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474話「緊急特例法」



 ~ Side 翼人 ~


「だ、誰かいるかっ!?」


「何事だ? 一体どうしたというの――そいつは、アルヴァトスか!? 何があった?」


「とにかく時間がない。今すぐラファエルを呼んでくれ」


「誰か、ラファエルをここへ」



 ローランドの元から翼人の住まう展開へと舞い戻ってきたガブリエルは、すぐさまアルヴァトスの治療のため、治癒魔法に長けた翼人の名を口にする。



 一体全体何があったのか皆目見当がつかない第一発見者である翼人の長ミカエルは、ひとまずは怪我人の手当てを優先させるとすぐに指示を出す。



 すぐにやってきた翼人によってアルヴァトスは辛うじて一命を取り留めることができたものの、しばらくは絶対安静ということになり、様子を見ることになった。



「それで、ガブリエル。一体下界で何があった?」


「ミカエルは知っていたのか? 下界に我らと同等の力を持った存在がいることを。我ら翼人を害する存在がいるということを?」


「……転生者に会ったか」


「転生者?」



 そう言うと、ミカエルは淡々と説明する。彼曰く、転生者とは前世の記憶を持って生まれてくる存在であり、個々の能力は様々だが、何かしらの分野に精通した存在であることが確認されている。



 そうした事例は珍しいといえば珍しいが、生きとし生けるものの肉体に宿る魂が新たに輪廻転生し、生まれ変わる数千万回や数億回に一度起こり得ることであり、世界的な観点から見れば千年に一度くらいの頻度で発生するらしい。



「総じて転生者というのは、我らの世界よりも文明力の発達した世界の記憶を持つ魂が多く、想像力については我ら翼人よりも遥かに優れている。一説では、転生する魂を神が選定してこの世界に送り込んでいるとも言われており、特異な存在であることは間違いない」


「私が出会った人間が転生者だとして、あれほどの力を短期間で付けることができるというのか?」



 慎重派の気質であるガブリエルだからこそ思い至らなかったが、彼女がその気になれば二人を相手に勝利を収めることは難しくはなかった。しかし、あのまま戦っていればアルヴァトスを助けることはできなかったことは明白であった。どれほどの実力を持っていようとも、人質を取られた状態に近かったあの状況では、その力を存分に発揮することはできなっただろう。



 そういった意味では、アルヴァトスが致命傷を負っていたことはローランドやナガルティーニャにとっては幸運であり、もしアルヴァトスが万全な状態であれば、いくら慎重派のガブリエルとはいえ、不穏分子の排除のため戦うことを選択しただろう。



「理論上は可能だ。尤も、いくら転生者とはいえその領域にまで到達する者は転生者の中でも一握りとされており、それこそ突然変異の化け物レベルだがな」


「そんな大事な情報をどうして教えてくれなかったんだ? そんな重要な情報は翼人の中で共有しておくべきではないのか?」


「さっきも言ったが、転生者自体が生まれてくる確率が低いということと、仮にそんな存在が生まれたとて我々翼人に届き得る転生者が生まれる確率はさらに低い。そんな眉唾な情報を頭が固い連中に聞かせたところで、到底受け入れられるものではないだろう。それに、その情報を聞けばまず間違いなく転生者が生まれないようにするため、翼人以外の種族全員を滅ぼすことを選んでいただろう。それでもお前は転生者の情報を翼人で共有しろというのか?」


「……」



 ミカエルの言葉に反論する余地がないことを悟ったガブリエルは、彼の追及に押し黙るしかなかった。ミカエルの予想は正しく、翼人至上主義に染まった今の自分たちが転生者の存在を知れば、存在そのものを生み出さないようにするため、自分以外の種族を滅ぼそうとするのは必定であったからだ。まさに“パンがないならケーキを食べればいいじゃない”よろしく“転生者が生まれないようにするならすべての種族を滅ぼせばいいじゃない”である。



「とにかくだ。転生者の成長度合いは天井知らずだ。現時点では何とか渡り合える実力でも、数日後には手が付けられない状態になっている可能性もある。引き続き調査と情報収集が必要だ」


「そういえば、転生者の一人がこの世界の因果律がどうとか言っていたのだが、転生者が生まれてくることに関して関係があるのか?」


「因果律か……確か、神の言葉にこんなものがある。“悪行を行った者は、その悪行に見合う罰を。善行を行った者は、その善行に見合う吉事を。神のみならず世界は見ている。それ故に善行に努めよ。さもなければ、己が犯した悪行によって因果の旋律に押しつぶされるであろう”と。おそらくは我ら翼人が本来の役目を全うせずこの世界にとって害を与える存在になってしまうことを神は予見していた。そして、その悪行に見合った罰というのが、その転生者という存在なのだろう。あるいは、世界が転生者をそういった存在に意図せずして仕立て上げてしまったのか……」



 つまりは、傲慢になった翼人に罰を与える存在……その可能性を秘めている存在が転生者であり、世界が翼人を罪人として認識しているということになる。それがローランドの言った因果応報であり、悪いことをすれば悪いことが返ってくるということでもある。



 神が生み出した存在とはいえ、世界というものは元々神という高次元的な存在が生み出したという説もあり、そういう意味ではすべての生物は神が生み出したものであると解釈できる。そんな中で自分たちだけが特別な存在であると宣う翼人の姿は、万物を生み出したとされる神の視点から見れば、さぞや滑稽に映っていることだろう。



「では、転生者は神が遣わした罪人に罰を与えるための執行者だということか?」


「その限りではない。転生者はあくまでも世界が生み出したイレギュラーであり、異端な存在であることに変わりはない。神からそういった使命を帯びているわけでもなければ、そういったことを遂行するために生まれたわけでもない。あくまでもそういったことが可能な存在であり、たまたま転生者と敵対した存在が裁かれるべき罪人であったという話だったけだ」


「ならば、転生者に敵対しなければ問題はないと?」


「そういうことになる」



 ミカエルの話を聞いていた他の翼人もそのあまりに衝撃的な内容に言葉を失っている。今まで自分たちが信じてきたことが間違いであったと言われているようなものであり、到底受け入れられるものではない。



 ミカエルの話を聞いてもなお、自分たちの意見が正しいと口にする他の翼人たちを無視するかのようにミカエルが強い口調で宣言する。



「とにかくだ。事態は我々の想像以上に逼迫した状況だ。よって、緊急特例法に従い、下界への立ち入りを向こう五千年間禁止とする!」


「長! それはいくらなんでも軽率な判断では?」


「そうです。たかが人間如きにそこまで日和ることなど」


「我々は翼人なのですぞ!」


「もう決めたことだ! 異論があるのならば、お前たちも然るべき法に則り己が主張を誇示するがいい」



 ミカエルの勢いに騒いでいた翼人たちが押し黙る。翼人にはいくつかの法のようなものが存在し、その一つが先ほどミカエルが口にした緊急特例法である。具体的な内容としては、翼人の存続に関わる事態が発生した場合、翼人全体で○○をしてはいけないなどの暫定的なルールを設けることができる。それが緊急特例法である。



 緊急特例法を行使できるのは上級翼人の中でも最高位のセラフィムまたは翼人の長のみであり、その権限を持つ者は翼人の中でも数人しか存在しない。



 ミカエルは長としての権限を行使する形でこれを発令し、先のルールを暫定的に設けた形となる。そして、これに異がある場合緊急特例法に含まれる内容に従って、緊急特例法を発令した人物と模擬戦を行って勝利することで緊急特例法の発令を無効化できるのだ。



 よく漫画やアニメなどで聞く“力こそ正義”とはよく言ったもので、圧倒的な権力に対して唯一対抗できる力……それは暴力であり、言い換えれば軍事力である。だが、権力と軍事力を兼ね備えた存在の前にはいくら暴力があったとて何の意味もない。



 圧倒的な能力を持って生まれてくる翼人。その長を務める人物が無能であるはずもなく、その実力は翼人の中でも群を抜いている。それを理解しているからこそ、騒いでいた翼人たちも暴力に訴えたりなどという愚行を犯さない。その圧倒的な暴力を持っているのが今の長なのだから……。



「私も緊急特例法を発令するのは時期尚早だと思うが……」


「いや、いずれガブリエルも理解することだろう。転生者という存在がどういった存在なのかということを。そして、最終的には私の判断が正しかったのだと理解することになる」



 ミカエル自身短絡的な考えを持っている人物ではなく、どちらかといえばガブリエル同様慎重な一面を持っている。だからこそ、長という立場のある役職に就いており、その点については他の翼人も異存はない。そんな彼が頑なに翼人の存続が危ぶまれる緊急事態だと声高に上げれば、困惑するのも無理からぬことなのだ。



 しかしながら、ミカエルには確信があった。すでにガブリエルが接触したとされる転生者が、翼人の最高位でもあるセラフィムと互角以上に渡り合える実力に到達しているということに。もしそんな存在と事を構えたならば、最悪の場合翼人という種族が再起不能に陥ると彼は本気で思っていた。



 そして、そうならないためにも、転生者との接触を断ち、問題となっている存在がいなくなるのをひたすら待ち続けるという選択を取ることにしたのである。言い換えれば問題の先延ばしであるが、世の中どう頑張っても解決しない問題というのはままあるため、彼の判断が100%間違っているとは言いにくい。



 ミカエルは転生者の種族が長命種族であるエルフなどを考慮して、五千年という途方もない期間を設定した。そうすることで、いくら件の転生者が長く生きたところで千年やそこらでいなくなるという算段だったからだ。



 だが、ミカエルの考えは甘かった。一度標的と定めたら何かしらの制裁を加えなければならないと考えている相手を敵に回したらどうなるのか、彼らはそのことを後になって嫌というほど理解させられることになるのであった。

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