468話「騒動の始まり」
~ Side 翼人 ~
「長。エンジェルズのミカロケルビスが消滅いたしました」
「なに?」
白を基調とした荘厳な一室で唐突に空気が一変する。彼の耳に入ってきた報告の内容があまりにあまりなものであったからだ。
ナガルティーニャが翼人の男を一蹴してすぐのこと、その情報は瞬く間に翼人を束ねる長の元へと寄せられた。
その内容に眉を吊り上げる男であったが、消滅したのが翼人の階級の中でも最下級の者であったため、多少怪訝に思う程度で済んだ。
翼人と呼ばれている連中にはそれぞれ九つの階級があり、それぞれ上級翼人、中級翼人、下級翼人の三つに区分けされている。各階級の呼び名は最上位の順からセラフィム・ケルビム・オファニム・ドミニオンズ・ヴァーチューズ・パワーズ・プリンシパリティーズ・アークエンジェルズ・エンジェルズとなっている。
セラフィム・ケルビム・オファニムが上級翼人に属し、ドミニオンズ・ヴァーチューズ・パワーズが中級翼人に属し、残ったプリンシパリティーズ・アークエンジェルズ・エンジェルズが下級翼人として区分けされている。
「原因究明の調査員を派遣いたしましょうか?」
「そうだな。そうしてくれ」
「ちょっと待って。その調査とやら、俺に行かせてくれないか」
そこで声を上げる者がいた。翼人の中でも高位の階級を持ったものであり、その実力も階級に見合った能力を持ち合わせている。だが、長はこれを首を振って却下する。
「この程度の事態で、九つある階級の内上から三番目であるオファニムの位を持つお前が出張ることはない。ファシル、ドーガに命じて直ちにミカロケルビスが消滅した原因を突き止めるため、下界へ調査に赴くよう伝えよ」
「かしこまりました」
「ちぃ、久々に暇つぶしができると思ったのによぉー」
長はすぐさま調査員を指名した。それに従って側近である女性が恭しく頭を下げて彼の元を去って行く。その一方で、自身の要求を突っぱねられた男といえば、両手を頭の後ろで組みながら不服そうな態度を取っている。長に対してそんな態度を取るとは何事かと普段であれば叱責が飛んでくるものだが、彼にとって幸いだったのが、そういったことを言ってくる頭の固い連中がその光景を見ていなかったことだろう。
そんなこともお構いなく、オファニムの位を持つ男が長に対して歯に着せぬ物言いで問い掛けてきた。
「ところでよ。指示するのは原因を突き止めるだけなのか? 原因そのものを始末した方が手っ取り早いと思うんだが」
「いつも言っているだろうアルヴァトス。下界人を侮ってはならない。我々は確かに数多の種族の中でも神に選ばれし一族だ。それは、揺るぎのない事実。だが、だからといって他種族が我らに害を与えうる存在になり得ないとは限らないのだ」
「でも実際俺が生まれてからそんな話は聞いたことがないし、俺ら以外の種族が翼人に害を与えることなんてできるのかねぇ~?」
翼人たちが住まう場所は、地上から数万メートルの高さにあると言われている場所に位置しており、翼人は自身のことを神に選ばれた特別な存在……天界人と呼び、地上に住まう人々のことを下界に住む者……下界人と呼んでいる。
尤も、彼らがそういった呼び方をするのは決まって蔑みの意味が込められていたりするのだが、長にそういった感情は見受けられない。
相変わらず飄々とした態度でアルヴァトスは長に問い掛ける。彼の言っていることは正しく、彼が生まれて五百年もの間翼人族以外の種族が翼人を傷つけたという話以前に翼人と同等の力を得たなどという話すら聞いたことがなかったからだ。
だが、それでも長だけは他種族を見下し、自分たちが最強の種族であると楽観視はしていない。その理由をアルヴァトスに言って聞かせる。
「そう思うのも無理はないが、神は一度たりとも我ら翼人がすべての種族の中で最強の種族であり、どの種族も翼人に勝つことは不可能という明確な言及をしていない」
「それって、神さんの中で当たり前のこと過ぎて敢えて言う必要がないから言わないだけなんじゃないの?」
「そんなことはない。何故なら、私もお前のように若い時分にその疑問が浮かんだため、実際に神に問うてみた。だが、その返答が返ってくることはなく、ただただ慢心することなく精進を重ね、正しき道を歩み続けよというお言葉を頂いた」
「それって裏を返せば、俺ら翼人が最強になるために頑張れって受け取ることもできるじゃねぇか」
意見とは、発した側に意図があったところで、それを受け取る側の意図が噛み合わなければ、まったく別の解釈として捉えられる。今回はその典型だ。
神……管理者が世界に直接的に介入できない以上、代理で世界に直接介入する存在が必要だった。管理者はその役目を翼人に与えた。最初こそ上手く回っていたものの、翼人もまた人の形を模っているため、ちょっとしたことがきっかけでその価値観をいとも簡単に歪めてしまった。
何とかしてその価値観を訂正しようと試みてはいるが、一度凝り固まってしまったものといのはなかなか元には戻らない。例で挙げるのなら、子供の頃から持っている性格を変えろといっているようなものであり、下手をすればその人が送ってきたであろう人生そのものを否定してしまいかねない行為なのだ。
「ともかく、我々翼人はあくまでも神の代行者という立場を貫きつつ、できる限りその存在を世界に知られるべきではない」
「へっ、そう思ってんのはあんただけだぜ? なんで俺たちの方が強いのに、弱者である他種族連中からこそこそ隠れなくちゃならないんだよ? 寧ろ、強者である俺たちが弱者である連中を支配してやらなきゃいけないんじゃないか?」
「それでは神の意向に反する」
「それが問題だ。あんたのその凝り固まった価値観が、俺たち翼人をこの世界の鼻つまみもんみたいな扱いを受けているような気がしてならん」
「お、お前たち……」
そうアルヴァトスが話している間も、そこに十数人の翼人が現れる。現れた翼人の中には、長と同じセラフィムやケルビムの階級を持つ翼人も混じっており、さすがの長でも下手に動くことはできない。
「……」
「血迷ったかガブリエル。お前も私と同じセラフィムだろう!」
「であるからこそ見極めたいのだ。我ら翼人がこの世界にとってどういった存在であるべきなのか、神が我々翼人を生み出した真意がなんであるのかを……」
「ガブリエル」
「っつうことで、長さんよぉー。しばらくはここで大人しくしといてくれや。一応見張りは付けるが、間違っても下手なことはするんじゃないぞ。いくらあんたでも、これだけのセラフィムやケルビムを相手にするとなっちゃあ、ただじゃすまないだろうからな」
「アルヴァトス。最初からこれが狙いだったか!」
「おっと、あんまり手間掛けさせないでくれ。んじゃまぁ、朗報を期待しといてくれや。ミカエルさんよぉ」
「くっ」
アルヴァトスに詰め寄ろうとする長を制止して、アルヴァトスは部屋を去って行った。追い掛けたくとも見張りがいる以上、彼らの目を盗んで追い掛けることは叶わない。
長……ミカエルは頭を振ってアルヴァトスやそれに同調した者たちを内心で呆れの感情を向けた。彼は知っていたのだ。下界人の中にも、自分たち天界人と並ぶ実力を持てるということを。才能の上で胡坐をかいている者と、努力で勝ち取った者の圧倒的な隔たりというものを……。
「愚か者共が」
こうして、一人の翼人が消滅した一方から翼人の間で新たな騒動が巻き起ころうとしていたのであった。
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