420話「デノス、恩人の奇行に思案する」
~ Side デノス ~
「くそ、まだか。まだ見つからないのか!?」
「も、申し訳ありません!」
デノスがブ男貴族のロドリゲスと対峙した翌日、ガルガンドール家の人間は慌しく動いていた。突如として、当家の令嬢が失踪したからである。前日の夜まで彼女がいたことは使用人たちからの証言でわかっているが、彼女が寝室で就寝して以降彼女の姿を見た者はおらず、翌日の朝になって彼女が忽然と姿を消していることに気付いたのだ。
報告を受けたデノスは、すぐに敵対する派閥の策略かと考えを巡らせるが、ディノフィス王国の貴族の中にそういった思想を持つ貴族はおらず、珍しいことに国王を頂きとする一枚岩で成り立っていた国だったため、彼はその考えを破棄する。
となってくれば、怪しいのは昨日のバグズビー家当主を名乗ったあの貴族ということになるのは安直だが最もしっくりくる結論だ。だが、かの貴族がやったという証拠もないため、仮にそうであっても追及するのは難しいだろう。
兎にも角にも、今は娘の捜索を優先するべく現在街の中を人海戦術を使って探しているものの、彼女の痕跡すら見つけ出すことができず、デノスの顔に焦りが生ずる。
目的は一体なんであるかと考えるが、ただの意趣返しにしては悪質であり、仮にも民の上に立つ貴族であるのならこのような下劣な手段を取るなどあってはならないとデノスは内心で憤慨する。
いたずらに時間だけが過ぎて行き、彼女がいなくなってから数時間後、捜索していた騎士たちから彼女を発見したという報告が入った。
「チェリーヌ! 無事だったか!!」
「お父様」
数時間ぶりの無事な娘の姿にデノスは安堵し、彼女を抱きしめる。彼女もまた自分が助かったと自覚したことで、涙ながらに自分の無事を喜んでいた。
しばらくそうしていたが、事が事だけに娘から事情を聞かなければならないと思い、デノスは娘に問い掛ける。
「お前を攫った者が誰かわかるか?」
「いいえ、気付いた時には両手両足を縛られ、声も出せないよう口に布を詰められておりましたので」
彼女の返答に、デノスはだろうなと納得する。元貴族とはいえ、現在のディノフィスの実態は国が存在していた頃とほとんど変わっていない。デノスもまたガルガンドール侯爵領を現在も任せられている人物であり、爵位自体もアルカディア皇国によって認められている。だが、実際は領地を治める代官という立ち位置にあり、皇国から人が派遣されてくれば、その者に領地の統治権を明け渡さなければならないのが彼の現状である。
そんな人間をわざわざ裏から貶める必要性はなく、正面から命令すればいいだけの話であるため、今回のような暴挙に出る意味がない。となってくれば、デノス自身に恨みを持った個人的な犯行である可能性が高いということになる。
「そんな状態で良く逃げ出せたものだな」
「実は、助けていただいたのです」
「助けてもらった? 誰に?」
「それがわからないのです」
デノスの問いにチェリーヌも困惑した状態で返す。彼女の話を詳しく聞くと、自分が捕まっていたところ突然目を塞がれ、その状態でいくつか質問されたらしい。そして、質問が終わると、安全な場所に移動する旨を伝えられ、気付いた時には捉えられていた部屋から移動していたとのことだ。
声の高さから最初は女性かとも思ったが、多少粗野でぶっきらぼうな物言いが多かったことから、声変わりしていない少年だと彼女は予想していた。
「少年だと? その少年がお前を助けてくれたのか?」
「ええ、姿は見えませんでしたが、声質と手の大きさからその者が成人していない少年であることは間違いないかと」
姿を見ていない以上、魔法を使って少年のように見せかけているという可能性もあるとデノスは考えた。だが、そういった相手を謀る系統の魔法にはかなりの素質が求められるため、余程の実力者かそれに準ずる魔道具を所持していたというのが妥当であると彼は判断した。
(あるいは、本当に実力者の少年という線もあるか)
かなり低い確率となってしまうが、娘を助けてくれたその少年がそれだけの実力を持っていたという可能性もあり、どちらにせよ実力者であることに違いはない。だが、そうなってくると不審な点がいくつか浮き彫りになってくる。
チェリーヌを貴族の令嬢として助けてくれた以上、家に対してなんらかの褒賞を求めてくるはずだ。だというのに、娘の話を聞けば手で両目を塞がれた状態でやり取りが行われている。このことから、娘を助けてくれた相手が褒賞を求めておらず、自分の素性を明かしたくないということを示唆する行為だとデノスは思い至った。
では、一体何のために助けてくれたのだろうかという疑問に立ち返ることになり、ますますもって娘の恩人の行動が理解できなくなっていく。
(まさか、たまたま散歩してたところに捕まったチェリーヌがいて、そのついでに助けてくれたとか……なのか?)
デノス自身その状況を思い浮かべて違和感があり過ぎる内容だったが、恩人の行動に理由を付ける際のものとしては嫌にしっくりとくるものであったため、彼としてもはっきりと否定できないのが複雑なところだ。
もし、デノスの考えた内容が正しかった場合、最愛の娘であるチェリーヌが助かったのは、彼がたまたま気晴らしに散歩をしていたからという偶然であると決まってしまうのだ。
家族としては、娘が助かったのは偶然ではなく必然であってほしいというのが正直な感想であるが、一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていた可能性もあるため、偶然でも再び自分のもとへ帰ってきてくれたことを喜ぶべきだと考えを改める。
「お父様、どうかされましたか?」
「ん?」
そんな考えを巡らせていると、チェリーヌが訝し気に問い掛けてくる。いろいろなことが起こったことで、普段よりも考えることが多くなっていただけなのだと納得させ、最愛の娘に問題ないと言ってやる。
「いいや、なんでもないさ。今日は疲れただろう。ゆっくりと休みなさい」
「いいえ、お父様! 休んでいる場合などではありません!!」
「むっ?」
普段大人しいはずのチェリーヌがここまで感情を露わにすることは珍しかったため、思わず狼狽えてしまったが、今回の一件で思うところがあったのだと思っていた。だが、実際は――。
「一刻も早く、私を助けてくださった方を見つけなければなりません! 貴族として、何より一人の人間として礼を失するなどあってはならないのです!!」
「そ、そうだな」
「では、今から探しに行ってまいります!」
「あ、ああ。……チェ、チェリーヌ。ま、待ちなさいっ!」
などと気合十分のチェリーヌに気圧されながらも、何とか頷くデノスだったが、鼻息荒く屋敷を飛び出していこうとする彼女をなんとか押し留めることに成功し、恩人探しはまた次の機会にすることを約束させた。
こうして、一時は慌しかったガルガンドール侯爵家に平穏が訪れたが、未だ疑問が残る恩人の行動にデノスは再び思案を続けるのであった。
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