467話「彼女が事情を知っていた理由」
「あはんっ、おほっ、うはっ、ひひっ。そうだ、もっとだ! もっと拳に気合を込めるんだ!」
「……」
翼人と呼ばれる存在に敗北し、その実力不足を痛感したため、俺は再びナガルティーニャに稽古を付けてもらうことにした。そこまでは何ら問題はなかったのだが、不都合が起きたのは修行が始まってすぐのことであった。
前回修行を付けてもらった時のように、時間軸を調整した結界を張ってその中で修行をすることで、結界の外は数時間程度しか経過していないが、結界の中は数日から数か月も経過するという浦島太郎のような環境を生み出した。ここも問題はなかった。
問題が起こったのは、とりあえず修行の方針を決めるべく、ナガルティーニャとの肉弾戦をすることになったのは、問題が浮き彫りになったのはこの時だ。こともあろうに、ナガルティーニャは俺からの攻撃を一切の防御もせずその身で受け始めたのだ。さらに質の悪いのが、あからさまに受けるというよりは本気かどうかわからないさりげなさを入れているので、こちらとしても指摘したところではぐらかされるのは想像に難くない。
この俺に対してそれができているという時点でかなり凄いことであるが、俺が手も足も出なかった翼人をああもあっさりと片付けている以上、その実力は嘘偽りなく本物だ。だからこそ、俺は彼女に再び修行を付けてもらうことにしたのだから。
「おい、真面目に修行しろ」
「何のことかな? あたしは至って真面目だが?」
「そうか、なら嫌でも本気にさせてやる……」
「おお、この視線だけで相手を殺せるほどの殺気。どうやら、遊んでいる余裕はなさそうだ」
案の定、俺の指摘を受けてもはぐらかしてきたナガルティーニャに対し、俺は遠慮無比の本気で行くことにした。元々、俺の全力を受け止めることができる相手でなければ修行どころの話ではないため、そういった意味では適任が彼女しかいない。
俺の本気を感じ取ったナガルティーニャが、先ほどの余裕のある態度から真面目な表情を顔に張り付ける。そんな顔ができるなら、俺が本気になる前になってくれと言いたかったが、言ったところで馬の耳に念仏であることはわかりきっているため、俺は目の前の相手に集中することにする。
「はあっ」
「ほいっ、悪くない突きだけど、まだまだ力量不足だね」
俺の攻撃をまるで何でもないことのようにいなしていくナガルティーニャを見て、改めて彼女が相当の実力者であることを痛感する。そして、その合間合間に入るアドバイスもまた的を射た的確なものであり、俺はその指示に従って体を動かしていく。しばらく、それが続いたが不意に彼女が手の平をこちらに向けてくる。
「休憩だ」
「まだ俺はいけるが」
「気付いてないと思うけど、あれから十時間は経過している。肉体的には問題なくとも、精神的な疲労は確実に溜まっている。これだけはどんなに修行しても克服することができないものなのだよ」
ナガルティーニャに一発当てることを考えていたため、まさかそれほどの時間が経過しているとは思わなかった。確かに、言われてみれば体は何ともないが、感覚的に気疲れのようなものを感じるような気がする。
休むこともまた修行であるというどっかの誰かが言っていた言葉を思い出し、俺は彼女の言葉に従って休憩を挟むことにした。
「汗をかいただろうからシャワーを浴びてくるといいよ」
「いや、俺は後でいい。先に入ってくれ」
「わかったよ。じゃあ、先に入らせてもらう。……ちぃ」
人里離れた森の中に結界を張り、その中に二人が問題なく生活していけるくらいの建物が建築されている。それもすべてナガルティーニャの所業である。
俺自身も魔法に関してはかなりものを修めているつもりだが、元々俺と同じ転生者ということもあってか、彼女もまた魔法に関してはかなり造詣が深い。あの翼人に対して肉弾戦のみで圧倒していたが、その気になれば魔法戦でも勝つことができただろうと俺は考えている。そんな彼女が作った建物もまたかなりのもので、それこそ前世のホテル並みの内装が表現されており、何年でも滞在が可能なほどのクオリティだ。
先ほどの舌打ちが、俺に先にシャワーを浴びせてその様子を覗き見るという邪な計画がおジャンになった不満からくるものでなければ、基本的には俺よりも優れた人間なのだ。俺に対しての邪な言動がなければ、割と有能な人間なのである。
「それにしても、まさか奴が管理者とコンタクトを取っていたとはな……」
あれから、一つの疑問が浮かんだ。それは、何故ナガルティーニャがこの世界の管理者や翼人などの裏事情を熟知していたのかというものだ。通常であれば、そのようなことなど知り得る術すらないはずなのにもかかわらず、どうしてそこまで詳細に知っているのかと思い至り、そのことを問い詰めると、あっさりとこのような答えが返ってきた。
「本人に直接聞いたからさ」
そう言いながら、ナガルティーニャから聞いた詳しい話によると、今から二百五十年前に翼人に出会った彼女は、その圧倒的な力の前に逃げることしかできず、最終的にダンジョンに引きこもるしかなかった。その修行の最中に自らを管理者と名乗る謎の存在と接触したらしいのだ。
本人は「魔族は楽勝だったんだけどねー。さすがのあたしも翼人には勝てないから、迷宮に引きこもって修行をしてたのさ。そしたら、ある程度強くなったところで管理者に気付かれちまったみたいで、その時ローランドきゅんに話した内容を聞いたのさ」というようにあっけらかんと話していた。
まさか、世界を管理する存在である管理者本人と話したことがあることにも驚きだが、その管理者が無視できないほどの強さを持つナガルティーニャとは一体どういった存在なのだろうかと新たな疑問が浮かび上がる。
ともかく、管理者から事情を聞いたナガルティーニャはますます修行に磨きを掛け、翼人と渡り合えるくらいの強さを手に入れてから数十年後に俺と出会ったというわけだ。
「ひとまずは、あいつに稽古をつけてもらいながら、実力を上げていくしかあるまい」
「そうだ。別に覗かなくても直接誘惑すればよかったんだ! ということで、ローランドきゅん。今夜あたしと魅惑のランデブーを――」
「【炎帝天体エンペラーセレスティアル】!!」
「うわぁー、ローランドきゅん! そんなものをこの結界の中でぶっ放すんじゃない!!」
「塵と砕けよ!!」
「ノーォォォォォッ!!」
こうして、俺の平穏なスローライフは一時休業し、ナガルティーニャとの騒がしい修行の日々が続いた。そして、彼女との修行が一段落着いたのは、結界の外の世界で三日、結界の中の世界で五十年以上が経過してからだった。
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