387話「転売ヤー現る」
「何? ミックスジュースが転売されている?」
「は、はい……」
ミックスジュースが通常販売を開始して数日後、マチャドのところに顔を出すと、新たにトラブルが発生していた。在庫を確保できるようになってから、限定的な販売ではなく他の露店商品と同じ販売方式に変更し、コンメル商会でもまとめ売りという形で樽単位での販売を始めたばかりの出来事だ。
前世でも転売ヤーなる者が横行し、市場を荒らすという問題がニュースなどでも取り上げられていたが、それは異世界でも同じようで、似たことをする輩がいるらしい。
転売とは、適正価格で売られている物品を買い占めることで、流通――商品が市場に行き渡ることを妨害し、買い占めた品の希少価値を意図的に高める。そうして、相場よりも高い値段を付けて販売し、その差額分が儲けになるという販売方法だ。
一昔前に【ダフ屋】と呼ばれる人種がいたのだが、彼らは野球やサッカーなどの需要の高い人気のチケットを買い占め、チケットを手にれることができなかった人たちに通常の販売価格よりも上乗せした金額でチケットを売り捌き、その差額分を儲けとしている転売ヤーの走りのような存在だった。
現代では、人気アイドルのコンサートチケットなども転売ヤーの餌食となっていたが、事態を重く見た政府が新たな法律を施行し、チケットの転売を行ってはならないという法案を制定したことでチケットを取り扱う転売ヤーはめっきり姿を見せなくなった。
転売の餌食となった品物の中でも、一際悲惨だったのがシリーズ化されている人気ゲーム機が挙げられる。流通の少ない初期の段階を狙って市場に出回っていたゲーム機を買い占めることで、どの店でも品薄状態が発生した。個人向けのネット販売サイトでは、相場の十倍というとんでもない価格で件のゲーム機が転売されるという事態が起こってしまい、ゲーム機を求める消費者たちの嘆きの声が響き渡った。
さらにこのゲーム機を製造している企業の対応が後手後手に回ってしまい、生産の目途が経ったのがゲーム機の発売から二年が経過したということもあって、国内でのシェアを思うように伸ばすことができなかった結果、このゲーム機の一つ前のシリーズのゲーム機が国内シェアを占めることになるという異様なことになってしまったという事例があった。
こういった事態が起こり得ることから、一般的には転売というものはあまり良いことではなく、他人に迷惑をかける行為として多くの消費者に恨まれており、逆にこういったことをする人間が損をしたなどという話を聞けば「転売ヤー、ざまぁ」などという歓喜の雄たけびを上げるのが通例となっているのである。
転売と似ている手法として【せどり】と呼ばれるものが存在するが、せどりの場合は別の店舗やネット通販などで安く売られている物品を仕入れ、相場の価格で売ることでその差額分が儲けになるというものであり、相場で売られているものを買い占め、品物の流通の妨害をすることで相場よりも高い値段で売りつけるといったあくどい方法が転売とは毛色が異なる取引方法だったりする。
転売をやっている者のほとんどが、自身のやっていることに対する正当性を主張しているが、こういった連中がいなければ何の問題もなく商品が消費者のもとに適正価格で行き渡るため、彼らの主張はただの言い訳か自分の行いに対する理由付け程度のものでしかない。
とにかく、ミックスジュースの通常販売が始まって数日で、露店とコンメル商会にはミックスジュースを買い求める人々が殺到し、連日従業員たちはてんてこ舞いに業務に追われている。それを考慮して各従業員に特別手当を出すようにマチャドに指示を出していた。俺はブラック企業の社長とは違って、そういった気配りができる人間なのだよ。
ところが、その人気が仇となったのか、ミックスジュースの類似品が出回るのではなく、コンメル商会が取り扱っている商品そのものを買って他に流している商会が存在するらしい。
「いかがいたしましょうか?」
「うーん」
マチャドの言葉に改めて考えてみる。転売という行為自体に違法性はなく、それを憲兵などの犯罪を取り締まる機関に訴え出たところで、相手にされない可能性が高い。事実、商業ギルドにも同様にミックスジュースを卸していることから、こういった行為も転売に該当してしまうからだ。
もちろん、商業ギルドに利益が出る程度の価格の上乗せは必要なことであり、商品の製造元である俺に許可を取った上で買い取り販売を行っているという前提条件があるからこそ商業ギルドとの取引は転売としては認識されない。だが、今回の場合は俺やコンメル商会に何のお伺いも立てずの無許可での販売であるため、そこはあまり褒められた行為ではない。
「相手の商会からそういった打診はあったのか?」
「いえ、ありません」
「なるほどなるほど」
どうやら、本当にこちらの意向を無視した状態での行いだったようで、マチャドも同じ商人として訝し気な表情を浮かべている。
俺としては、転売自体が違法でない以上、いくら褒められた行為でないとはいえ、罪に問うことはできない。かといって、そういった不正のような行為を黙って見過ごすには些か問題がある。
「一度、商業ギルドに相談してみようか」
「そうですね。そうした方がいいかもしれません」
ということで結論が決まり、俺とマチャドはその足で商業ギルドへと向かうことになった。
商業ギルドに到着すると、またいつもの【貴族モード】になって受付嬢に対応しようとしたが、今回はマチャドがいることもあって、彼にやってもらうことになった。
すぐさま応接室へと通され、しばらく待っていると少し困惑した様子のキャッシャーがやってくる。
何故そんな顔をしているのか不思議に思っていると、それを察したマチャドが説明してくれた。
「おそらくは、僕とローランド様の二人が揃ってやってきたことに驚いているのだと思いますよ。一応と言っては何ですが、王都でも指折りの商会の商会長とその出資者という立ち位置ですし」
「ああ、そういうことか」
マチャドにそう説明されてキャッシャーの反応に納得がいった。商会長とその商会のオーナーのような存在である俺たちが雁首揃えてやってきたとなれば、何か商業ギルド関連で不手際があったのかと考えてしまうのも無理はない。
マチャドの言葉に納得したところで、キャッシャーがおずおずと用向きを問い掛けてくる。
「あ、あのー、本日は一体どのようなご用件でしょうか?」
「ああ、まず断っておくが、商業ギルドが何かしたとかではない。商業ギルドに対しての抗議じゃないから、そこは安心してくれ」
「そ、そうですか」
マチャドの解説は正しかったようで、俺が商業ギルドが原因でないことを伝えると、あからさまに安堵していた。
落ち着いたところで、改めてキャッシャーに商業ギルドにやってきた目的を伝えると、内容を聞いた彼の顔が嫌悪の顔で歪んだ。
「それは……褒められたものではないですね」
「だが、行為自体に違法性はないから、精々が注意する程度のことしか現状はできない」
「でしたら、こうしませんか?」
俺が問題点を指摘すると、キャッシャーがある提案をしてくる。それを聞いた俺はにやりと笑い、彼の提案に乗ることにした。
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