459話「長期的な視点から見た損失」
「さて、宰相の言った契約を破った際の罰則だが、科せられる罰はたった一つ。男子の出生率の低下のみだ」
「男子の出生率?」
「例えば、現在の男女の出生率を生まれてくる子供百人に対し、五十人が男子、後の五十人が女子だったとする。そして、今から結ぶ契約の内容を破った場合、一回破ればその男子の出生率が百人に一人になるというだけの話だ」
「……一回破ればということは、二回目以降も罰則があるということですね」
「そこにも気付いたか。そう、二回目以降の契約違反も当然罰則があり、それは回数を重ねる度に重たくなっていく」
俺が契約違反で帝国に与える罰として選んだのが、男子の出生率の低下である。現代社会において、出生率の低下により明らかな国力の低下が深刻化していた問題を実際に目の当たりにしている俺にとって、国視点から見ればかなりの痛手となると考えたからだ。
ちなみに、三回目以降の罰則は男子の出生率が百分の一から千分の一に、四回目で千分の一から一万分の一になり、五回目で十万分の一となっている。中世ヨーロッパ程度の文明力しかないこの世界において、一国当たりの国民の数は多いところでも精々が二千万程度しかおらず、その中で百分の一の確率でしか男子が生まれないとなってくれば、国力の低下は避けられない。
ましてや、軍事国家などと言われている帝国にとってはかなりの損害を被ることになり、下手をすれば国としての体裁を保てなくなる可能性すらあるのだ。
そして、この罰則の嫌らしい点は短期的な損失ではなく長期的な視点から見た損失で計算されており、気付いた時には問題が深刻化していたことを後になって思い知るというのが恐ろしい。
貴族の方に視線を向けてみると、そのほとんどが「なんだその程度のことか」という顔をしているが、皇帝や宰相、そして先ほど戦ったベルモンド侯爵などは歪んだ顔を浮かべている。おそらくは、この罰則の質の悪さを理解しているからこその反応なのだろう。
「ちなみにですが、六回目以降の罰則はないのですか?」
「この国にお前がいて帝国はよかったな。六回目は百万分の一、そして七回目は生まれなくなる」
「っ……」
総人口二千万人に対して男子の出生率が百分の一ですら厳しい状況だというのに、最終的には男子が生まれなくなるという事実に楽観視していた貴族たちも顔色を変える。
「この契約を断った場合はどうなるのだ?」
「別に断ってくれても構わない。ただし、断った場合はこの国の国境に強固な結界を張らせてもらい、強制的に他国との接触を絶たせてもらう。事実上の国境断絶だな」
「それは困る!」
俺の言葉に皇帝は激しく反応する。そして、帝国の事情を話し始めた。
何でも、この国は元々肥沃な土地ではなかったらしく、他国と比較しても作物の収穫量が少ない。それを補うため、帝国は隣接する他国との交易により一定数の食料の輸入に頼っている。それのお陰で帝国は何とか不足分の食料を補っている形となっているため、それがなくなれば再び食料不足に悩まされることは必定だ。
「ならば、余計に他国に戦争を仕掛けている場合じゃないだろうに」
「肥沃な土地がなければ他国から奪えばいい。帝国はそうしてきたし、それによって国を維持してきた歴史があるのだ」
「なんとも野蛮な考え方だな。それが俺に目を付けられることになった原因だというのに」
「耳が痛い言葉だな」
肥沃な土地がなければ、他から調達してくればいいという考えは理解できる。だが、すでに国として治めている場所から奪い取るというのは人道的ではなく、決して褒められた行為ではない。それならば、人の手の入っていない場所を新たに開拓した方が建設的であり、誰の迷惑にもならない。
さらに加えて、他国に戦争を仕掛けるというのはかなりの金銭的負担が掛かってしまい、それによって皺寄せがくるのは国民たちである。戦争をするための資金を国民から税として徴収し、さらには戦力として働き盛りの男を強制的に徴兵するなど、のちの国力に影響を及ぼしかねない事柄が集約されているのが戦争である。
そして、仮に他国を奪い取ることに成功したとしても、最後まで抵抗を続ける反乱分子の鎮圧や戦争で傷ついた都市や人たちの補填にも莫大な資金が必要となってくる。戦争にも金が掛かるが、戦争が終わった後もまた金が掛かってしまうのである。
だというのに、そんな非生産的なことを行う意義をどこで見い出しているのか理解に苦しむし、そんなことができるだけの金があるのなら、それこそ国力を高めるために内政に力を入れた方がマシというものだ。
「今の帝国に圧倒的に足りていないのは、他国の力を借りずに自給自足していける国力だ。これを機に軍備を縮小してその浮いた金で内政に力を入れることだな」
「内政か……」
「で、それはそれとしてだ。今はこの契約を結ぶかどうかを聞きたいところだが、国にとって重要な案件であることは察するに難くない。そこでだ。今度は一週間やろう。一週間後の同じ時間にまたここに来る。その時までに、ちゃんとした結論を出すことだな。では、ガールズバー」
「そこは、サラダバーではないのか……。いや、サラダバーも間違いないだが」
皇帝の突っ込みを無視して、俺はそのまま瞬間移動で皇帝たちのもとから去って行った。とりあえず、これで帝国に対して楔を打つことに成功した俺は、一度事の顛末を報告するため、アリーシアのところへ向かった。
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