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436話「ゲッシュトルテ」



「よし、通っていいぞ」



 元ディノフィス王国王都バルルツァーレを出立して二日後、俺は次の都市へと辿り着く。そこは元ラガンドール公国の首都【ゲッシュトルテ】という都市だ。



 まるで旧ローマ時代のコロッセオのように円形の外壁に囲まれており、その規模もかなりのものだ。



 少なくとも五十万人以上の人間がそこに住んでいると予想され、都市としても首都といっても差し支えない。



 たった今、門兵のチェックを受け通行の許可が下りたため、門を潜って都市へと入る。中世ヨーロッパ並みの文明力では、アスファルトや鉄筋コンクリートなどの上質な建材など望むべくもないため、相変わらず木造と石造の街並みが広がっている。



 さっそく冒険者ギルドへ向かい、例のアレと情報収集を行うことにする。だが、その途中ちょっとしたトラブルに見舞われた。



「泥棒だ! そいつを捕まえてくれ!!」



 冒険者ギルドに向かっている最中、喧騒の中一際大きな声が響き渡る。見れば、進行方向から鞄を抱えた人物が勢いよく走ってきている。おそらくは荷物をひったくられたらしく、慌てた様子で逃げている人物を追っている男がいる。だが、ひったくりを追い掛けている男にとって、幸運にも逃げていた人間が石畳の取っ掛かりに足を取られ転倒してしまった。



 これでひったくり犯が御用となって事態は収拾するかに思えた。だが、俺にとって不運だったのは、そのひったくり犯が俺の眼前で転倒してしまったことだろう。



「あ、兄貴っ。ここは任せました!!」


「は?」



 そう言い放った人物の声は意外にも高く、俺と同じ成人前の少年か少女くらいであると思われる。帽子を深く被っているため、その顔ははっきりとは見えないが、かなり若い人間であることはまず間違いない。



 そんなことよりも、問題は奴の言動である。おそらくは、俺を囮にして逃げるつもりのようだが、そんなことが上手くいくわけ――。



「お前があいつに指示を出していたんだな!?」


「何を言ってるんだ? そんなわけないだろう」



 そうこうしているうちに追い掛けてきた男がひったくり犯の言葉を聞いて俺を問い詰めてきたが、仮に俺が指示役であれば何故この場にいるのか説明がつかない。



 しかし、さらに不運なことに俺が追い掛けてきた男と問答をしているうちにいつの間にかひったくり犯がいなくなってしまっていた。逃げ足の速いことだ。



「何の騒ぎだ」



 騒ぎに気付いて駆けつけてきた衛兵に男が説明をしているが、その説明が良くなかった。あろうことか、俺がひったくり犯の仲間というありもしないことを言ってきたのだ。



「お前が荷物を盗んだ犯人の仲間か」


「いいや、俺は今日この街にやってきたばかりだ。門を通っているから、その時担当した兵士に聞いてみるといい。それに俺が本当に犯人の仲間なら、なんでここに残ってるんだ? 普通逃げるだろう」


「そ、それは」



 俺の言っていることは尤もなことであるため、鋭い視線を向けていた兵士たちも困惑している。だが、被害者の男にとってはどうでもいいことらしく、しきりに衛兵に訴えている。



「早くそいつを捕まえてくれ」


「し、しかしだな」


「街の治安を受け持つ人間として、相手のことをもっとよく観察するんだ。無実の人間を犯罪者として扱うことの罪悪感と、己自身の無力さを痛感することになる」


「と、とりあえず。事情を聞きたいから詰め所に来てもらおう」



 ここで話し合っていても埒が明かないと思ったのか、問題を先延ばしにしたかったのかは定かではない。ひとまずは事情聴取をするべく、俺と被害者の男を詰め所へ連れて行くことにしたようだ。



 俺としても、このまま逃走すれば逃げた犯人と共犯だと言われかねないため、自身の身の潔白を証明するためにも、大人しく従うことにした。



 詰め所に連れて行かれると、すぐに事情聴取が始まったが、そこでも不運なことが起こった。なんと、事情聴取を担当した兵士が最初から俺を疑って掛ってきたのだ。



「なぜこんなことをしたのだ?」


「やってない冤罪だ」


「ふん、犯罪者は皆そう言うのだ」


「無実の人間も同じように言うんじゃないのか?」


「黙れ犯罪者!」



 尋問する兵士が、俺の反論に怒鳴り声を上げる。自らの拳をテーブルに叩きつけたことで辺りに大きな音が木霊する。



 まったく、あのひったくり犯のせいで無駄な時間を過ごしてしまった。次見つけた時には、死よりも恐ろしい恐怖を植え付けるとしよう。“死というのは、それ以上苦痛を与えられないという意味では慈悲である”とどっかのファンタジー小説の主人公が言っていたことだしな。



 などと、話していると兵士を伴って誰かが入ってきた。きっちりとした身なりから役人か何かと思っていたが、すぐの相手の口からその正体が判明する。



「私は商業ギルドの職員でファゴットと申します。商業ギルドの発行するギルドカードの確認のためやってきたのですが、ギルドカードはどちらに?」



 実は、詰め所にやって来た際、装備していた武器や鞄を外されてしまっていた。持ち物検査の際、商業ギルドのギルドカードを持っていたため、本物かどうかの真偽の確認も含めて商業ギルドから人を寄こす運びとなっていたのだ。聴取する兵士の詰問に耐えている中、ようやくのお出ましとなったわけである。



 さっそく、ファゴットと名乗った男性職員の手によってギルドカードの確認がされることになったのだが、ギルドカードを手に取るや否や、すぐさま彼の顔色が変わる。



「こ、これは……」


「どうしたのですか?」


「商業ギルド職員として彼の身分を保証いたします。すぐに彼を釈放していただけますでしょうか?」



 いきなりの要求に兵士たちも困惑の色を浮かべているものの、ファゴットの有無を言わせない無言の圧力に何か不穏なものを感じ取ったようで、呆気なく俺は無罪放免となった。



 テンプレ的にはここで話が拗れて牢屋にぶち込まれ、牢屋で出会ったキャラクターと脱獄するというのがお決まりなのだが、どうやらそういったイベントは起きないらしい。少しだけ期待していただけに残念である。



 早く彼を解放してくださいというファゴットの一言で、すぐに俺は釈放された。そのままファゴットと共に歩いていたが、気になったので聞いてみた。



「何故、こうも簡単に釈放された? 普通なら牢屋にぶち込まれるはずだ」


「冒険者ギルドのギルドカードもそうですが、ギルドカードには職員しか知らない目印のようなものが付いておりましてですね。それを調べましたところあなた様はかなりのお得意様だということが表記されておりました」



 つまり、今まで俺が商業ギルドに貢献してきたものがギルドカードに記載されており、ギルドにとってかなり上客だったというわけだ。それをすぐに察知したファゴットは、有無を言わせず俺を釈放する流れに持って行ったということだった。



 そういった交渉事をつつがなく行えるところは、さすがは商業ギルドの職員と言いたいところだが、それにしたって冤罪とはいえ犯罪者の疑いが掛けられている人間をこうも簡単に釈放できるものなのだろうか。



 そんなことを考えていると、それを汲んでくれたファゴットが改めて自己紹介をしてきた。



「改めましてご挨拶申し上げます。商業ギルドでギルドマスター補佐を務めておりますファゴットでございます。この都市の商業ギルドでは、実質的なナンバー2の地位をいただいておりますので、この都市ではそれなりに顔を知られているのかもしれませんね」


「なるほど、そういうことか」



 どうやら、足を運んだのは商業ギルドでもかなり力を持った人間だったようで、一般人の兵士たちでは場数を踏んでいる彼に太刀打ちできなかったようだ。俺としては、面倒な事態を避けられたため有難いといえば有難い。



 そのまま、他愛ない雑談をしならが歩いていると、不意に真面目な口調でファゴットが語り掛けてくる。



「実は、ローランド様に折り入ってご相談がございます」


「なんだ?」


「詳しい話につきましては、ギルドマスターを交えて話したいので、申し訳ありませんがこのまま商業ギルドまで来ていただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ、それでいい」


「ありがとうございます」



 助けてもらった恩もあるため、ここはファゴットの指示に従うことにした。そして、冒険者ギルドよりも先に商業ギルドに行くことになったのだが、そこで聞かされた話は衝撃的なものであった。

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