473話「約束? よろしい、であれば契約だ!」
「まさかのラスボス降臨!?」
「いや、まだそうと決まったわけじゃない。落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない!」
「貴殿ら。私の話を聞いているのだろうか?」
「もちろんだよ。で、確かあたしとあんたのおっぱいのどっちがエロいかについて話していたんだったな?」
「そんな話はしていない。この馬鹿の言うことは聞き流してくれ。それで、話とは何だ? お前も俺たちと敵対するという話か?」
俺とナガルティーニャの漫才を律儀にも耳を傾けてくれていたらしいが、それでも特に突っ込まずに脱線しかけた話を元の場所に戻してきた。挑発の意味を込めて、俺が威圧を飛ばしながら問い掛けると、ガブリエルの表情は真剣味を帯びた顔を崩さないままだった。
ちなみにだが、当のアルヴァトスは、致命傷を負って早々に意識を手放しているため、物静かである。
「……アルヴァトス、この男のやったことについてはこちらに非がある。だが、ここは一つ見逃してはくれないだろうか?」
「ほう、世界を崩壊しかねない魔法を放とうとしたこの世界にとっての反乱分子を見逃せと? 一つ聞くが、俺たちがそいつを見逃して再び世界を壊さない保証がどこにある? 一つ勘違いしていることがある。翼人は世界の安定を管理者から委託された存在であって、決して選ばれた存在ではない。もしそうならば、俺たちという存在が出てくること自体なかっただろう。お前たち翼人は、この世界そのものを敵に回す行為を行ってきた。その結果、世界の因果律によって我々という存在が出現するきっかけを作ってしまったのだ」
「管理者? 因果律?」
俺の言っていることがよくわからなかったようで、ガブリエルが小首を傾げる。端正な顔立ちから繰り出されるそれは破壊力抜群で、思わず気が抜けそうになるが、相手が相当な実力者であることを再認識し、気を引き締め直す。そして、彼女の疑問に答える形で俺はさらに言葉を続けた。
「管理者とは、お前たち翼人を生み出した存在……所謂神と呼ばれている存在だ。そして、因果律とは世界という存在が定めた法のようなもので、わかりやすくいえば、ルールブックのようなものだ。お前たち翼人は、その世界が定める法を犯した。よって、その罰を与えるため俺たちという存在がこの世界に出現したということになる」
因果応報という言葉の通り、悪いことをした人間には悪い行いが、良いことをした人間には良い行いが返ってくる。世界の因果律というのもまた規模が世界という単位の因果応報だということだ。
傲慢になった翼人の行いは目に余るものであり、それを重く見た世界自体が因果応報の因果律に則り、それを罰するための存在を引き寄せるという選択を行ったという解釈になる。そういった意味では、すべての物事はこの因果律に関連するものばかりであり、何か良いことや悪いことが起こる前には自分の行動が関係している可能性があるという話である。
「我らが神が我らを罰するために貴殿らを遣わしたと?」
「神ではない。この世界そのものだ。とにかく、その男を生かしておけばまた世界に良からぬことをする可能性が高い。そんな人物を生かしておくわけにはいかないということはお前も理解できるはずだ」
「ならば、私がこの男を見張る。この男が余計なことをしようとするのなら、私が止めることを誓おう。それでも、この男が止まらないというのならば、私自らの手で……」
「口頭での約束事など軽いものだ。であれば、この契約書にサインができるか? 【デスコントラクト】」
そこに現れたのは、一枚の光り輝く契約書だった。その内容は単純明快“アルヴァトスが取る行動のすべての責任を取る”というものであり、それを破れば死をもって償うというものだ。
かつてこの世界における俺の父ランドールに使用した契約魔法で、その強制力はこの世界の因果律すら無視する強力無比なものだ。
ある特定の条件を遵守させる代わりにそれを破れば即死が待っているというわかりやすいものであり、この契約の利点は契約違反した相手に契約違反の罰則である死を与えるのではなく、その契約に関連する相手もまたその契約内容の適応されるところである。
例えば、実際に契約を交わした相手とその契約を提案した相手が違っていた場合でも、契約した人間だけでなく契約を提案した相手もまたこの契約が適応されるのだ。
つまり、この契約を躱すための“トカゲの尻尾切り”ができず、黒幕的な存在も同時に契約によって罰を与えることができるところなのである。
今回の場合、提案者と契約者が同一人物であるため、先に挙げた例のような事案にはならないが、仮にガブリエルが提案することを指示した人間がいた場合、その人間もまた契約の対象となるということである。
「これは?」
「対象者に対し、絶対順守の契約を与える魔法だ。お前が約束を必ず守るというのならば、サインできるはずだ」
「もちろん何の問題もない」
「先に言っておくが、この魔法はありとあらゆる能力を無効化し、契約を破った相手に死という結果を与えるだけのものだ。そのことをよく理解してサインか血判を押してくれ」
「では、血判で」
俺が詳細を説明すると、何のためらいもなく親指を噛んで血判を押した。自分の能力に自信があるのか、はたまた契約を無効化する何かがあるのかはわからないが、実に潔い判断だった。
「これで契約は締結された。ちなみに、この契約はその男がこの世界に存在している限り有効となる。つまり……」
「アルヴァトスが死ぬかこの世界から消失すれば、先ほどの話はなかったことになるのだな?」
「契約に関連する人物がいなくなってしまっては、契約の意味がない。当然だが、契約は無効となる。そして、お前がその男に危害を加えることに関しての契約は結んでいない」
「契約の無効化を私自身ができるということか。随分と緩い契約だな」
「寧ろ逆だ。人間である俺たちが手を下すまでもなく、同族であるお前にやらせるところにこの契約のいやらしさがある。種族としての誇りを取るか、己可愛さの安全を取るかというな」
「なるほど、確かにそういった意味ではあまり趣味の良い契約とは言えないのか」
思い掛けない契約だったが、翼人の中でも最高位の存在に楔を刺すことができただけでも良しとし、俺はガブリエルから距離を取る。
「契約を結んだ以上、現時点で俺がその男をどうこうすることはなくなった。どこへなりとも行くがいい」
「配慮に感謝する」
「ああ、そうだ。最後に一つだけお前らの長に伝言を頼む。このまま翼人が何も変わらないのならば、待っているのは破滅の道であるとな」
「……っ、わかった。確かに伝えよう」
それだけ言葉を交わすと、ガブリエルはそのままアルヴァトスを担いだままどこかへと消え去った。彼女がいなくなったのを確認すると、ナガルティーニャが焦った様子で話し掛けてくる。
「それにしても、まさか翼人の最高位セラフィムが出張ってくるなんてね」
「なあ、お前アレと戦って勝つ自信はあるか?」
何の気なしに聞いた問いだったが、それにすぐさまナガルティーニャは答える。
「ローランドきゅんと二人がかりでも無理だろうね。隙を突いてどっちかが逃げられたらいい方だと思うよ」
「……だろうな」
何となくはそうだと思っていたが、さすがの妖怪ロリババアでも勝つのが難しい相手が出てくると思わなかった。助かったのは、相手が好戦的なタイプではなく冷静沈着なタイプだったからであって、戦いになっていたら間違いなくこちらがやられていた。それほどまでに後からやってきた翼人は実力があったのだ。
「帝国の一件が終わったら、またお前に修行をつけてもらうとしよう」
「えー。もう修行は飽きたよ。それよりももっと別の――」
「頼む。これはお前にしかできないことなんだ。この世界でお前だけしか」
「はぅー。しょ、しょうがないなぁー。ローランドきゅんが納得するまで付き合ってあげるよ!!」
「その言葉、忘れるんじゃないぞ?」
謎の身もだえをするナガルティーニャだったが、俺は見事に言質を取った。そして、奴は俺の願いを聞き入れたことを後悔することになるのであった。
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