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391話「クレーマー貴族」



「失礼する」



 ティアラとの作戦会議を経た二日後、突然不遜な態度の男がコンメル商会へと訪れる。身なりは明らかに貴族の装いで、仕立てのいい服ではあるものの体型自体はかなりメタボな体つきをしており、はっきり言って服に着られている感が否めない。



 年の頃は四十代といったところだが、それにしてはかなり頭頂部が……いや、この話題はやめておこう。いつか俺にブーメランとなって跳ね返ってくるかもしれない。



 とにかく、あまり穏やかな雰囲気で来店したような人物ではないという印象を受ける。すぐに店員が対応するため声を掛けると、使用人らしき人物が持っていた樽を床へと降ろし、店中に聞こえるのではないかという怒号で来店の目的を告げる。



「いらっしゃいませ。本日はどういったものをお探しでしょうか?」


「この店でミックスジュースなるものを買ったのだが、飲んでみたら腐っていたのだ! この店は客に腐ったものを出すのか!?」


(なるほど、そっちのパターンできたか)



 俺は事前に相手がやってきそうな嫌がらせに当たりを付け、それぞれのパターンに合わせて対応するように店の人間には伝えてある。そして、今回のパターンは俺の予想した範囲の中にあったパターンであった。



 ちなみに、他のパターンとしては異物が混入されているパターンと入っていた中身が違っていたと訴えてくるパターンだ。どちらにせよただのいちゃもんでしかないため、こちらとしては適切な対応を取るだけだ。



「お客様大変申し訳ございませんが、こちらの商品、購入された日付は覚えておいででしょうか?」


「そんなものは知らん!」


「そういった方のために、我が商会では樽の底部分に中身が封入された日付を記載しております。確認しますね」



 そう店員が告げると、樽の底を確認する。すると、その日付は二日前という記載があり、購入されてからそれほど時が経っていないことがわかる。液体であるミックスジュースが僅か二日足らずで腐るわけもなく、この時点で男の主張に無理があることがわかる。



「お客様、妙な言いがかりをつけられては困りますね」


「なんだと!?」


「記載では二日前となっております。我が商会の見立てでは、七日間放置したとしても中身が腐ることは万に一つもございません」


「この私が嘘を言っているとでも言うのか! この店は客を嘘つき呼ばわりするのか!?」


「……では、こうしましょう。こちらをどうぞ」



 そう言って店員はミックスジュースの代金分を男に差し出す。簡単に説明すれば、返品という形で男が持って来た樽を回収し、その場でミックスジュースを試飲して本当に腐っているのかどうかを確かめるという方法を取るのだ。



 俺が遠目から解析を使って調べてみたが、腐っているという情報はどこにも記載されていない。つまり、この時点で男の言葉が嘘ということになる。しかし、ただそれを声高に行ったところで様子を窺っている客も目の前の男も納得はしないだろう。



 だから、一度こちらで回収し男の目の前で腐っていないことを証明するために飲んで確かめるのだ。本当に男の言葉が正しいのならば、飲んだ者は腹を壊すはずだ。そうでないなら、こちらに正当性があるという証明にもなる。



「ということですが、よろしいでしょうか?」


「ぐ、いいだろう」



 他の客の目がある手前、ここで断ったら不利な状況になると思ったのか、店員の提案にあっさりと男は乗った。まあ、どちらに転んでも男に主張に正当性がない以上不利な状況となるのは目に見えているのだが。



 そして、結果はどうかといえば、言わずもがな男が持ってきた樽の中身を飲んでも腹を壊すことはなかったのだ。



「いかがでしょうか? これでこちらに非はなくお客様の勘違いであったことがお分かりいただけたと思いますが……」


「こ、これは何かの陰謀だ。この儂を陥れようとする何かの策略だ!!」


「仰っている意味がよくわかりません」



 まさに支離滅裂とはこのことで、自分の思い通りにならなかったことが腹立たしいとばかりに謂れのない悪態を吐きだす始末。だが、そんなことで逃げれらると思ったら大間違いである。



「儂を誰だと思っている!?」


「名乗られておりませんので、存じません」


「バルゾン子爵家当主、ドルバード・フォン・バルゾンである」


「左様でございますか。私は、このコンメル商会で番頭を務めているアロエラと申します。改めて、バルゾン子爵閣下。此度の件は、あなた様の勘違いということでよろしいですね?」


「ふざけるな! この儂直々に抗議にやってきておるのだ! だというのに、この店の対応はなんだ!?」



 まさに売り言葉に買い言葉――ただし、こちらは真っ当な返しをしている――、取り付く島もないといった具合で、一向に自身の非を認めないドルバードに対し、あくまでも冷静にアロエラは対処をする。



 そして、子爵にとって致命的となる言質を取られたことに気付いていない彼は、すでに自分が逃げられないということに気付いていない。



 そのことを理解しているのか、アロエラはにやりとした笑みを浮かべる。それを怪訝に思った子爵が彼女の態度を追及する。



「貴様、何を笑っているのだ!?」


「いえ、これほどまでの暴挙に出て、閣下の貴族としてのお立場は大丈夫なのかと思いまして」


「なんだと?」


「あちらをご覧ください」


「な、ば、馬鹿な」



 あれほどまでに勢いづいていたドルバードが、ここにきて勢いを無くし、顔面蒼白となっている。その視線の先には、天井から吊り下げられたあるものが描かれた旗が掲げられていた。



 その旗に描かれていたものというのは、シェルズ王国において頂点に君臨する存在……すなわち王家の紋章が描かれているものだ。それが意味するものとは、コンメル商会が王家の“お墨付き”を得ているという証拠であった。



 よく○○御用達といった、人気のあるお店などに著名人や富裕層が集う場所という意味で用いられる用語があるのだが、今回の場合王家御用達ということになる。



 つまり、王家が認めた店ということになり、それだけでも店としてのネームバリューが爆上がりをし、王家からお墨付きをもらっているというだけで、人気店に早変わりするという店を構える者にとって最強の集客能力を誇る肩書きなのだ。



 逆を言えば、王家が認めた店を貶したり、何かケチを付けたりする行為は、その王家の顔に泥を塗ることとなってしまい、一定の身分層を持つ人間はその旗があるというだけで手放しで褒めちぎるほどだ。



 下手をすれば、王家に対し反意ありとみなされ、最悪の場合反逆罪に問われる可能性もあるため、ただの旗一つとっても細心の注意が必要なのである。



 というわけで、そんな旗の存在があるにもかかわらず、店の商品にケチを付けたドルバード子爵の心中は穏やかではないだろう。気付かなかったとはいえ、王家からお墨付きをもらっている店の商品を貶したのだから。



「閣下ほどの方であれば、当然存じているかと思いますが。私共コンメル商会は、王家のお墨付きをいただいております。まさかとは思いますが、知らなかったわけではありませんでしょう? 仮にも子爵という爵位をお持ちになっておられるのですから」



 アロエラの言葉にこれ以上ない程ドルバードが顔を歪ませる。彼女の言葉を要約すれば“貴族なんだから我々の店が王家からお墨付きをもらっていることぐらい当たり前に知ってるよな? 知らないっていうのは、貴族としてどうかと思うぞ? 子爵の位持ってんだろ? その爵位は飾りなのか? あぁゴルァ”である。



 もちろん、ドルバードの顔にはまざまざと知らなかったと書いてあり、結果として王家に喧嘩を売ることになってしまっていた。



「あ、ああ、そうだ。急用を思い出したので、儂はこれで失礼する」


「お待ちなさい」



 完全に不利になったことを悟ったドルバードが、逃げるように商会を後にしようとしたが、もはや時すでに遅しな状態であり、今まで様子を見ていたある人物が声を掛けた。

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