483話「社員研修スタンピードの倒し方その1」
「あれか。確かに、数千匹ってレベルの話じゃないなこりゃあ」
王都の城壁から、地平線を埋め尽くすほどの黒い影が蠢いている。よく目を凝らしてみれば、それはモンスターの群れであることが見て取れる。
その種類は、下はスライムからゴブリンやダッシュボアなどの下位種、上はAランクに相当のゴブリンキングやオークキングなどが数十匹単位で確認できる。
規模としては、今まで見てきたスタンピードの比ではなく、過去最大のものとなるだろう。普通であれば、慌てふためくような状況なのだが、今の俺は完全に落ち着き払っている。
「たぶんだけど、ここから片手で横に薙ぎ払ったら、一瞬で終わるだろうな」
感覚的に、今の自分攻撃によって周囲に与える影響を考えると、俺が手を横に素早く払った時に起きる風圧だけで、目の前のモンスターたちが一掃されてしまうと予測している。
それ故に、今回のスタンピードは解決しようと思えば一瞬で片が付くのだが、それでは面白く……もとい、俺一人が英雄として祭り上げられてしまうだけになってしまう。
自分たちの住む場所は自分たちで守るという役目を、俺以外の誰かに任せられれば、俺がすぐに戻ってこられないような状況でも、ある程度は対処できるようになるのではないだろうか。
今回はその予行演習ということで、ソバスたちとメランダたちを出陣させることにしたのである。
それにプラスする形で、彼ら彼女らが自分たちの力が世間一般的にどの程度なのかを自覚させる目的も兼ねている。
「ローランド様、本当に我々だけで戦うのですか?」
「ああ」
「やはり無謀なのでは?」
「問題ない。ざっと見た感じ、おまえたちと同格のSランク以上のモンスターはいなかった。精々がゴブリンキングとオークキングが数十匹いた程度だ」
「ゴブリンキング……オークキング……」
俺が今の状況を説明すると、途端に青ざめた表情になる。特にモンスターの群れの中にゴブリンキングとオークキングという上位種が混ざっていることで、完全に戦意を失っているようだ。
だが、その程度の相手に臆してもらっては、SSランク冒険者の使用人としての面目躍如が保たれない。……何? 使用人だから戦闘能力は必要ないって? そんな正論など糞食らえである。
その一方で、元奴隷組は必要以上にやる気に満ちており、使用人組との温度差があり過ぎている。やる気がある分には特に問題はないので、俺としてもあまり言及するつもりはないが、気合が入り過ぎてそのやる気が空回りしなければいいが……。
そんなことを思いつつ、俺は手をパンパンと二回叩いて全員の注目を集めてから、作戦の説明を始めた。
「いいか、敵はスタンピード……モンスターの群れ数万匹だ。まずは、数を減らすためおまえたちが使える魔法の中で広範囲かつ高威力のものをぶっ放せ。できるだけ数を減らしたいから、打つ時は同じ場所に魔法を打たないように。魔法で数を減らしたのち、そのまま接近して乱戦で確実に仕留めていけ。一人で対処できない時は、二人以上の臨時的なパーティーを組んで連携して戦うこと、後は単独で突っ込んで周りの人間から離れ過ぎないことくらいだな。何か質問は?」
特に質問はなかったため、そのまま作戦を始めることにしたが、そこに意外というかそこにいて当たり前な人物が声を掛けてくる。
「あら~、ローランドくんじゃないの~。こんなところで会うなんて奇遇ねぇ~」
「ララミールか。相変わらずな様子だな」
そこに現れたのは、王都の冒険者ギルドのギルドマスターララミールであった。
現役の冒険者が引退するに際し、今後の身の振り方を考えた時に行きつくのは、田舎に引っ込んで慎ましく生活するか、冒険者ギルドの職員として働くかの二択になる。
そして、Aランク以上の上位の冒険者ともなれば、その腕っぷしを買われてギルドの職員としてスカウトされることが多く、当然ながらララミールもその口で冒険者ギルドの所属となった人間であった。
以前、時間がある時に彼女について少し調べたことがあったのだが、どうやら前任のギルドマスターが彼女が現役の冒険者の時から目を付けていたらしく、冒険者を引退したらギルドマスターをやらないかと打診されていたらしい。
もちろん、その美貌もあって前ギルドマスターは女としても口説いていたようだったが、当時のララミールは我が強く言い寄ってくる男を尽く突っぱねていた。当然だが、ギルドマスターも振られたのは言うまでもない。
しかしながら、冒険者として限界を感じていた彼女は、ギルドマスターのスカウトを受けギルドの職員として現役を引退後働き始め、その実力からギルドマスターの座に就くことになったという話を聞いた。
つまりは、彼女がここにいるのは、現場の指揮と危険度の高いモンスターが現れた時に、それの対処を行う要員としていつもの執務室から出張ってきたという訳である。
「もう、ローランドくんったら~。いつになったらギルドに顔出してくれるのかしら~。わたしは、いつでも待っているのよ~?」
「時間が空いたら顔を出すようにする。それよりも、ここは俺たちに任せてもらおう」
そう言いながら、体を寄せてくるララミールからさり気なく距離を取りつつ、褐色おっぱいオバケの誘惑を逃れる。男として興味がないわけではないが、状況的にそんなことをしている場合ではないため、ここはシリアスモードでいかせてもらう。
「どうするのかしら?」
「うちの使用人たちの実力を試したい。まずは、俺たちに攻撃させてくれ」
「ふ~ん。何か考えがあるのね? わかったわ」
俺個人に対しての信頼か、はたまたSSランク冒険者としての判断を優先してくれたのかはわからないが、ララミールは理解を示してくれた。
こちらとしては、話が早くて助かるのだが、あとになってどんな要求をしてくるかわからないため、それはそれで恐ろしい気もしなくはないが、今は優先するべきことを優先するべく、俺はソバスたちに号令を掛ける。
「よし、魔法の準備だ。落ち着いて、よーく狙え。焦らなくていいぞ」
俺の言葉に従って、ソバスたち使用人たちと元奴隷のメランダたちが魔法を構築していく。ちなみに、彼女たちにも無詠唱による魔法の行使は当然教えているが、やはりこの世界の人間は魔法=詠唱を必要とするものという固定概念が強く、未だに詠唱する癖が治っていない者もいる。
だが、逆に詠唱した方が威力と精度が高い者もいるため、そこはやり易い方でやればいいとは思う。だが、実践的な方法を取るのならば、やはり詠唱なしの方が魔法発動におけるプロセスを短縮できる分、より良い方法だと思うので、いずれは全員無詠唱による魔法行使を徹底させたい。
モンスターたちは、そろそろ魔法の射程圏内に入ろうとしている。その距離はあと数百メートルに迫っていた。
そこまで接近されて逃げる選択肢はなかったのだろうかと考えなくもないが、仮に逃げたとしても追いつかれる可能性が高く、シェルズ王国内で王都と同程度の城壁があるのは迷宮都市オラルガンドのみであるため、よしんばオラルガンドに辿り着けても、王都と同じく籠城する選択を取った場合、どちらにしても逃げ場はない状況になる。
「メガ粒〇砲、照準合わせ! てーーーーーーーーー!!」
俺の珍妙な合図にすぐさま反応したソバスたちは、モンスターに向け魔法を放った。
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