478話「長との邂逅」
「お、おい。あれを見ろよ?」
「なんでこんなところに忌々しい人間が?」
「あれってガブリエル様だよな。何で人間と一緒にいるんだ?」
翼人たちが住まう場所は天界と呼ばれ、身にまとっている衣服のように白を基調とした清潔感のある場所だった。まあ、翼人たちの内面がどす黒い感情が渦巻いていることを考えれば、その対比がとても滑稽で、せっかくの綺麗な建物も陳腐な造りだと感じてしまう。
そして、今案内してくれているガブリエルはといえば、遠巻きにこちらを見てくる翼人たちの言動が俺の怒りを買わないかと内心で焦っている様子だが、そんなことで怒るような心の狭い人間ではない。……ん? じゃあ制裁を止めろだって? それはそれ、これはこれである。
しばらく、遠巻きに聞こえてくる翼人たちのさえずる声を聞きながらガブリエルの後を付いていくと、装飾の細かな扉が見えてくる。その扉をガブリエルが軽くノックすると、その扉がゆっくりと開かれた。
「失礼する」
「ん? おまえか。何か用……その少年は一体?」
「おまえが長か? 俺はローランド。冒険者をやっているのだが、今日は翼人の今後の進退について話しに来た」
扉の向こうにいたのは、何人かの翼人たちだった。軽く鑑定したところ、翼人の位で言うところのオファニム以上の上級翼人ばかりらしい。何やら話し合っていた様子で、その中央にいる人物がガブリエルに話し掛けていた。
その人物は、物腰の柔らかそうな男性で肩まで伸びた髪が特徴的な翼人だった。もちろん、顔立ちは端正でいわゆるイケメンだ。
俺はそいつが翼人の長であると当たりを付け簡単な自己紹介しつつ、ここに来た目的を伝える。すると、周囲にいた翼人の雰囲気が一変し、殺気を含んだ視線が飛んでくる。
「人間の分際で翼人に意見するとは何たる傲慢。何たる侮辱」
「今すぐそいつを殺せ」
「神に選ばれし翼人を何と心得る」
などと、言いたい放題に宣ってくれたので、こちらもご挨拶のつもりでそれなりの殺気を込めてみた。
「この俺に害を成そうというのならばそれでも構わないが。その時は翼人が滅びる時だぞ?」
「お、おまえたち止めるのだ! ローランド殿も平にご容赦を」
俺との力関係をすぐに察知した長が翼人たちを制止するも、俺の殺気に充てられてそれどころではなく、全員が身動きすら取れない状態に陥っていた。
翼人が滅びるなどと口にしたが、それはあくまでも今回の話し合いがうまくいかなかったときの最終手段であり、最悪の場合二度と世界に関わらせないようにするため、セコンド王国やセラフ聖国のように結界で包み込んでしまおうと考えている。
ナガルティーニャとの修行の成果によって、飛躍的に強くなった今の俺ならば、ほぼ永久に稼働し続ける結界を張ることも難しくはない。翼人には寿命がないという話らしいので、永久機関の結界を張ることも視野に入れておいた方がいいだろう。
「ガブリエルにも話したが、おまえたち翼人はやり過ぎた。今回でそのやり過ぎたツケを払ってもらおうと考えている。選択肢を三つ用意した。好きなのを選べ。一つ、今ここで俺に皆殺しにされる。二つ、俺の結界によってこの世界から永久に隔離される。三つ、管理者から与えられた本来の役目を全うすることに尽力することを誓い、二度と愚かな真似をしないこと。さあ、どれを選ぶ」
「今までの翼人が行ってきた所業を考えれば仕方のないことだとは理解している。であるからこそ、翼人は再び本来の役目を全うすべきなのだ」
いきなりの理不尽な選択肢に困惑する翼人が多い中、長が口を開く。長が口にした内容は、与えられた選択肢の中で最もマシと言える更生の道だった。言葉だけを聞くと、三つの中で最もリスクの少ない選択をしているようにも見えるが、この選択は一種の毒である。
時の流れは人の心を簡単に変えてしまう。例え今現時点で反省したところで、時間が経過すれば人という存在はその反省を忘れ、再び同じ愚行を繰り返すことになる。それは翼人もまた同じことだと俺は考えている。
そもそも、本来の役目を忘れた翼人など世界にとっては不必要であり、ましてや世界に害を与える存在と成り下がってしまった今となっては、駆除対象以外の何物でもない。Gと同じさ……。
仮にここで三番目の更生の道を選んだとて、長年に渡って根付いた価値観を変えることは難しく、下手すればある一定の間引きが必要となるだろう。それを強いることになる以上、このまま種として滅ぶか永久に表舞台からフェードアウトしてしまった方が最終的には楽な選択なのかもしれない。
「ならば、契約だ……【デスコントラクト】」
俺はすぐさま死の契約魔法を行使して長と契約を結ぶことにした。契約の内容は、本来翼人が与えられている役目を果たすこと。契約に違反する行為は、翼人が翼人以外の種族とそれに関連する対象物に害を与えた場合である。種族に関連する対象物とは住居などの建物やそれ以外の人工物などである。
ただし、世界の安定という目的を遂行する上で、どうしてもそういった損害が出てしまうあるいはしまった場合はその限りではなく、その際はその場所を治める統治者の許諾を得ることで契約違反を回避できる。つまりは、限定条件付きの契約ということになる。
もっとも、俺が指定した内容は人として常識的に取るべき行動の範囲内におさまるものばかりであり、決してムチャな条件を付けてはいない。人が当たり前にするべきことを当たり前に条件に付け加えているだけなのだ。
「以上がこれからおまえたちが取り交わす契約だ。もし契約を破れば、待っているのは死。
ごく簡単な子供にもわかる条件だ」
「……」
そのあまりにもあまりな内容に誰も言葉を発せず、部屋全体が静寂に包まれる。だが、そんな空気を読んでやるほど俺は優しい人間ではないため、契約の締結に向けて動き出す。
「もし契約を受けるなら、長のサインか血判をここに入れてくれ」
「一族で話し合う余地は……」
「それでも構わないが、残っている選択肢は皆殺しか永久隔離のどちらかだが? それだったら、与えられている本来の役割をこなすという契約を受けた方が得策と俺は思うがね」
「わかった。契約する」
「ではここにサインを――うわっ」
長が契約にサインすることを承諾し、俺がサインを促そうとしたその瞬間、突如として体に衝撃が走った。その勢いに押される形で俺の体は吹っ飛ばされ、そのまま壁にたたきつけられてしまった。
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