464話「ロリババア見参」
「それくらいにしてもらおうかい」
「貴様は」
突然起こった出来事に驚いていると、どこからともなく見知った顔が現れた。立場的には俺の師匠であるナガルティーニャである。一体どこから湧いて出たという疑問があるものの、彼女はいつもどおりの態度で話し掛けてきた。
「大丈夫かいローランドきゅん? うわあ、ボロボロじゃないか。あたしの愛しいローランドきゅんをこんな目にあわすなんて。許さないぞー、プンプン」
「……」
「ちょ、ちょっとローランドきゅん。冗談じゃないか。だから、そんなゴミを見るような目を向けないでおくれよ!」
この状況下でいつも通りの奴の態度に半ば呆れを覚える。今はそんなコメディギャグ的な展開ではないと思うのだが、本人もそれをわかっているのか、すぐに真剣な表情になり、相手に向き直る。
「あたしの可愛い弟子をよくもこんな目に遭わせてくれたね。この代償は高くつくよ」
「それよりも貴様。一体どこに隠れていた? 人間が二百五十年も生きるはずはないのだが。まさか、モンスターの類だったとでも言うのではあるま――ごぼぉ」
「問答無用の右ストレート!!」
「えぇ……」
相手の言葉を遮るように、奴の懐に飛び込んだナガルティーニャは渾身の右ストレートを食らわせる。その衝撃は凄まじいもので、俺を圧倒していたはずの奴の体ごと吹き飛ばし、今度は奴が俺と同じ状態になっていた。
それでも、すぐに態勢を立て直してくる辺り、やはりかなりの実力を持っているようだ。だが、受けたダメージは少なくなかったようで、不意に奴の鼻から血が滴る。
今までボコられていた俺からすれば、奴がダメージを負っていることは喜ばしいことではある。だがしかし、戦闘において最も純粋な攻撃である肉弾戦でそれを可能としているナガルティーニャに対し、やはり俺は呆れてしまう。
「貴様ぁ! この私に血を流させるとは、覚悟はできているんだろうな!?」
「鼻血ブーしたくらいで怒るなんて、なんて度量が小さいのかね。まあ、そういう奴だからこっちも遠慮なくボコれるんだけど」
「死ねぇ!!」
奴が手を前に突き出すと、そこからいくつものエネルギー弾が放たれる。その一つ一つはかなりのもので、俺が食らった光線よりも威力がある様子だ。しかし、その高速に飛び交うエネルギー弾をまるで来る場所がわかっているとばかりにナガルティーニャが巧みに躱す。その動きには一切の無駄がなく洗練せられており、まるで一つの演武を見ているかのようだ。
「ちょこまかと躱しおって。いい加減に私に殺されろ!!」
「だが断る! このナガルティーニャの最も好きなことの一つは、自分で強いと思っている相手に――」
「これで終わり――ぐぼぉー」
「人の話は最後まで聞けぇー!!」
まったくもってその通りなのだが、この状況で言うことではない。これはどちらかといえば、ナガルティーニャの話を遮った奴に非があるが、元日本人である俺からすれば、彼女が何を宣おうとしたのかが理解できるため、この場合どちらに非があるかわからなくなってしまう。
一方の奴といえば、いきなり攻撃を食らったことでさらに吹き飛ばされることとなり、さらにダメージを蓄積させる。それでもまだ戦闘不能になっておらず、その顔は屈辱で歪んでいた。
「何故だ!? 何故人間如きである貴様がこれほどまでの強さを持っている?」
「あれから何年経ってると思ってるのかねぇ? 二百五十年も経てば誰でもこれくらいの強さになる」
「「なるかっ!!」」
ナガルティーニャの言葉に俺と奴の言葉が重なる。そもそも、人間の寿命は長くても百年やそこらで限界を迎えてしまう。仮に死ぬ直前まで鍛え上げていたとしても、寄る年波というものには勝てず、そのまま天寿を全うしてしまうだろう。そういう意味では、ナガルティーニャという存在は人間の常識からかなり逸脱したものであることは間違いない。
「……妖怪【ロリババア】」
「あ~ん、ローランドきゅんたら酷い。こんなに幼気な少女を捕まえてババアだなんて」
「……(妖怪はいいのかよ)」
俺の呟きを耳聡く聞いたナガルティーニャが、体をくねくねとさせながら反論してくる。反論する場所が些か間違っている気もしなくはないが、わざわざ指摘して藪から蛇を出すこともないと考えた俺は、そのまま口を閉ざした。賢明な判断である。
一方の奴といえば、ナガルティーニャから受けたダメージが色濃く出でおり、俺と戦っていた時とは比べ物にならないほどに疲弊していた。蛙の子は蛙とはよく言うが、化け物の親もまた化け物だったようだ。
「もうここまでだ! この世界の負担を考えて力をセーブしていたが、貴様は本気でやらねばならない相手と判断した。光栄に思え、私の本気が見られることなど滅多にないぞ」
そう奴が言い放つと、某戦闘民族らしく雄叫びを上げる。すると、奴の内在している魔力が高まっていくのを感じ、そのあまりの魔力量に息を呑んだ。そして、奴が手の平に力を込めると、紫色のエネルギー弾が出現し、それが直径一メートルほどにまで膨れ上がった。大きさ的には、俺の炎帝天体エンペラーセレスティアルよりも遥かに小さいものの、内在する魔力量は比べ物にならないほどに大きく、一目見ただけでそれが超強力な極大魔法であることがわかる。
「この魔法は私が使える魔法の中でもとっておきでな。これが放たれれば、世界の十分の一が荒野と成り果てるくらいの力を持っている」
「馬鹿な」
奴の言葉に思わずそんな言葉が突いて出る。確かに、魔力の量から見てそれくらいの力を持っていることは理解できるが、まさか本当にそれほどの規模の魔法をこの短時間で顕現させてしまったことに驚きを隠せない。
「やれやれ、自分にとって不都合が出てくると力で解決しようとする。何百年経とうと何も変わっていないのだな。お前らという種族は」
「ふん、その生意気な減らず口もここまでだ。世界の塵と化せ」
奴の言動に何か心当たりがあるようで、ナガルティーニャが含みのある言葉を口にする。そして、無慈悲にもその圧倒的な魔力が内在するエネルギー弾が放たれてしまった。その速度はそれほど速くはないが、直撃すればただでは済まない。
「避けろナ〇パ!」
「あんなハゲと一緒にしないでおくれよローランドきゅん。まあ、見てなさいな」
俺の渾身のギャグを華麗にスルーしたナガルティーニャは、自信ありげな表情を浮かべている。そうしている間も、エネルギー弾が迫っており、すでに避けることは不可能な位置にまで接近していた。
ナガルティーニャは、そのままエネルギー弾を受け入れるかのように何もしない。まさか、このまま受け止める気なのかと思ったその刹那。不意に彼女が両腕を左右に大きく開いた。
「ほいっ」
そして、懐近くまでに迫ったエネルギー弾をまるで蚊を仕留めるかのような動作で両手で挟み込むように叩く。挟まれたエネルギー弾は、まるでシャボン玉のように弾け飛び、後に残ったのは合掌のポーズをしたナガルティーニャだけであった。
「取った! お姉ちゃあーん!!」
「ま〇くろくろ〇けじゃねぇんだぞ!! バカヤロウ!!」
合掌のポーズから出てきたナガルティーニャの言葉は、まさかのあの某アニメ制作会社が手掛けた超有名アニメ作品に登場するキャラクターに関連するワンシーンのものまねだった。俺も子供の頃テレビなどで、そのアニメが定期的に放送されていたため、見る機会があった。だから、そのシーンはよく覚えていたのだが、まさかここにきてそれを持ち出してくるとは……。
とりあえず、危機を脱することはできたが、その攻撃を行った人物はいまだ健在であるため、俺は意識を奴へと向けた。
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