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409話「ファンタジーでありがちなアレコレ」



 男の怒号が、人々が往来する中で響き渡る。何事かと足を止める者がいることも気にせず、男が捲し立てるように言い放つ。



「お前とぶつかったせいで、俺様の一張羅が汚れちまったじゃねぇか。どう落とし前つけてくれんだ? ああっ?」


「す、すみません。許してください」



 怒鳴られているのは、この街にいる一般的な女性のようだが、この世界の顔面偏差値はかなり高い水準にあるようで、そんな一般女性でも俺がいた元の世界の基準から見ればかなりの美人さんなのだ。



 一方の男は、そんな言い掛かりをつけるような人間であるからして、その風貌も荒くれ者といった感じであり、街中にいなければ盗賊と間違えられても仕方がないといった様相だ。



「何事だ?」


「何でも、あの女性が男にぶつかって服を汚したから落とし前つけろって騒いでいるらしい」


「本当かよ。それって、ただの言い掛かりじゃないか?」



 俺の前にいた男性たちが小声でそんな話をする。その中の情報として怒鳴っている相手の男はCランク冒険者であり、かなり腕っぷしの強い冒険者として有名らしい。そのため、女性を助けてやりたいのはやまやまだが、下手に首を突っ込めば男に何をされるかわかったものではないということで、誰も助けに入りたくても入れないといった状況のようだ。



 女性も何とかこの場を収めようと謝罪を繰り返すが、男は断固として女性を責め続けており、話が平行線のままになっている。だが、ここで男がいやらしい顔を浮かべながらある提案をしてきたのだ。



「まあ、俺様はこう見えてCランク冒険者様だ。今日一日俺様に付き合ってくれんなら、お前のやったことを許そうじゃねぇか」


「そ、それは困ります」


「ああ? この俺様が誘ってやってんだ。お前は黙って俺についてくりゃあいいんだよ!」


「や、やめてくださいっ」



 自分の誘いを断ったことが癪に障ったらしく、先ほどよりも激しい怒鳴り声を出す。そして、実力行使とばかりに女性の腕を引っ掴んで、そのままどこかへと連れて行こうとしていた。



 女性もこのまま連れて行かれればどういう目に遭うかは理解しているため、なんとか連れて行かれまいとするが、女と男の力ではそれに抗うことなどできるはずもなく、無理矢理引っ張られる。



 このままでは女性が連れて行かれてしまうと思った刹那、女性を掴んでいた男の腕を掴む者が現れる。そのことに一同は騒然とするが、現れた人物はそんなことはお構いなしに男に話し掛ける。



「それくらいにしておけ」


「なんだぁ? この俺様に文句があんの――て、てめぇは【紅のシーラ】」


「これ以上狼藉を働こうというのならば、Bランク冒険者であるわたしがお前の相手をしよう。尤も、お前がその女性に対して求めている相手という意味とは違う意味の相手になってしまうだろうがな」



 そう言うと、Bランク冒険者と名乗った女冒険者は掴んでいた手に力を籠める。そのタイミングで誰かが通報した衛兵がやってきたため、男の立場はさらに悪くなっていく。



「何の騒ぎだ?」


「ちっ、覚えてやがれ」



 衛兵の登場にさすがの男もこれ以上何もできないと判断し、女冒険者の手を振り払って人ごみへと消えていった。女冒険者も衛兵に事情を話すと、そのまま去ろうとしていたが、助けられた女性がお礼を言うため彼女に話し掛けた。



「あ、あのっ、ありがとうございました! 何とお礼を言っていいやら」


「気にするな。わたしはこれで失礼する」


「本当に、ありがとうございました!」



 そんなやり取りをしたあと、女冒険者もすぐにその場を去っていった。いきなり始まった異世界によくありそうなイベントに人知れず内心で感動しながらも、俺は再び散策を続ける。



 ……なに? なんで女性を助けてやってやらなかったのかって? 目立つからに決まっているだろうが。それに、男が人気のない場所に女性を連れて行ったら助けるつもりではいたのだ。俺としてもこういう理不尽がまかり通るのは間違っていると思うからな。



 しかし、そうなる前にさっそうと現れた女冒険者によって女性は事なきを得た。俺自身も目立つことなくちょっとしたイベント気分でさっきの一幕を楽しめた。これぞまさしく、ウィンウィンの関係というのではないだろうか? ……違うか。



 とにかく、当事者たちがその場から退場したことで、仕事のなくなった衛兵もそれを見ていた野次馬たちもいなくなってしまったため、俺もあてもなく歩き出す。



(……付けられているな。何が目的だ?)



 しばらく街を散策していると、いつからか俺を観察する視線があることに気付いた。たまたま俺が目に入ってしばらく見ていたとなれば偶然で片付けられるが、その場から移動してもその視線がなくなることはなかった。それが意味するものというのは、偶然ではなく明らかに俺という人間を意識して追跡してきているということに他ならない。



 アルカディア皇国の手の者かとも思われたが、未だアロス大陸襲撃失敗の報告がされていない以上、それは考えにくい。すべての状況をリアルタイムで見ることができる魔道具などがあれば話は変わってくるのだが、もしそうならば、俺がこの大陸に向かってきている時に何かしらの妨害工作があるはずなので、その可能性も低い。



 ひとまずは、後を付けて来ている人間の目的が不明慮であるため、それを確認するべく俺は行動に移すことにする。まず、人気のない狭い裏路地へと移動し、追跡者がやってきていることを確認すると、路地の曲がり角を利用して壁伝いに屋根の上へと登る。すかさず気配と姿を消し、追跡者が現れるのを待ってみると、そこにいたのは意外な人物であった。



「……どこに行ったのかしら?」



 現れたのは、先ほど女性を助けていたあの女冒険者だった。二十代前半の栗色の髪のショートカットに整った顔立ち、ビキニアーマーに包まれた豊満で魅惑的な体つきをしたセクシー系のお姉さんといった見た目をしている。よくゴブリンに襲われてそうな印象を受けた。



 しばらく上から観察していたが、特に明確な敵意を向けてきたわけでもないので、そのまま黙って姿を消そうと考えていたが、それが逆にトラブルを呼び込む原因となってしまった。



「だ、誰だ!?」


「おやおや、こんな人気のないところにあんたみてぇな上玉がやってきてくれるとはな」


「ただのゴロツキか。あんたには用はない。とっととどっかに行きなさい」


「そう連れないことを言うなよ。それにしてもいい体をしていやがる。少し、味見をさせてもらおうじゃねぇか」


「く、来るな!」



 そこに現れたのは、軽装に身を包んだ中肉中背の男で、見るからに堅気の人間じゃない雰囲気を持っていた。実力的にも、女冒険者と同等かそれ以上であるということがわかる。女冒険者もそれを肌で感じ取っている様子で、男から距離を取りつつ腰に下げた短剣を抜き、戦闘態勢を取った。



 そんな女冒険者の対応など歯牙にもかけず、彼女との間合いを徐々に詰めていく、その動きは洗練されており、無防備に見えて実のところは隙がまったくない様子だ。



「責めるなら、こんなところに一人で出歩いた自分のことを責めるこったな」


「くっ」



 女冒険者が攻撃するが、その攻撃は空を切り当たらない。そればかりか、瞬時に懐に入られ壁際へと追い詰められてしまう。



(えっと……ああ、あったあった)



 その間俺はどうしているかといえば、屋根の上にある物で何か攻撃できるものがないか探していた。ちょうどいいところに大工が持ち帰るのを忘れたのか、建材に使ったとみられる石のレンガが数個置いてあったため、ちょうどいいとばかりにそれを利用させてもらうことにする。



 男が、壁際に追い詰めた女冒険者に襲い掛かろうと、俺に背を向けている。そのタイミングで、俺は殺気を消した状態でそのレンガを加減して男の頭目掛けて放り投げた。



 まるで吸い込まれるように男の頭目掛け鈍い音を立ててレンガが直撃する。「うっ」という男の呻き声と共に地面に倒れ、そのまま気絶したようだ。当たり所が悪ければ死んでいたが、そこは絶妙なコントロールで上手く気絶だけに留めることに成功した。



(さて、これでもう大丈夫だろう)



 女冒険者の無事が確保されたことを確認した俺は、そのまま何事もなかったかのように散策を再開し、良きところで宿に戻ってその日を終えた。

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