490話「魔性? いいえ、ただのお願いです」
「師匠! その話は本当ですか!?」
「ああ、本当だ」
「だとしたら、願ってもないことです。その話受けさせてください!」
ギルムザックの反応に、意外だという顔を俺は浮かべる。その表情を読み取ったギルムザックが、俺の疑問に答えるように話し始めた。
「冒険者をやるような奴の中には、冒険者稼業で一発当てて有名になって、ゆくゆくは騎士か貴族お抱えの私兵か、なんだったら自分が貴族になってやると息巻いてる連中もいます。俺もそんな口の一人だったんですが、何だかんだがでむしゃらにやってたら仲間ができて気付けばAランクになって、師匠と出会って最終的にSランクにまでなってました。ですけど、やっぱり命懸けの仕事っていうのは、精神的にもきついものがありますし、それだったら優雅な暮らしのできる貴族っていうものに憧れるのは、庶民としては良くある話なんです」
「そうか、なら……決まりだな。おまえたちはどうする? パーティーのリーダーを引き抜く形になってしまうことになって申し訳ないが、希望するのなら、ギルムザックの下で従者として働くっていう手もある」
「ア、アタイはギルムザックに付いてく! 惚れた男に付いていくのが女ってもんだ!!」
「ア、アキーニおまえ……」
「アタイじゃダメか? アタイみたいな粗野な女は嫌いかい?」
「そ、そんなことねぇよ! じ、実は俺も前からおまえのことを……」
「っ!? ホントかい!? なら、これから末永くよろしくおねがいします」
「お、おう。こちらこそ、よろしく」
「……おまえたちは?」
ここでまさかのアキーニからギルムザックへ愛の告白があり、なんか上手いことやりやがった様子だ。ピンク色の雰囲気に包まれる中、俺は残ったアズールとメイリーンに問い掛ける。
「僕は故郷に帰ろうかな? 故郷にいる幼馴染と一緒になって静かに暮らす――」
「アズールも一緒に来い。その幼馴染も纏めて俺が面倒見てやる」
「えぇー」
「俺にはおまえが必要だ。是非とも、傍で支えてほしい」
「……そこまで言われちゃ、しょうがないなー。わかったよ、幼馴染を迎えに行くからそれまでは待っててくれ」
「あれれぇー? おかしいぞぉー? なんか、アタイよりもいい雰囲気になってんのは気のせいかなぁー?」
「メイリーンは?」
「私は……」
アズールはギルムザックに懇願され、結局従者として一緒に領地経営組に参加することになった。そして、残ったメイリーンといえばだ……。
「先生に付いていきます!」
「却下だ」
「先生のもとで、魔法の修行をさせてください!!」
「……目的は、修行じゃなくて師匠の傍にいることでしょうが」
「キッ」
「ひっ、怖っ」
アキーニの言葉を耳聡く聞いたメイリーンが、射殺さんばかりの強烈な目で彼女を睨みつける。そんな状況に慣れているのか、メイリーンをからかうような態度をアキーニは取っていた。
「なによ! 自分はちょっと上手くいったからって、このっ」
「自分が上手くいかないからって、他人に八つ当たりするなんて最低じゃないか! そんな奴は修正してやる!!」
「……これが若さか」
「師匠、二人ともあなたよりも随分年上なんですが……」
「「誰がおばさんだって(ですって)!?」」
「そんなこと言ってねぇよ!!」
それから、ギルムザックの年上宣言からアキーニとメイリーンの二人のヘイトが彼に向いたことによって、二人の喧嘩が嘘のように止んだ。その結果として、二人から大目玉を食らうことになったギルムザックにとっては不運なことだったが、女性の前で不用意に年齢の話題を持ち出したのが悪い。
そのあと、女性にとって年齢という話題が、どれだけデリケートなものであるのかと懇々と説かれる羽目になってしまったギルムザックは、十分に理解したことだろう。女性という生き物の前で年齢の話をしてはいけないということを……。
「だから、今後は気を付けるように」
「本当に気を付けてください」
「ぐ、やっと終わった……」
「どうやら終わったみたいだな」
「師匠、一人だけ逃げるなんて酷いですよ……」
「人聞きの悪いことを言うな。情報収集のためにギルド職員から情報を聞き出していただけだ」
あまりに二人の説教が長引いてしまい、それが終わるまで職員から情報を聞いて回っていたことをギルムザックが根に持っていたようだが、そんなことは俺の知ったことではないので、手早く用件を済ませようと彼に再度尋ねる。
「でだ。最終確認だが、貴族になる気はあるということだな?」
「もちろんです!」
「二人はギルムザックに付いていく。これも間違いないな」
「ああ、付いていくわ。どこまでも」
「幼馴染に事情を話してからになりますけどね」
「で、問題は……」
ギルムザック・アキーニ・アズールの三人はよかったのだが、問題は俺に付いてくると言って聞かないメイリーンだった。思えば、彼女とは裸を見るなどいろいろイベント的なものがあったような気もしなくはないが、残念ながら今の俺に特定のパートナーを持つという意思はないため、彼女を傍に置く気はない。
「先生、私は――」
「メイリーン、ギルムザックたちに力を貸してやってくれ。おまえは頭がいい。この先、三人では行き詰ることもあるだろう。そんな時おまえがいてくれたら助かる」
「はうぅ」
そう言いながら、俺は彼女手をぎゅっと握って上目遣いでお願いしてみた。まだまだお子ちゃまな俺の身長と、すでに二十歳を超えている彼女とでは、身長差があるため、どうしても俺が見上げる形となってしまう。だが、それが功を奏した。
「わ、わかりました! そこまで先生にお願いされては、弟子として無下にはできません。仕方ないですが、今後もギルムザックたちと行動を共にします」
「そうか、わかってくれてありがとう」
「「「(上手い。これが魔性というやつか……)」」」
何か含みのある視線が、メイリーン以外から向けられている気がする。目は口ほどにものを言うとはまさにこのことで、大方女たらしとかそこら辺りのことを考えているのだろう。
確かに、メイリーンの気持ちを利用して無理矢理に説得した部分は否めない。彼女は魔法の師である俺のお願いという体をとっていたが、目がハートマークになっているところを見るに、彼女の本音が隠しきれていない。……手を握ったのは、少々やり過ぎだったか?
とにかく、メイリーンもギルムザックと共に領地経営の陣営に加わってくれることとなり、予想以上に話が纏まったので、詳しい話はまた改めてということにして、彼らのもとを離れた。
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