432話「お父さんは娘が心配」
ひと騒動あったが、何事もなく後処理を完了させた俺は、一度商業ギルドを訪れることにした。本来であれば、冒険者ギルドに寄って薬草を納品して終わりなのだが、ギルドと揉めてしまった以上しばらくは冒険者ギルドには近づかない方がいいだろう。
すぐに都市に入りそのまま商業ギルドへ向かった。特に変わり映えのしない建物に入ると、清潔感のある内装が目に飛び込んでくる。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「素材の買い取りを頼みたい」
「かしこまりました。ギルドカードをお持ちでしたらご提示をお願いします」
受付カウンターの一つに用向きを伝えると、すぐに処理に移ってくれた。そして、ギルドカードを受付嬢に渡ししばらくすると部屋へと案内される。
受付嬢から買取担当がやって来るのでしばらく待つよう言われ素直に待っていると、そこに一人の男性が入室してくる。
見た目は、三十代中頃のまだまだ働き盛りといった歳の頃合いで、穏やかな顔つきのいかにも商人であることがわかる優男だった。
「……お待たせしました。私が、買取担当のトマスと申しま――」
「ギルドマスター何やってるんですかっ!?」
「ちぃ」
「ちぃじゃありません。これは私の仕事なんですから邪魔しないでください!」
入室してきた男が俺に挨拶をしている最中、それを遮るように女性職員が慌てて止めに入ってきた。彼女の言動から最初に対応しようとした男が商業ギルドのギルドマスターであることは察しがついたが、まさかギルドの責任者自らが出張って来るとは予想外だった。
それは止めに入った女性職員の態度からもよくわかることで、すぐさま部屋を追い出されていた。
「コホン。改めまして、私が買取担当のマネーネと申します」
「ローランドだ。冒険者をやっている」
「それで、本日はどういったものをお持ちいただいたのでしょうか?」
「これだ」
さすがは商業ギルドだけあって、成人していない子供の俺でも丁寧な対応をしてくれている。たとえ子供といえども大事な取引相手であることに変わりはないということだろう。
特に不都合はないので、そのまま素材を魔法鞄に模した鞄から取り出していく。それを見たマネーネが目を見開いて驚いていたが、すぐに冷静に取り出されたものを吟味し始めた。
今回俺が商業ギルドで卸す素材は、先のスタンピードになりかけていた時に遭遇したモンスターたちの素材であり、ランクとしてはそれほど高いものはない。唯一高ランクなのが、スタンピードの原因となっていたヴァイオレットオーガだ。
ヴァイオレットオーガはSランクに分類されるモンスターだが、レッドオーガの変異種ということもあって希少性についてはかなり高い部類に入っている。あまり目立った行動を取るべきではないため、今回は新人冒険者が狩ってこられる数のみ提供することにした。
「なるほどなるほど、ワイルドダッシュボアの素材に、こちらはオークの素材ですね。どれも質が良いものばかりです」
「うん、確かに素晴らしいものだね」
「……」
マネーネが漏らした感想に、同意するかのように先ほど追い出されたはずの男が相槌を打つ。何かあった時のために常に気配を探る癖がついているので、彼がこっそり部屋に入室してきていたのは把握していたが、特に敵意などの嫌なものは感じられなかったため、別段言及するものではないと放置していた。
ところが、マネーネはそうではなかったらしく、彼が声を掛けると「何でお前がここに居るんだ? 仕事はどうしたコノヤロー」という非難の視線を向けている。あからさまな視線を歯牙にもかけず、男が俺に問い掛ける。
「これは君が狩ってきたのかい?」
「まあ、そうなるな」
「ということは解体作業も君が?」
「それについては想像に任せる。仲間が解体したのかもしれないし、俺が解体したのかもしれない。ただこの場において重要なことは一つだ。この素材をおたくらが買い取るか買い取らないか、それだけだ」
「なるほど。もちろん買い取らせていただくよ。買い取り額については――ぶふっ」
「お父さん、いい加減にしてよ!!」
俺は言外に“余計な詮索はせず、買い取る気があるなら黙って買い取れ”と伝えたが、男は俺の意図を汲んでそれ以上の追及をしてこなかった。こちらの機嫌を損ねてはいけないとすぐに買い取り金額についての交渉に入ろうとした男だったが、今まで黙っていた女性職員のグーパンによって阻止されていた。どうやら、女性職員は男の娘らしい。
「い、痛いじゃないかマネーネ」
「これは私の仕事なの。邪魔しないで」
「だ、だってぇー、心配じゃないか。パパはお前のことを思って――」
「私のことを思うのなら、少しは私を信頼して任せてほしいわね!!」
「うっ」
彼女の言葉に反論する余地がなかったらしく、途端に黙り込む。俺的には、出した素材を適正価格で買い取ってもらえれば問題ないので、特に気にすることなく交渉に移る。
「買い取り額はどのくらいになる?」
「はい。こちらすべて合わせて、七万ジークになりま――」
「それじゃあダメだ。ここは、六万六千ジークが妥当な金額だ」
「いい加減にしてよ! 今お客様の対応をしているのは私なの。邪魔しないで!!」
「だ、だが」
結局のところマネーネが提示した七万ジークで取引することになったのだが、何とも居心地の悪い取引となってしまった。これが続くのであれば、商業ギルドの買い取りも危ういかもしれない。
そんなことを考えていると、俺の考えを顔色から察知したマネーネが、父親に謝罪と二度とこのようなことをしないと約束を取り付けていた。その有無を言わせない言葉に、さすがの男も上客を失う損失のことを考えて素直に従っていた。
「申し遅れましたが、私は商業ギルドのギルドマスターをやっておりますマネルーと申します。今後とも、商業ギルドをご利用いただけると幸いです」
「まあ、考えておく」
マネルーの言葉に曖昧な返事をした俺は、買取金の七万ジークを受け取ると、そそくさと商業ギルドを後にした。部屋を出る際、マネルーに対してマネーネの説教が始まっていたが、気にすることなく、俺は部屋を出た。哀れ、ギルドマスター。哀れ、娘を持つ父親。
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