370話「指導の結果」
「では、これより実技試験を行う。最初にやりたい奴は前に出ろ」
「はい」
時間の経過とは早いもので、あっという間に約束の二週間が経過しようとしている。あれから、結局全校生徒の魔法や戦闘技術に関する内容を一手に引き受ける形となってしまったため、俺は改めて国王に詰め寄った。さすがの国王もこういったことになることを想定はしていなかったようで、しきりに申し訳ないと詫びてくれ、契約の見直しが行われることとなった。
俺が国王と新たに結んだ契約内容は、王立学園の全生徒の戦闘面に関する技術の指導をするというもので、以前の契約とは大幅に異なる内容に変更されてしまった。成り行きでそうなってしまったとはいえ、労力の差があまりにあり過ぎると内心で苦笑いを浮かべてしまった。
以前の契約では、一クラスを二週間受け持って大金貨三千枚という破格中の破格過ぎる報酬だったのだが、数百人在籍している王立学園の生徒全員を受け持つとなれば、その報酬はいかほどになってくるのかと思っていたのだが、さすがの国王もこれには頭を悩ませている様子だった。
「例の土地をタダにするのはどうだ?」
「あれはあくまでも別件の契約だからな。それに、国王ともあろう人物が、一度取り決めた内容を反故にするというのもあまり感心できない。反抗的な貴族に攻撃の隙を与えかねないぞ」
「ぐぬぬ……」
といった具合で新たな業務に関する話し合いは、平行線の一途を辿ってしまい、とりあえず一度業務を終了させ、報酬については後日改めて話し合うということで落ち着いた。
金銭的な報酬を支払うにしても、最低でも大金貨数万枚規模に匹敵する内容となってしまうため、支払うべき報酬が莫大なものとなってしまう。しかし、金銭での報酬に魅力を感じていない俺に報酬として大金貨を支払うというのはあまりいいものではないと感じ取ったらしく、ますます俺の報酬をどうすればいいのか話がこじれてしまっていた。
俺が貴族に忌避感を抱いていなければ爵位と領地を与えたり、かねてより俺に並々ならぬ思いを寄せているティアラたちとの婚約を認めたりという手段も取れるのだろうが、残念ながらそれは俺にとってマイナスにしかなり得ないものであるため、現状国王が形として出せる報酬は金銭による支払のみなのだ。
とにかく、報酬はまたあとで考えるとしてだ。今は与えられた仕事を片付けることに尽力することとする。そういうわけで、レッツ模擬戦だ。
俺の問いに返事をしたのは、やはりというべきかバルドだった。ただし、以前のように俺を侮るような態度ではなく、寧ろ警戒を露わにするような真剣な眼差しを向けている。それだけでも十分な進歩といえる。そうだ。すべては“人を見た目で判断するべからず”なのだ。
「見せてもらおうか? お前がやってきた二週間の訓練の成果とやらを」
「よろしくお願いします!」
「では、試合……開始!」
クラスメイトも以前は口々にバルドを応援する声を上げていたが、今は静かに見守っている。相手が相手だけに勝つことは難しいということと、下手に声を掛けて彼の集中を乱したくないという思惑からの行動だ。ちなみに、審判は前回と同じく学園長のファリアスにやってもらっている。
彼女の合図と同時に身構えたが、バルドが突っ込んでくることはなかった。下手に真っ向勝負をしたところで、ねじ伏せられるということを理解しているのだ。それだけでも十分に成果が出ている。
最初に彼と戦った時以来何度か模擬戦を行ったが、戦う度に確実に戦術を吸収し、今では慎重に戦況を見極める目が培われていた。尤も、この俺を相手にしているのだからできることは限られており、最終的にはボコボコにやられていただけなのだが、それでも得られるものは大きかったようだ。
「行きます」
「ん。逝って良し」
「……はあっ」
文字が違っているという秀逸なギャグにも気付かず、俺の返答にバルドが特攻を仕掛けてくる。当然以前のような油断など微塵もなく、間違いなく全力中の全力だ。
バルドの身体の周囲から魔力が巡っている様子が窺え、身体強化が行われていることがよくわかる。以前彼にはなかった能力だったが、俺の指導の賜物なのか、今ではある程度の身体強化を使いこなす程度にはなっている。レベルはまだまだ3と低いが、日々鍛錬を続けていけば将来的に上位の身体強化・改にまで進化させることは難しくはないだろう。
そうこうしているうちにバルドが接近し、手に持っている木剣を振り上げてくる。その攻撃を難なく躱すと、俺はすぐさま反撃に転じ斜め下から切り上げる逆袈裟斬りを放つ。
「うっ」
「まだ受け流しが甘いが、以前よりも良くなっている」
「まだまだ。次、行きます!」
そのままバックステップで距離を取り態勢を立て直しつつ、俺の言葉に応える。そのまま見合っていても何も始まらないとばかりに覚悟を決めたバルドは、身体強化を発動したまま木剣を振るう。
型に嵌った基本に忠実な剣術は、同世代の剣士と比べてみても頭一つ抜きんでており、鍛錬を積んだ者には未だ届かないものの、まだまだ伸び代のある動きだ。そのことを見学している騎士団の人間たちも理解しているのか、彼らの感嘆の声が耳に届いてきた。
「ほう、あの歳であれほどの動きができるか」
「なかなか有望そうだな」
「平民の出でバルドというらしいですよ?」
「ふむ、バルドか。覚えておこう」
バルドの戦闘を見た騎士団の連中が、口々に彼の評価をする。なかなか好評らしく、将来有望株として名前を覚えてくれたようだ。これは将来騎士を目指しているバルドにとってはいい傾向だろう。
それから、しばらくバルドが攻撃を仕掛け、それを俺がいなす攻防が続いたが、魔力が不足したことで身体強化を維持できなくなったバルドが降参することで決着がついた。結果としては俺に勝つことは無理だったものの、動き自体は悪くなくその実力も見学していた先輩騎士たちに顔を売れたことを考えれば、今回の模擬戦に関しては彼の勝ちと言ってもいい。
「ありがとうございました!」
「まだお前には伸びしろがある。今から卒業する間の期間で驕ることなく鍛錬を続ければ、俺に一撃くらわせるくらいにはなるかもな」
「以前よりも強くなった今の自分から言わせてもらえば、どれだけ強くなっても先生には勝てない気がします。強くなればなるほど、あなたとの距離が遠いことを思い知らされる」
「まあ、別に俺に勝つ必要はないから、とりあえず毎日の鍛錬を怠らないことだ」
「はい」
俺の助言に元気よく返答したバルドの顔は実に満足気で、さらに強くなろうとする向上心が窺えた。ああいたタイプの人間は、自身の実力を過信しなければどこまでも強くなっていくタイプだ。是非とも彼には、近衛騎士団長のハンニバルとはいかないまでも、いくらか打ち合えるくらいの実力者になってもらいたいものである。
模擬戦が終わると、それを見ていた人間から称賛の声が上がり、最初の模擬戦としては申し分ない盛り上がりを見せる。
そんな中、次に出てきたのは以前戦ったお嬢様魔法使いのモリーだった。
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