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392話「当然の末路」



 突然起きた出来事に、その場の空気が一変する。その一言で場の空気を変えてしまうほどの力を彼女は持っていた。



 シェルズ王国第一王女ティアラ・フィル・ベルベロート・シェルズ。シェルズ王国次期王位継承者にして、現国王の娘である。



 透き通った声は、それほど大きいわけでもないのに建物内の端から端まで響き渡り、その凛とした雰囲気は、高潔という言葉が相応しい程に澄み切っている。



 見る者が見れば、その場にいるだけで自らの意志で頭を垂れる存在であり、シェルズという国に属している以上、決して無視できる相手ではない。



 尤も、普段の彼女はどこかおっとりしているため、俺からすればただの少女と何ら変わらない存在でしかない。普段からこういう態度を取っていれば、こちらとしても尊重する気も起きるというものなのだが、今はそういう苦言を言うつもりはなくただ沈黙を貫くことに徹する。



 ティアラを無視して行きたいのだろうが、ただの一子爵家当主であるドルバードがそんなことができるわけもなく、彼女の登場に顔を青くしている様子だ。



 さらに、追い打ちをかけるようにティアラの両隣にはローレンとファーレンという上級貴族の令嬢が控えており、立場的にはドルバードよりも上な存在だ。



 通常貴族当主の子弟たちは、当主が持つ爵位の一つ下の位の扱いをされることが多く、今回辺境伯令嬢のローレンは伯爵扱い、公爵家令嬢のファーレンは侯爵扱いとなり、ドルバードの持つ子爵よりも位が上となる。



「な、なな、何故、あなた方がここにおられるのです!?」



 そう返すだけで精一杯のドルバードを、俺は冷ややかな目で見つめる。先ほどまでの傲慢さは霧散し、焦りと困惑の色が表情から窺える。



 そんな様子のドルバードに構うことなく、ティアラは笑顔を張り付けたまま表面上にこやかに対応する。もちろん、目は笑っていない。



「ここは王家のお墨付きをもらっている商会です。王族である私がこの場にいても不思議はないはずですが?」


「私はティアラ殿下の付き添いで」


「右に同じくですわ」



 ティアラ、ファーレン、ローレンの順にドルバードの疑問に答える。ただ、その声色は好意的なものとはかなりかけ離れており、武家の出であるローレンに至っては、多少殺気が混じっている。



 そんな針のむしろ状態のドルバードを助ける者などおりはせず、さらにティアラが追い打ちを蹴るようにドルバードに追及の手を伸ばす。



「ところで、何やら面白いことを言っていらしたわね。この商会の品に不備があったとか」


「おかしなことですわね。この商会の商品は私たちも利用させていただいているというのに」


「何か妙な使い方でもしたのではないですか?」


「そ、それは……」



 彼女たちの追及に額に汗を滲ませながら、何か上手い言い訳はないか考えている様子のドルバード。だが、元はいちゃもんに近い物言いだったため、ドルバードの主張自体に正当性はなく、番頭とはいえ一庶民のアロエラの反論にすら言い訳できなかったのだ。それが王族のティアラの追及ともなれば、ドルバードの焦り様は胸中穏やかではないだろう。



 ドルバードが俯き何も言わないことを怪訝な表情を浮かべつつ、ティアラはさらに追及の手を緩めない。……意外にこの子執拗に攻めるタイプなんだな。



「どうしました? 黙っているということは、あなた自身に非があるということを肯定すると受け取られるのですけど」


「違うのです! 私は騙されたのです!! 悪いのは、私を騙した商会であって――」


「お黙りなさい! この期に及んで、自身の失態を人に押し付けるとは言語道断。恥を知りなさい!」


「ひぃ」



 ティアラの声が商会に響き渡り、ドルバードの情けない声が響き渡る。その声は怒気をはらんでおり、一般人であれば動けなくなるほど威圧的なものだ。それに加えてティアラの両脇に控えているローレンとファーレンも鋭い視線を向けており、特にローレンに至っては殺気にも似た覇気を纏っている。……おいおい、そんな殺気を飛ばしたら死んじまうぞ。



 ドルバード自身からすれば、どうしてこんなことになってしまったのだろうという心境だろうが、事前に情報を掴ませ、誘い込むように仕向けたのはこちら側だ。



 ティアラたちに依頼した内容は、貴族という身分を振りかざして来るテンバーイ商会のパトロン貴族を、同じ身分を持つ者として相手をしてほしいという軽いものだった。



 転売ヤーとして悪名を轟かせていたテンバーイ商会の情報は簡単に入手でき、その商会でパトロンとなっているドルバード子爵の情報も上がってきた。今回の一件でドルバード子爵が出張ってくる可能性は高く、コンメル商会としてもその対策をしっかりして抜かりなく事に当たるように動くつもりだったが、ここである懸念事項が出てきてしまう。



 それは、ドルバード子爵の主張を退け、こちらの正当性の証明が仮にできたとしても、貴族という身分の前にその正当性が失われる可能性があった。



 あまり気にしたことはないのだが、庶民と貴族の間には隔たりがあり、庶民の主張と貴族の主張では個人としての価値から貴族の主張が通る場合が多い。仮に正当性が庶民にあろうとも、爵位と領地を治める貴族を糾弾してしまうことによる国としての損失やその後任を探す手間などを考慮すれば、貴族に正当性がなくともある程度の些細なことであれば見逃されれるケースがあるのだ。



 現代で言えば上級国民に相当するのだが、その上級国民がやらかしたある有名な事件が存在する。それは明らかに上級国民である人間に非があるにもかかわらず、過去の功績や現在の地位などが考慮された結果、平等性を求められる法において真っ当な判決が下されなかったという事例が発生した。



 そして、その事件に対する損害賠償の裁判が行われた際、往生際が悪いことにこちら側に非はないのだからとばかりに損害賠償の減額を求める始末であった。



 こういったことが現代でも横行していることを鑑みれば、中世レベルの文明しかないこの世界で権力がいかに絶大なものであるかということが理解できるだろう。



 そういった身分による強権を行使して逃げられないようにするために、俺はティアラたちに協力を求めたのである。国という組織の中で最高権力を持つ王家と、辺境伯や公爵の位を持つ上級貴族に属する令嬢という国内でもトップレベルの身分を持つ彼女たちを敵に回して、下級貴族のドルバード子爵が無事で済むはずはない。



「そういえば、近々バルゾン子爵家に監査団を派遣するとお父様が仰っていましたね」


「え?」


「バルゾン家は、あまりいい噂を聞かないと私たち王族の間でもよく耳にします。何も見つからないことを祈っておりますわ」


「そ、そんな……あの【掃除屋】が」



 監査団とは、王城から派遣される貴族が与えられた職務を全うしているか、あるいな何か法に触れるような悪事を働いていないかを調査するための機関であり、【掃除屋】という通り名まで付いている。



 かの組織が動く時、何かしらの悪事が暴かれ、まるで国に蔓延る不浄な汚れを掃除をしたかのように綺麗になってしまう様子から、いつからか国の上層部や名のある商人たちは畏怖の念を込めて【掃除屋】と呼ぶようになった。



 ある一定の地位を持つ者にとって、腹に一物抱えていることは珍しいことではなく、かの組織が動くことを極端に恐れている。それは目の前で項垂れるドルバードも同様だったようで、別の意味で顔を青白くさせていた。



 ひとまずはこれで決着となったが、今回は営業妨害という形で憲兵に連行されることになり、取り調べを受けることになる。だが、ドルバード子爵にとって地獄待っているのはその後やってくる監査団だ。



 後日談だが、彼らの働きによって余罪を含めた数多くの不正の証拠が浮き彫りとなり、ドルバード子爵は爵位剥奪の上死罪が言い渡された。幸い跡継ぎだった息子は、父親のドルバード子爵に嫁いでいた母親がまともに育てたらしく、その将来性が見込まれ、成人と同時に男爵の位が与えられることで、辛うじてバルゾン家が滅亡する難を逃れた。



 最終的に、ドルバード子爵が加担していたテンバーイ商会もその余波を受け、取り潰されることとなり、商会長が持つ商業ギルドのギルド資格も抹消され、再登録も不可能となった。事実上の引退である。



 一方のコンメル商会は、ますます商会としての評判を上げ、今回の一件とミックスジュースという新たな商品が王都中で話題となり、さらにその名を轟かせることになったのである。

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