482話「都合の良い面倒事」
翼人に落とし前を付けさせ、管理者から能力の制限を解除してもらうという報酬をもらった俺は、その後シェルズ王国とセイバーダレス公国の代表者たちに、バルバトス帝国がこれ以上攻めてこない旨を伝えた。
それを聞いても最初は半信半疑だったが、俺が投げやりに「信じる信じないはおまえたち次第だが、別に信じなくとも、事実を事実として報告しているだけだからどう受け取るかはそっちの勝手だ」と言ってやると、その一言で俺が言っていることが事実であるという確証を得たようで、礼を述べていた。
別にこちらとしては、振り払う火の粉を払っただけの話であるため、特に国からは報酬を求めるつもりはなかった。だが、これに待ったを掛けたのが、シェルズの国王とセイバーダレスの大公アリーシアだった。
二人曰く、「これだけの恩を受け取っておいて何もしないとなっては、周辺諸国から恩知らずのそしりを受けるのは必定」とのことらしいので、俺がまたしても投げやりに「じゃあ、大金貨一億枚」と言ってやったら、顔を引きつらせつつも「わかった」というお言葉をいただいた。
金以外に欲しいものはなく、仮に欲しいものが出てきたとしても、それは危険を伴う可能性が高く、仮に国が総力を挙げたところで、手に入れることができるかどうかは天を運に任せるレベルであるのなら、確実に用意できる金を報酬としたのだ。
ここぞとばかりに、シェルズのティアラとセイバーダレスのアレスタが「では、私と婚約を」などと宣っていたが、丁重にお断りした。
今の俺に結婚願望はなく、いずれ結婚するにしても少なくとも今ではないため、彼女たちが他に好きな人ができた時に枷になる可能性を考えてのことだった。
だが、それを説明した二人の反応は同じで「あなた以外の殿方を好きになることなど、この先ありはしない!」という力強いお言葉だった。
その無駄に鼻息の荒いやる気を、もっと国の内政などに向けてほしいものであると密かに思った俺だが、下手に空回りして国の状態が悪い方向へと向かって行くのも良くないと考え、特に言及することはしなかった。触らぬ神に祟りなしである。
ちなみに、ナガルティーニャについてだが、せっかく能力の制限を解除してもらったということで、再び修行に付き合ってもらいたかったが、もうしばらく修行はいいということで逃げられてしまった。次会った時は逃げられないよう捕まえておかねば……。
それからの数日間、今まで滞ってきた様々な用事を消化しながらの日々を送っていた。だが、トラブルというのは何の前触れもなくやってくるのが常であり、それは突然起こった。
「ロ、ローランド様、大変でございます! 一大事にございます!!」
「なんだ、どうした?」
久々にシェルズの王都にある屋敷のベッドで眠っていると、ノックもそこそこにソバスが部屋に駆け込んでくる。一体何事かと眠い目を擦りながら聞くと、返ってきたのは意外な答えであった。
「この王都に、見たこともない数のモンスターが押し寄せて来ております。その数は、数万匹にも届くとのことです」
「またこのパターンか、いい加減飽きてきたな」
もう既に何度もスタンピードを経験していることに加えて、ナガルティーニャとの修行ですでに人間をやめてしまった俺にとって、たかだか数万匹のモンスター程度で今更どうこうなるとは思っていない。
しかしながら、俺は多忙の身であるが故、様々な場所に遠征に行ったりする。一応だが、各部署に俺と緊急で連絡を取ることができる手段を導入しているため、仮に俺の到着が遅れたところで、その誤差は数分程度しかない。
それでも、一分一秒を争う事態に陥った際は、その一秒が命取りになってしまうことも少なくないため、できることならば、俺がいなくてもある程度のことはどうにか対処してもらいたいとは常日頃から考えていた。
「よし、ソバス。屋敷にいる全員に武装した状態で食堂に集まるよう伝えてくれ。俺はちょっと出てくる」
「は、はい。かしこまりました」
俺はソバスにそう指示を出すと、眠気が残る体を引き摺るように一度コンメル商会へと向かった。
コンメル商会へやって来ると、やはりというべきか店の従業員たちが慌ただしく動いていた。突然の出来事に浮足立っており、どうしていいかわからないといった様子だ。
「ああ、ローランド様」
「マチャドはいるか?」
「は、はい」
「そうか」
近くにいた従業員にマチャドがいるか確認すると、すぐに商会長の執務室へと向かう。そこにいたは、眉間に皺を寄せ難しい顔をしたマチャドの姿だった。
「随分と趣のある顔をしているじゃないか」
「ローランド様。王都は……ティタンザニアは大丈夫ですよね?」
「当たり前だ。そんなことよりも、メランダたち【白銀の団】はいるか?」
「はあ、それでしたら寮の方にいるとは思いますが……」
「そうか、であればちょっとあいつらを貸してもらうぞ」
そう言いつつ、俺は執務室を出ていく、マチャドもそんな俺の行動が気になるらしく、俺の後を付いてきた。
寮があるコンメル商会の敷地内の庭に向かうと、そこには武装したメランダたちがものものしい雰囲気で今にも王都に迫っているモンスターに特攻を掛けそうな勢いだった。
こちらに気付いたメランダたちが、いつもの片膝を付いて平伏するポーズを取った。
「おいおい、おまえらはもう奴隷じゃないからそんなことをする必要はないぞ」
「私たちは今でもあなたを主と思っております。主に頭を下げることは当然のことかと」
「まあいい、今日はそんなことを言いに来たわけじゃないからな。聞いていると思うが、王都にかなりの規模のモンスターが向かっている。俺一人でも対処は可能だが、ここはおまえらに出張ってもらうことにした」
「それは一体?」
「とりあえず、うちの屋敷に飛ぶぞ」
そう言い終わるや否や、俺は全員を転移の魔法で瞬間移動させる。ここでもナガルティーニャとの修行の成果が出ており、今までは多人数の場合ゲートを使わなければいけなかったが、数百人規模であれば対応可能となったのだ。
そういうわけで、全員を屋敷へと移動させ、そのまま屋敷の食堂に向かうと、ソバスに指示してあった通り、屋敷の使用人全員が武装した状態で待っていた。
「ローランド様、指示されました通り使用人全員武装した状態で集めました。それで、その方たちは、いつぞやの方たちですね」
「ご苦労。以前はコンメル商会で奴隷として働いてもらっていたが、今は【白銀の団】という冒険者クランを立ち上げて冒険者として活動している」
「お久しぶりです」
「お変わりないようですね」
俺がメランダたちを連れ立って入ってきたため、使用人たちが多少驚いていたが、俺がオラルガンドの迷宮で使用人たちを鍛えていた時期に、行動を共にしていた奴隷たちだと知ると、すぐに落ち着きを取り戻す。
俺は、場が落ち着いた頃合いを見計らって、今回の彼ら彼女らを招集した目的を話し始める。
「今日おまえたちを集めたのは、この王都にやってきているというモンスターどもと戦ってもらうためだ」
「ロ、ローランド様。それはいくらなんでも無謀では?」
「おまえたちは気付いていないだろうが、普段から力を温存した状態で生活している。メランダたちにも冒険者活動を行う時は、実力の三割程度の力しか出してはいけないという制限を付けて活動させているが、本来おまえたちが持つ実力は、Sランク冒険者の中堅から上位レベルだ。そんな実力を持った人間がここに数十人もいることを考えれば、数万とはいえただの烏合の衆でしかないモンスターの群れをどうこうできない道理はない」
俺の言葉に反論するソバスに丁寧に説明する。彼らは普段は屋敷での仕事に従事してくれているが、腐ってもSSランク冒険者である俺の使用人であるため、ある程度の実力を持っていた方が何かと都合が良いということで、社員旅行と社会科見学と遠征修行を兼ねたオラルガンドの迷宮攻略を行ったことがあった。
結果として遠征は大成功に終わり、短期間でSランク冒険者の実力を持った人間が量産される事態となってしまったのは、今となってはいい思い出である。
とにかく、そんな実力が遺憾なく発揮される場面がようやくやってきたのだ。これを逃す手はない。
「普段は力を抑えているからわからないだろうが、おまえたちの力は普通ではない。下手をすれば、半分人間をやめているといってもいい力だ」
俺がそう太鼓判を押してやると、半信半疑に思いつつもそれが本当であればそれはそれでどうなのだというような複雑な表情を各々が浮かべる。
実際のところ、当初の目標としては、各個人がAランクモンスターを単独で撃破できるくらいの実力を目指していたため、結果としてSランク冒険者相当の実力にまでなってしまったというオチだったりする。
遠征に参加したメンバーは、とにかく死に物狂いで付いていくことしか頭になかったため、あまり自分が強くなったという自覚がないのだろう。であれば、今回のことで嫌でも自覚することになるだろう。自分がどれだけの化け物に育てられたかを……。
「とにかく、今回は手加減なしでやっていいぞ。俺は後ろから見てるから、危なくなったら助けてやる」
こうして、使用人たちの実力を見るため、モンスターの群れと戦わせることになった。
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