頂点に君臨する存在であり、まさに雲の上の存在であると。



 そして、メランダたちですら彼女たちにとっては尊敬すべき存在であるにもかかわらず、そんなメランダたちがご主人と仰ぐ人物など、彼女たちにとっては神に等しい存在らしい。



「俺は神になったつもりはない。あんな吾輩野郎と一緒にしないでくれ」


「ご主人様、まるで神様に会ったことがあるような口ぶりに聞こえるのですが」


「会ったことはない。ただ、ちょっと会話しただけだ」



 俺の言葉に、その場にいた全員が絶句する。まさか、この世界に神と接触したことがある人間がいるとは思わないのが当たり前であり、実際に接触した人間がいるのかと問われれば、そのほとんどが眉唾な話でしかない。



 だが、それを口にしているのが、英雄として名高い俺であり、神と接触していても何らおかしくないと思わせる根拠のようなものがあることで、その信憑性はかなり高い。



 それが証拠に、先ほどまで片膝をついて平伏していた従業員たちが今度は両膝をついて両手を組んで祈り始めたではないか。どこかで見た光景だと思っていたら、先ほどハンバーガーを差し出した時のルッツォと同じような姿だったとわかった。……俺はハンバーガーと同じってことなのだろうか?



「あいつのことは、今はどうでもいい。それよりも、ここの責任者は?」


「彼女です」


「おまえ名前は?」


「は、はい! リンダと申します!!」


「そうか、シフトについて聞きたい」



 シーファンに今の責任者の名を聞き出し、リンダという妙齢の女性が名乗り出た。少し緊張している様子だったが、俺の問いにしっかりと答えるところは責任者としての能力はありそうだと感じ、俺は聞きたいことを淡々と問い掛ける。



 とりあえず、今のシフト的には以前と変わらず三交代制をメインとしているようだが、何故そんなことを聞いたかといえば、ここに新しく商品を追加しても問題ないかということである。



 飲食店であれば、特に季節限定の商品というのは客を寄せ付けるのにはうってつけのものであり、今回期間限定商品としてハンバーガーを出してみようと考えたのだ。



 客付きや従業員のシフトの影響具合を見てレギュラー商品にするかどうかを決めたいので、いろいろとリンダに尋ねたというわけだ。



「というわけでだ。一度作ってみるから、作り方を覚えてくれ」



 そう言うと、俺はハンバーガーを作るための新しい設備を設置し始めた。

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