495話「いざ、領地へ」
「あの師匠、今更ですけど。本当に俺が貴族になってよかったのでしょうか?」
「ん?」
謁見が終了し、一度冒険者ギルドに戻って今後の話し合いをすることになったのだが、ここにきてギルムザックがそんなことを言い出した。
正義感の強い彼は、自分の手柄ではなくすべて俺の手柄を横取りしているのではないかという罪悪感があるらしく、それを悪用する形となっている現状に納得できていない様子だった。
「一つ、オークキングに止めをさせる使い手はそうそういない。二つ、ある一定の強さを手に入れるためには、それ相応のきつーい修行をしなければならない。三つ、俺がいいと言っている。それ以上に何がある?」
「……」
まずこれだけは言いたいのだが、ギルムザックが爵位を手に入れたのは、俺という存在がいたからではない。もちろん、きっかけを与えたことは間違いないが、それはあくまでもきっかけであって、もともと彼らの中にはその才が眠っていた。
俺がオークキングと戦った際も、手柄を分散させるため止めはギルムザックたちにやらせたことがあった。今回の叙勲に至った功績の一つとして持ち上がった話であり、そのインパクトは十分にある。
他には、彼らを鍛えたことについても、決して誰でも良かったというわけではない。才能のない者を指導しても、そいつが伸びるかどうかというのはまた別の話であり、逆に伸びない人間を鍛えたところで多少は改善されるだろうが、それでもあまり意味を成さないだろう。
彼らにはSランクになる才覚が確かに存在し、それを目覚めさせるきっかけを俺が与えた。そして、彼らはそれを自らの手で伸ばしてきた。それだけでも、彼らの功績としては十分なものであると考えている。
「もし、自分の境遇に納得がいっていないなら、これは貸しにしておこう。死に物狂いで働いて返せ」
「……結局はそれしかないってことですか。わかりましたよ。改めて頑張らせていただきます」
すべてを受け入れたわけではないが、それしか俺に報いる方法がないと悟ったようで、ある程度の落としどころを見つけられた様子だ。
他の三人も、自分たちの境遇に思うところがなかったわけではないらしく、その点について疑問に思っていたようだが、俺の言葉とギルムザックが吹っ切れた様子を見て、覚悟を決めたようであった。
まあ、覚悟を決めようが決めまいが、納得しようがしまいが、これからこいつらに待ち受けているのは、そんな些末なことを考える暇すらないほどの多忙な日々だろうからな……。精々馬車馬のように働いてもらうだけだ。ふふふふふ……。
といった具合に、俺が内心でそう考えているとも思わず、これからの予定について話し合う。ひとまずは、身の回りの整理を行い、貴族として必要な手続きを済ませたのち、そのまま領地へ直行する。
ちなみに、この数日間でさらにプロトたちによる草刈り作業が進行しており、二十四時間休憩なしにやってくれるものだから、僅か三日という短期間だがかなりスペースを確保できている。
そのままの勢いで、俺が内政チート的な感じで石畳メインの都市を作ってもいいのだが、さすがに常識の範囲を逸脱しすぎているため、魔法で作ったグランドを整備する時に使用するとんぼと呼ばれる器具を使って、地面を平らにならす程度のことしか行っていない。
それから、話し合いが一段落し、諸々の準備が完了してからさらに数日後、俺たちは王都の真東にあるミステット平原へと向かった。
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「着いたぞ。ここが、今日からおまえたちのアジトだ!」
「「「「……」」」」
俺がそう宣言するも、一切のリアクションが返ってこない。何かおかしなことでもあっただろうかと思っていると、メイリーンが口を開いた。
「あの、先生?」
「なんだ?」
「なんで、こんな辺境の地に貴族のお城があるんです?」
「それはなメイリーン。あれを建てたのが俺だからだ」
「そ、そうですか……」
そう返事をすると、再び沈黙状態となる。まあ、気にしていてもしょうがないため、一度案内をすることにした。
屋敷の中に入ったギルムザックたちは呆然とした様子だったが、すぐに正気を取り戻したようで、俺に詰め寄ってきた。
「師匠、なんなんですかこれは!?」
「何って、家だが?」
「ミステット平原って、街も村も何もない場所だって聞いてたんですけど?」
「だから新しく作った」
「畑もあったみたいですが?」
「それも新しく作った」
「そもそも、ここから王都まで馬車で最低二十日は掛かるはずですよね!? 馬車を馬ごと収納するわ、今日の内に辿り着くわ、いつも思ってましたけど、師匠滅茶苦茶ですよ!」
どうやら、四人的には何もない平原を想像していたらしく、そこから四人力を合わせて頑張ろうという意気込みだったらしい。だが、そんな悠長に待っていられるほど俺の気は長くはない。
この平原に辿り着くまでの道のりも、転移ができるゲートを使ってやってきているのだ。時間効率を優先した結果に基づく行動だったのだが、ギルムザックたちはお気に召さなかったらしい。
俺の言動に突っ込みを入れるギルムザックだったが、自由に生きることを信条としている俺でも、TPOによっては空気を読みはする。だが、読まなくていい状況になれば、自重なく行動するのは当然というもので、彼の言葉に対する俺の返答はこうなる。
「ちょっと、何言ってるかわからない」
「なんでですか!!」
そんなやり取りがあったが、とりあえず運んできた荷物の荷ほどきを行い、それぞれの部屋割りなどや大体の屋敷の間取りなどを把握してもらうべく、案内することになった。
「ここが風呂だ。あっちが女用で、ここは男用だ」
「す、すごいわ! 夢にまで見たお風呂が」
「先生、中を見てきてもいいですか!?」
「どうぞ」
俺が許可を出すと、アキーニとメイリーンがルンルン気分で女風呂に向かって行く。
「こりゃあ、アズールが戻ってきたら度肝を抜くだろうな」
そう、ギルムザックの仲間の一人であるアズールだが、宣言した通り故郷の幼馴染を連れてくるため、今は別行動を取っている。一度故郷に戻って幼馴染を回収後、俺が迎えに行くという手はずになっているのだ。
現在はギルムザック、アキーニ、メイリーンの三人だけだが、いずれは移住民を募って村とはいかないまでも集落程度の規模から始めてみる予定だ。
そのためにも、まずは今いる人員で必要最低限の生活基盤を築いてもらい、それと同時並行で開拓事業を推し進めていくのが当面の仕事となる。あとは、冒険者上がりのギルムザックでは、必要書類などの内政的な事務仕事ができないだろうから、国王の伝手で誰か優秀な事務員がいないか手配してもらうことも必要だ。
ちないに、風呂は使用人も使えるようバスタブタイプではなく、広々としたプール型の浴槽を採用しており、最大で十数人が同時に入っても問題ない設計にしてある。
「もういいか? 次行くぞ」
目を輝かせて風呂を見て回る女性陣を促し、他の部屋も案内する。一通り見て回ったあとで、一度屋敷に入ってすぐのエントランスホールに戻ってきた。
「大体こんな感じだ」
「師匠、やり過ぎです」
「貴族なんだからこれくらいは必要になってくるぞ? 俺からの叙勲祝いだ。有難く受け取りたまえ。それに、俺がこの屋敷を用意しなかったら、しばらく野宿になっていたぞ。そのことを考えれば、有難い話だと思うんだが?」
「そ、それはそうなんですけど……」
一応、周囲のモンスターについては、プロトが他のゴーレムたちと共に軽く間引いてくれたと報告を受けているが、すべてのモンスターを殲滅させたわけではないので、このまま何もしなければ、再びモンスターが群がってくる可能性もある。
そんな中で吹きさらしのまま野宿をするというリスクを鑑みれば、雨風を凌げるだけでも有難い話であり、ましてやいずれ他の貴族との交流のことを考えれば、立派な屋敷を建設することは貴族としては必須事項なのである。
「ま、そのうち慣れてくるから気にするな。それよりも……ギルムザック・フォン・ザルバドール準男爵!!」
「は、はぃ!!」
俺は、新たに爵位と領地をもらった新興貴族にちょっとした激励の意味を込め、真剣な雰囲気で彼の貴族名を叫ぶ。久々の貴族モード発動である。
ちなみに、ギルムザックの貴族名の名付けは俺が行っており、意味は特にないが、何となく語呂がよかったという適当仕様となっているのはご愛敬だ。
「これから、貴殿の貴族という新たな船出が始まった。あらゆる欲に溺れることなく、常に清廉潔白であれ。常に自己を研鑚し続け、これからやってくる領民を第一に考える名君であれ。たった今この瞬間から、貴殿はシェルズ王国に属する貴族であることをここに宣言する!!」
「ははぁー」
俺がそう宣言すると、ギルムザックだけでなく、なぜかアキーニとメイリーンも平伏する。どうやら、俺の貴族モードに充てられたようだ。
こうして、ギルムザックたちによるミステット平原改めザルバドール領での開拓事業が始まったのであった。
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