485話「思わぬ再会」
「ガァァァァァアアアアア」
それは、大地が揺れるほどの巨大な咆哮だった。今までの雰囲気が一変するその咆哮の先には、二十メートルはあろうかという巨躯を持った竜だった。
どこかで見たことがあるそれは、なんと俺がかつて冒険者ギルドの依頼で赴いた山脈にいたロックドラゴンの姿であった。
まさか、この状況で世界でも強者として知られる種であるドラゴンが攻め込んでくるとは思わなかったが、このスタンピードの規模を考えれば、納得のいく話でもあった。
「しかし、以前会った時とはまったく雰囲気が違うな。まったく、知性が感じられない」
俺の視線の先に佇むロックドラゴンは、まるで理性のないモンスターの如く暴れ回っている。あの時会ったロックドラゴンは、その瞳に確かな知性を宿しており、こちらの呼びかけにも応答した。
だが、今目の前にいるドラゴンは、ただ暴れ回っているだけであり、本当にあの時会ったドラゴンなのかと思ってしまうほどに違っていたのだ。
「とにかく、あれはソバスたちじゃあ持て余すな。……仕方ない、俺が出よう」
ここまで快進撃を続けてきたソバスたちであったが、さすがにSSランクのモンスターを相手にするには荷が重い。今この場にいる人間で、あれをどうにかできるのは俺だけだと判断し、飛行魔法で王都の城壁を飛び立つ。
近づくにつれその存在感のある体が大きくなってくる。遠目でも目立つその巨体はかなりのもので、以前見た時も思ったが、やはり大きい。
「おい、なぜこんなことをする?」
「ガァァァァァアアアアア」
「おい、聞こえていないのか?」
「ガァァァァァアアアアア」
「……ダメだこりゃ」
前回邂逅した時は、こちらの話を聞いてくれたため、なんとかコミュニケーションを取るために話し掛けたが、こちらの言葉を理解していないのか、ただただ叫びながらその巨体を活かして暴れる行為を続けている。
一体全体どうしたのだろうと考え込むも、ひとまずはソバスたちを撤退させることにする。そう判断し、一度ロックドラゴンと距離を取ってソバスの元へと移動する。
「ローランド様、あのドラゴンは一体」
「とりあえず話は後だ。あれは、さすがに俺が対応しないといけない相手だから、おまえたちは一度撤退しろ」
「それはできません」
俺がソバスに指示を出していると、それを遮るようにメランダが横から入ってくる。そこには、元奴隷組たちの姿があり、全員が殺気立っている様子だ。
元々、荒事が身近だった彼女たちにとってこういった機会は慣れている。だが、ここ最近迷宮に出入りしていることと、俺という存在を守らなければならないという忠誠心から、自分たちだけ安全な場所に避難して、俺だけが危険地帯に残るということが許せないのだろう。
しかしながら、俺としては彼女たちに残られると、本域で戦うことができなくなり、実質的に戦闘時間が長くなってしまうため、できれば退避してもらいたいのだが……。
「ご主人様を危険地帯に残して、我々だけが逃げるなどあり得ない」
「巻き込まれるぞ? 主に俺の攻撃に」
「そこで、相手の攻撃とは言わないのですね」
メランダの言葉に肩を竦めて応える。もうすでに、この世界のほとんどの生物を超越してしまった俺にとって、たかがSが二つ三つしかない相手など、大人が赤子を相手にしている行為に等しい。
もっとも、そんな俺でも未だにナガルティーニャという越えなければならない壁が存在している。それ自体は、やりがいがあっていい目標であるとは思っているのだが、追いついたと思ったら突き放されるこの感覚は、前世で読んだバトル系漫画に登場する主人公の背中を追い掛けるライバルのような状況のようで、個人的には趣深いものだ。
「なら、邪魔にならない程度に距離を取ってくれ」
「危険と判断したら助けに入ります」
「じゃあ、そうならないよう早めに片づけるとしよう」
そう言って、俺は飛行魔法で未だ暴れ回るロックドラゴンの元へと近づく、すると先制攻撃とばかりにロックドラゴンがブレスを吐く動作を行い、奴の口から灰色の炎が噴射される。
「やれやれ、いきなりのブレスか。まったく、翼人の一件が終わったと思ったらこれだ。この世界は、のんびりスローライフもできないのか」
そこにいない自称神を名乗る管理者にクレームを入れたいが、アレとはあまり関わりになるべきではないと考えているため、結局はただの愚痴と成り下がってしまう。
とりあえず、ロックドラゴンのブレスはメランダたちにも被害が及ぶ規模であるため、前方に映画のスクリーンのような形状の結界を張り、ブレスを受け止める。
そんな薄い結界で受け止めるなど、今までの俺の実力であれば到底不可能なことであったが、修行によって圧倒的な力を手に入れてしまったことで、そんなとんでもないことが容易にできてしまっている。
「す、すごい」
「あのドラゴンのブレスを、ああも容易く受け止めるとは」
「さすがは、我らが主だぜ!!」
後方にいるメランダたちが何か叫んでいる様子だったが、ブレスが結界に衝突する時に発生する衝撃音によって具体的に何を言っているのかまでは把握できていない。
大方、語彙力のないシンプルな感想を述べているのだと勝手に判断し、しばらくブレスが止むまで結界に意識を向ける。
すると、ある程度時間が経つと、一度で吐くことができるブレスにも限界があるようで、ブレスの勢いが弱まり、最終的にロックドラゴンの口から出ていたブレスが止まった。
「どうやら、打ち止めのようだな」
「グルルルル」
自分のブレスを凌がれた悔しさなのか、低い唸り声を上げながら、こちらを睨みつけてくる。だが、そちらから攻撃を仕掛けたということは、当然こちらの攻撃の番だというわけで……。
「今度はこっちの番だな。手加減してやるから、死ぬんじゃないぞ?」
「グル? ギャヒャゴッ」
俺はそうロックドラゴンに宣言すると、すぐに奴に接近する。そして、右手の中指を親指に引っ掛け、そのままそれを奴の額部分だと思われる場所で軽く弾いた。俗に言う、デコピンである。
昔読んだ漫画に相手をデコピンで圧倒するキャラクターがいたので、それを真似てみたのだが、効果は抜群だったようで、二十メートルの巨体がまるで風に舞う木の葉のように吹き飛ばされていった。
「おいおい、これ以上の手加減のしようがないっていうのに……。仕方ない、小指一本でやるしかないか」
空中でなんとか体勢を立て直したロックドラゴンだったが、そこに間髪入れずに俺は攻撃を叩きこむ。もちろん、先ほど口にした通り、その攻撃はすべて小指を使って行った。
実力的に圧倒的な開きのある相手であるため、小指ですら相手を殺してしまいかねない。できるだけソフトなタッチで攻撃を仕掛けることにした俺は、まるで繊細な料理でもやっているかのようにロックドラゴンに攻撃を加えていった。
「ガァ、ガァ、ガァ」
「どうやら、疲れてきたようだな。……ふむ、なるほどな」
そこで改めて、俺はロックドラゴンのステータスを調べた。強さ自体は以前調べた時と相違なかったが、状態に【狂乱】という見慣れないものが追加されており、これがロックドラゴンが暴れている原因ではないかと当たりを付けた。
「とりあえず、病気として処理してみるか。【イルネスピュリフィケーション】」
以前、使ったことのある浄化の魔法だが、特に効果はなくロックドラゴンの身体が一瞬だけ光り輝いただけだ。
このことから、ロックドラゴンが異常をきたしているものが病気ではないということが確定する。であるならば、呪いやそれに準ずる契約の類ではないかということで、続いて解呪の魔法である【ディスペル】を使ってみた。
「【ディスペル】」
「……む、ここは一体どこだ? 我はなにをして――ガァー」
「ふむ、一瞬だけ元に戻ったか。ということは、奴がこうなっているのは呪いに近い状態であるということだな」
解呪系に属する魔法ディスペルを使用したところ、一瞬であったが、以前会話した時と同様の知性ある話し方に戻った。だが、すぐに元の状態へと戻ったため、事情を聞くことはできなかった。
以上のことから、ロックドラゴンの状態が呪いに近い契約のようなもので縛られていると判断し、さらに上位の解呪魔法を行使することにする。
「であれば……【ハイディスペル】」
「うおっ、一体何が……むっ、貴様はあの時の人間だな。一体何がどうなっているというのだ? 気付いたらここにいたのだが、やはり【竜刻の時】が始まったということなの――ガァ-」
「ああ、おしい。今なんか重要なことを言おうとしていたのに。おら、暴れるな!」
上位の解呪魔法で一時的に元の状態に戻ったものの、しばらく経つと狂乱状態へと戻ってしまった。
再び暴れようとするロックドラゴンを結界を使って押さえ込むと、俺は更なる解呪魔法をぶちかました。
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