402話「商談その1」
「これは?」
「まあ、見てくれ」
テーブルに置いた商品を、マニールは真剣な目で見る。その目は商人のものであり、その品の価値を見極めようとする意志が感じられる。俺が取り出した品は、角ウサギの毛皮だ。
もちろん、何の変哲もない毛皮というわけではなく、ちょっとした手が加えられているものなのだが、果たしてマニールは気付くのだろうか?
「こ、これをどこで手に入れたのですか?」
「商人にとって重要なものが何かがわかるのなら、その問いには答えられないことは理解できているはずだ」
「そ、そうですね。失礼しました」
商人にとって仕入れルートは仮にその商品を独占していた場合、重要な情報となり得るものであり、扱う品物の希少性が高ければ高いほど国家機密レベルの情報として扱うべきものだ。それをむやみやたらに他の人間に吹聴することなど決してあってはならないことだ。商人以前に人間性を疑う行為である。
話を戻すが、俺が取り出した角ウサギの毛皮は穴一つなく、さらには加工が容易にできるよう正方形にカットされたものである。技術力の高かった現代では、そういった布地や原材料などは見栄えも重要視されたため、一定の大きさや形で揃えることが当然とされている。スーパーで売られているキュウリなどの野菜類がいい例だ。だが、中世ヨーロッパ程度の文明力しかないこの世界では話が違ってくる。
通常こういった毛皮は剣や弓といった武器で仕留めることが多いため、一匹当たりの毛皮として使用できる部分がかなり限られてくる。毛皮を傷つけないよう頭部に攻撃をするという方法もあるが、そういった高い技術を要する人間が冒険者の中にごろごろといる訳がない。したがって、必然的に質のいい毛皮は希少性の高い商品となってくる。
では、俺がマニールに出した毛皮はどうなのかといえば、傷が付いていないのはもちろんのこと、その毛皮も一定の大きさと形で揃えられており、このまま贈り物として使用しても問題ない程の品質を持っていた。マニールが驚愕したのにはこれが関係していた。思わず、仕入れルートを聞いてくるという商人としてのマナーを破るほどに……。
俺としては、傷を付けずにモンスター仕留めることは簡単なことであり、解体自体もスキルを使用すればいくらでも可能であるため、まとまった数を量産することは難しくはない。
「それにしても驚きました。いくら角ウサギの毛皮とはいえ、これほどまでに質の良いものはなかなかお目に掛かれませんよ」
「それで。この毛皮は買うか?」
「もちろんです! こんないいものを買わないなど商人としてあり得ません」
角ウサギは、体長が三十センチから大きい個体ともなれば五十センチを超える個体も存在していることから、皮袋の材料からちょっとした装備品のつなぎや革靴としても用途が様々存在する。そのため、素材そのものとして直接取引されることも珍しくなく、俺が取り出した毛皮はマニールとってはお宝といってもいいのだ。
さらに俺は、今まで売り払う機会のなかった毛皮を取り出してやり、二十センチ四方が百枚、三十センチ四方が五十枚、そして四十センチ四方を三十枚テーブルに並べる。ここまでくると一個人のやり取りとしてというよりも卸業者のようになってしまうが、金を工面するためということで細かいことは気にしないことにした。
もちろんだが、怪しまれないよう魔法鞄から取り出した風に見える細工も忘れないようにする。ストレージから取り出すと、何もないところから物が出てきたみたいになるからな。
積み重ねられていく毛皮にあわあわとしているマニールだったが、すぐに平静を取り戻し、目の前に積まれた毛皮に目を輝かせている。
ちなみに、どこからこれだけの毛皮を持って来たのかといえば、ブレスレットの材料を回収しているダンジョンの階層に角ウサギが出没することがあり、たまに回収用のゴーレムがやられることがあった。その対策として戦闘用ゴーレムを何体か設置したことで回収用のゴーレムがやられることはなくなったのだが、その分角ウサギなどのその階層のモンスターの死骸がストレージに溜まっていく結果となってしまい、使いどころに困っていたところであったのだ。
「ま、まさかこれほどの量とは、ローランド様はかなり上位の冒険者様なのですね。これだけの量となると、その鞄は魔法鞄なのですね」
「まあそんなところだな。で、いくらになる?」
マニールの世辞を軽く受け流し、彼に本題をぶつける。低級の角ウサギであるということもあって、高額は付かないまでも、それなりの値段になるのではないかと考えている。
これよりも上質な毛皮がないにしても、劣化品が出回っている以上、劣化品の買い取り金額に二、三割を上乗せした金額になるのではと予想している。さあ、彼の答えや如何に?
「そうですな。であれば、一番小さい毛皮を一枚七百ジーク、真ん中のものを千二百ジーク、大きいものを二千五百ジークとして合計が……少々お待ちを。……二十万五千ジークではいかがでしょうか?」
「ほう」
マニールの言った査定価格に、俺は思わず感心する。彼の査定結果を聞く前にスキルによって出ていた相場は、小さい毛皮で二百から三百ジークと出ており、真ん中は四百から五百、大きいものは千から千二百と出ていたからだ。つまり、数字として見れば相場の倍以上の値段を付けたことになるのだ。
ただの角ウサギの毛皮にそこまでの価値があるのか甚だ疑問ではあるが、この街で一番と言われた商会の代表を務めるほどのマニールがそう判断したのであれば、それが正しい査定であるのだろう。
「本当にその値段でいいのか? 相場よりもかなり高値だろう?」
「これほどの品質であれば、問題ないと判断した結果の値段ですのでお気になさらず」
「それなら構わないが」
俺がその値段で納得したと見るや、すぐさま従業員に買い取り金を持ってくるよう指示をマニールが出す。どうやら、俺の気が変わらないうちに何としても手に入れたい様子が伝わってくる。
まあ、金額的には相場の倍の値段であることはわかっているので、こちらとしては文句はないが、そこまで躍起になる品なのか俺には理解できない。
すぐに従業員が買い取り金の入った袋を持って来たので、それを受け取り取引が完了した。一応、念のため中身を確認してほしいとのことだったので確認すると、金貨が二枚に銀貨が五枚入っていた。
言い忘れていたが、どうやら最低硬貨の銅貨一枚が十ジークとなっており、今回は十万ジーク硬貨の金貨二枚と千ジーク硬貨の銀貨五枚の支払いとなるようだ。
「確かに受け取った」
「こちらも、良い取引ができました」
「これで取引は終了……と言いたいところだが、もう一つ買ってほしいものがある」
「ほう、なんですかな?」
とりあえず、まとまった金を手に入れることはできた。だが、俺が保有しているアロス硬貨と比べれば、まだまだ足りない。そこで、俺はマニールに更なる取引を持ち掛けてみることにした。
大口の取引を成立させたことで安心しきっていた様子のマニールだったが、俺の言葉を聞いて再び真剣な表情を浮かべる。角ウサギの毛皮という有用な品物を提示したことで、俺がもっているものに価値があることを理解した彼の顔は期待に満ちていた。
マニールが注目する中、俺は再度テーブルにある商品を並べ始めた。
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