384話「マチャドからの救援要請」
「ロ、ローランド様! た、助けてください!!」
「?」
自宅拡張を行った翌日、俺は開店前のコンメル商会へと顔を出した。すると、従業員が慌てた様子で「商会長がお呼びです」と言ってきたため、その足でマチャドの所へと向かった結果、彼の第一声が先ほどの言葉だ。
何か問題でも起こったのかと視線で先を促すと、困った様子で説明してくれた。
「じ、実は。先日新しく販売を開始したミックスジュースが、かなりの人気となっておりまして、連日長蛇の列を作っているのです。そのこと自体は良いことなのですが、露店の販売元がうちだということは知れ渡っているため、ここ数日ミックスジュースを買い求めるお客様がコンメル商会に詰め寄る事態となっております」
「なるほどな」
どうやら、ミックスジュースが予想以上に売れているらしく、その影響が販売元のコンメル商会に出ているようだ。製造費のコストがほとんど掛からないということで、使用されている原材料の原価を無視して大銅貨一枚という破格の値段を付けたのは軽率だったかもしれない。
それでも、庶民の一食分に相当する金額であるにもかかわらず、そこまでの人気になるとは俺でも予測ができず、こちらとしては少々困惑気味だ。生産量が確保できていないという理由から、一日の販売数を絞っていることも裏目に出てしまっており、ミックスジュースを手に入れられなかった客が、直接コンメル商会に直談判に来たということらしい。
これは早めにゴーレムたちにミックスジュース製造の生産ラインを確保しなければならないようだ。あとは、原材料であるモンスター農園の果樹園も数を増やしておく必要性があるだろう。
今後に必要な設備のあれこれを巡らせていると、マチャドが不安気な様子で問い掛けてくる。商会長としてはこの騒ぎは予想外だったようで、どうすればいいか俺に判断を委ねたいらしい。ってか、お前商会長なんだからなんとかしろよ?
「マチャド。この状況を商会長としてどうするべきだと考える?」
「そ、それは……やはり、お客様の声に応えて販売数を増やすべきかと」
「現状生産数が限られている。下手に増やすと、販売自体ができなくなってしまうぞ」
あくまでも商会の責任者はマチャドであるため、彼自身に商会の方針を決めさせたい。俺は出資者と卸業を兼任しているだけに過ぎないのだ。実質的にオーナーの立ち位置にはいるが、経営自体には携わっていないため、そこは経営を任せている彼に判断してもらいたい。
「ローランド様。一定の生産数を確保できるようになるまで、どれくらいの時間が掛かるでしょうか?」
「……二、三日ってところだな」
マチャドの問いに俺は素直に答える。どうやら、冷静さを取り戻したようで現実的な判断ができる状態になったようだ。いいぞ、それが欲しかったのだ。
俺の期待に応えるかのように、マチャドは商会長としての意見を俺にぶつけてくる。
「では、ある程度の生産の目途が立つまで販売量はこのままとし、一定の生産数を確保できたところで、徐々に販売数を増やしていく……ということでいいでしょうか?」
「まあ、それしかないだろうな」
ちゃんとした答えを出せたことに俺が満足気に頷くと、安堵の表情を浮かべながらマチャドが溜息を吐く。別段そこまで難しい内容ではなかったのだが、突然起こったトラブルだったということもあってか、少々テンパってしまったようだ。
マチャドの言う通り、今下手に販売数を増やしてもいずれ需要が供給に追いつかなくなり、販売自体ができないという最悪の状況になってしまう。であるならば、量を確保できるようになるまで販売数を現状維持のままにし続けなければならない。
当然だが、消費者が望んでいる以上そういった「もっと販売数を増やしてほしい」という要望は上がってくるだろう。時には、心無い言葉をぶつけられる可能性もあり、それが原因で信用を失う可能性だってある。しかし、それはいかなる物事においても付きまとうことであり、こちらとしても供給する側の事情というものがあるのだ。
それを理解してもらうこともまた客商売には必要なことであり、それが客と真摯に向き合うということでもあると俺は考えている。
「かしこまりました。ではそのように――」
「ふざけるんじゃねぇー!!」
今後の方針が決まったところで、建物内に響き渡るほどの怒号が聞こえてくる。どうやら、話し込んでいる間に開店時間を過ぎていたらしく、ミックスジュースを買い求める客が騒ぎ始めた様子だ。
彼らが望むものが甘味である関係上、比率的に女性が多いようで、少数派の男性が主体となって声を上げているようだ。
「もっと売る量を増やしてくれっていうのが、そんなに難しいことなのかよ!」
「お願いよっ、あんな少ない量じゃ買えないわ!」
「そうだそうだ!」
徒党を組んだ客たちがミックスジュースの販売数を増やしてほしいという要望を声高に上げている。だが、残念ながら現状生産ラインが整っておらず、確実な在庫を確保するためにはもうしばらく時間が掛かるのが実情だ。
確かに、少し無理をすれば今よりも量を増やせるだろう。だが、それじゃあブラックな仕事として体を壊す可能性が出てくるため、俺としては無理な作業は避けたい。サービス残業、休日出勤、ダメ、ゼッタイ。
「申し訳ありませんが、販売数確保のため、量に限りを持たせて販売させていただいております。現在、生産量を確保するために動いておりますので、今しばらくお待ちいただければと思います」
やってきた客に向けてそうアナウンスすれば、大抵の人が納得した表情を浮かべてくれたが、中にはこちらの言葉尻を察した客が諦めずに声を張り上げている。
「量に限りがあるっていっても、少しくらいはあるんだろう?」
「それはあくまでも“毎日提供できる”という条件で確保しているものであり、それを出してしまえば、一日に一度ではなく二日に一度になってしまうのですよ。我々としてはそちらでも構いませんよ? 販売する量を増やす代わりに、提供する日にちが一日おきではなく二日おきになっても」
「うっ」
これは事実である。今のところミックスジュースを提供する全工程をこなせる人間は俺だけであり、現状ゴーレムたちにも指示は出せていない。このあとすぐにでも指示を出すつもりだが、それができていない以上どうしても生産が俺頼みになってしまっているのが現実問題なのだ。
指示の内容に関してはそれほど難しい工程はないため、指示を出せばすぐにでも動いてはくれるだろうが、現時点において提供する量は限られている。俺が少し無理をして生産量を増やすことは可能だろうが、そればかりに気を取られたくはないという個人的な感情があるのと、俺だけに負担を掛ける業務が非効率であるという理由から、今はまだ販売数を増やせないという結論となっているのである。
(まあ、俺が面倒臭いだけなんだけどな。正味な話)
などと心の中では超絶個人的な理由を宣っていたりする。……だってしょうがないじゃないか、ヒューマンだもの。
そんなこんなで、マチャドの脅迫染みた一言が効いたのか、最終的には全員が納得しミックスジュースを巡る騒動は終息した。しかしながら、それも一時的なものに過ぎないことはわかっているため、早くなんとかしないと数日後には暴動が起こりそうな勢いを感じた。
「というわけで、これから生産ラインの確保に動くから、マチャドは客の対応をよろしく頼む」
「わかりました。お気をつけて」
こうして、ちょっとした騒動があったが、これから起こるかもしれない暴動を防ぐべく、俺はオラルガンドの自宅へと再び舞い戻った。
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