497話「使用人と移民の輸送」
「ローランド様ですね。私、ザルバドール準男爵のもとで使用人として働かせていただきますバスチャンと申します。以後お見知りおきを」
「ローランドだ。さっそくだが、準備はできているか?」
王妃の妊娠発覚から数日が経過する。彼女が懐妊したというお触れがすぐさま発表され、シェルズ国民はその知らせに歓喜し、祭りと称してどんちゃん騒ぎが巻き起こった。
その間に、国王が手配してくれていた屋敷の管理をする使用人を集めてくれており、今日顔合わせをすることになっている。
それと並行する形で、ザルバドール領に住む移民の募集をすぐさま行い、何人かの希望者が現れたので、彼らも連れて行くこととなった。
当然だが、王都から何十日も掛けて向かうのは非効率であるため、俺が転移門で送り届ける手はずとなっているのだが、あまり俺の能力を大っぴらにするのはよくない。そのために、俺は彼らにとある説明をした。
「諸君らには、しばらく目を瞑ってもらう。その間に、目的地まで俺が送るから大人しく従うように」
「ローランド様、それは一体どういうことでしょう?」
「まあ、細かい説明はいいから、おまえらはとりあえず目を瞑れ」
説明が面倒ということで、肝心な部分を端折り使用人たちに目を瞑らせる。それを聞いて、最初は困惑していた彼らだったが、俺が今まで積み上げてきた冒険者としての実績が功を奏したのか素直に従ってくれた。
全員が目を瞑ったところで、念のため【ブラインド】の魔法で使用人たちが途中で目を開けても大丈夫なようにしてから、転移するためのゲートを出現させる。そして、ストレージから縄を取り出し、それを使用人を囲うようにして両手に持たせる。ちょうど、汽車ごっこをしているような見た目になる。
「ぽっぽぽっぽ、しゅっぽしゅっぽ、しゅっぽっぽ。せーんろは続くーよー、どーこまでもー」
それから、そのまま縄を引っ張りながら彼らを転移門へと誘っていく。彼らにとって俺の謎の掛け声はどういった意味があるのか理解できていないが、とにかく俺を信じて進むしかないと覚悟を決めた彼らと共に転移門の中に入る。
ちょっとした浮遊感を感じつつ、すぐに転移が完了する。俺が転移門で繋いだ場所は、ギルムザックの屋敷がある場所から歩いて十分くらいの距離の場所となっている。
「よし、目を開けてもいいぞ」
「こ、ここは……」
すぐさまブラインドの魔法を解除し、使用人たちの視界を解放する。明らかに先ほどいた王都と異なる景色に、全員が困惑した様子を見せているが、今は状況的に猫の手も借りたいほど仕事が山積みとなっているため、すぐに村へと案内する。
ちなみに、この数日間で使用人と移民の募集をかけるのと同時に、彼らが住むことになる住居の建設も行っていたのだ。
そこまでの手厚いサポートをするべきか迷ったが、ギルムザックたちだけではまともな家など建てられるはずもないため、この部分については俺が出張るしかなかった。
とりあえず、石をレンガ状に加工したものを積み上げて、それを魔法で崩れないよう固めた簡易的だが耐久力に優れた住居をいくつか作ってある。今回の移民が入ってもまだまだ十分に余裕のある住居数となっているので、今後も移民については商業ギルドなどで随時募集をかけるつもりだ。
「よく来たな! 歓迎するぞ!!」
しばらく歩いていると、両手を広げてやってきた人たちをギルムザックが歓迎する。そのあまりに貴族らしからぬ行動に使用人たちは戸惑い、移民たちは貴族っぽくないという感想を抱く。
まあ、もともと荒くれ者が集まる冒険者出身のギルムザックが、いきなり貴族然とした礼儀作法ができるかといったら否定せざるを得ない。最初はこんなものだろうということで、あとは執事のバスチャンに任せることにしよう。要は丸投げである。
「よーし、使用人たちは屋敷に移動。移民希望の連中は、彼女たちに付いてってくれ」
「こっちよ」
「今からあなたたちが住む場所に案内します」
ギルムザックの指示によって使用人は屋敷へ、移民たちについてはアキーニとメイリーンが住居に案内することになった。移民たちは彼女たちに任せるとして、俺はギルムザックたちと共に屋敷へと向かう。
「こ、これは……こんな辺境の場所にこのような立派な屋敷が」
「これもすべて師匠のお陰だ。俺が貴族になったお祝いに、これほど豪華な屋敷をおっ立ててくれたんだからな」
「まあ、おまえらだけだと、屋敷どころか寝る場所すら確保できなさそうだったからな。いずれ領地が発展すれば建てる予定だったものを先に建てただけだ」
バスチャンたちの話では、王都でもここまで立派な屋敷は伯爵以上の爵位を持つ上級貴族くらいしか所持しておらず、まさか国内でも辺境の地であるミステット平原でそんな屋敷が存在していることに驚きを隠せない様子だ。
そして、ギルムザック自ら彼らを案内することになり、俺はその補助のためついていく。
「ここが使用人たちの各部屋だ」
「内装はクローゼットとベッド、そして本棚をそれぞれ完備している。ああ、あとはそれぞれの部屋に風呂も付いている」
「使用人の部屋に風呂が付いているのですか!?」
これには、女性陣が喜んだ。風呂は基本的に贅沢なものであり、平民はお湯で濡らした布で体を拭くのが一般的な湯浴みになる。だが、ここでは一番下っ端の使用人でも風呂が与えられている。その事実に驚いた様子だ。
「次は厨房だ」
「急な来客用に少し大きめに作ってある。最終的には、五人から十人体制でやってもらうことになるからそのつもりで」
「これは、腕が鳴りますね」
俺の捕捉に目を輝かせる料理人。やはり元日本人としては、料理は外せない。屋敷の施設の中でも特に力を入れており、下手をすれば俺の屋敷よりも設備が充実している。
大型の冷蔵庫や各個人の持ち場を作るためのスペースの確保を始めとし、食料を保存しておく食糧庫についてもなかなかの広さを誇っている。
肝心の竈についても魔石を使った魔道具仕様となっており、現代にあったようなつまみを調整することで緻密な火加減のコントロールができるようになっている。
もちろん、昔ながらの薪を使って火を熾すタイプの竈も完備しており、魔法的にも原始的にも調理が可能だ。
そういった感じで、各施設を順々に案内しつつ、ちょうど昼時になったので、それぞれの部屋の割り振りを使用人たちに任せている間、俺は厨房へと向かった。
このあともいろいろと作業が待っているので、以前作ったことのあるハンバーグに手を加え、簡単に食べられるハンバーガーを作ることにした。
作り方も簡単で、ハンバーグとそれを挟むための上下のバンズと呼ばれるパンに、レタスとトマトとマヨネーズを重ね合わせるだけである。ちょっとしたアレンジで、醤油と砂糖を煮詰めたものにハンバーグを潜らせることで、照り焼き風に仕立て上げている。俗に言う照り焼きハンバーガーである。
そこにミックスジュース追加することで、手間がほとんど掛かっていない昼食のできあがりである。ハンバーガーのボリューム的に二個か三個あれば十分にお腹一杯になるので、配膳を二個とし追加でほしい人は申告するシステムを採用したのだが……。
「おかわり!」
「こっちもおかわりです!」
「こちらもお願いします!」
「美味い、美味すぎる! もう一つください!!」
「……」
なんとまあ、全員があまりの美味さにおかわりを要求し、ギルムザックに至っては、すでに七個目に手を出していた。確かに美味いのは事実だが、だからといってそれだけ食べる程なのかと疑問を抱かざるを得ない。
結局、作り置きしておこうと思って作った百個のうち半分近くを食べられてしまい、また素材を集めて作っておくことになった。
これだけ人気ということは、店で売ればかなりの儲けになりそうだと内心で黒い笑顔を浮かべつつ、午後の作業を開始する。午後からは、新たに移民してきた人たちのために個人の畑の耕作を行った。
領地経営を行う上で重要なことといえば、やはり税金の納付である。国王の計らいにより、一年間は税金の納付を免除してくれることになっているが、逆に言えば一年後には税金を納めなければならないということだ。
その金額は最低でも大金貨十枚という値段で、計算としては年間で得た税収から何割という形で税を納めることになっている。その額が大金貨十枚を下回った場合は、繰り上げて大金貨十枚を納める決まりとなっているため、経営が思わしくない領地は毎年その金額の捻出に苦労している。
ちなみに、ビンボー領地と言われているマルベルト領の税収は年間で大金貨九十枚ほどで、当然ながら納税額は最低金額の大金貨十枚となっている。
そして、これも当たり前のことであるが、領地に住まわせる以上、領民にも税金が発生するため、それを支払わせるために基本的に領民には何かしらの仕事を行ってもらう。
大抵が畑仕事で作物を育てることがメインとなっており、その他にも木を切る樵やモンスターなどを仕留めて肉を手に入れる狩人なども存在する。とにかく、領民は何かしらの方法で金になる物を生産し、生産したものを売った金または生産物そのものを領主に税として納めなければならない。
そして、領主は国に対して領地で得た税収の幾分かを納めることで、国として運営するための予算を捻出しているというのが、一般的な国家のシステムである。
であるからして、領民には何か仕事を与えてやらねば税を納めさせることができないので、こうして畑仕事をさせるための畑の準備を行っているというわけだ。
「とりあえず、こんなものか」
畑の準備が完了し、畑で栽培する作物の種や苗もある程度渡したあと、俺はギルムザックに一言挨拶を交わしてから、一度王都へと戻った。
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