361話「学園と学園長」
「ここか」
国王の依頼を受けることにしてから数日後、ぽつりと呟きながら俺はある建物を見上げた。シェルズ王国王都ティタンザニア、王城を中心として見た場合においてその南西方面に位置する場所に王立学園は存在する。
この世界における一般教養と、生きていくための武術などの実践技術を学ぶことを目的として設立されたその学園は、国内から多くの人間がやってくる。もちろん、王都以外の都市、例えば迷宮都市と言われているオラルガンドにも学園が存在しているが、場所が迷宮都市というだけあってどちらかといえば冒険者寄りのカリキュラムとなっている。
基本的に学園は平民や貴族などといった身分などは関係なく十二歳から入学することができるが、当然入学するための試験や授業料などの学費が発生するため、大抵は裕福な家庭の子供が入る場所とされている。
「何か用ですかな?」
しばらく建物を見上げていたこともあって怪しまれたのか、たまたま通りかかった学園の職員らしき中年男性に声を掛けられた。ちょうどよかったので、俺は学園長のいる場所へと案内してもらうため用向きを伝える。
「国王の依頼によりこの学園で教鞭を執ることになったローランドという者だ。学園長はどこにおられる」
「ふん、お前のような子供がこの栄えある学園で教鞭など片腹痛い。馬鹿も休み休み言いたまえ」
「そんなことは知らん。俺はここで講師をする依頼を受けた。その依頼を全うするだけだ。案内してもらえないなら勝手に探すぞ」
「ま、待て! 勝手に学園に入ることはこの私が許さない。待てと言うに!」
この手の馬鹿の話を聞く必要はないため、俺は勝手に学園の敷地へと足を踏み入れる。建物の構造はそれほど複雑な造りはしていないため、迷うことなく学園長の部屋へと辿り着いた。
俺が学園長のいるところへと向かっている最中も口うるさい声が聞こえていたが、反論したところでこちらの言い分を聞かないのは目に見えていたため、男の言葉を完全に無視しておいた。
学園長室と書かれたプレートがある両開きの扉の前に立ち四回ほどノックする。それを受けてすぐに室内から「どうぞ」という女性の声が返ってきたため、中へと入ろうとしたのだが、後ろから追い掛けてきた男が俺を止めに入るタイミングと重なってしまい、部屋の中にいた人間からすれば異様な光景に映ったことだろう。
「ボーマン教諭? 一体何をしているのですか?」
「すみません学園長。この子供が勝手に学園内に押し入ってきたのです」
ボーマンと呼ばれた男の言葉を聞いてこちらに視線を向けてきた。その透き通るような肌と光沢のある髪は神秘的であり、年齢的には三十代なのだが、不思議とそれ以上若く見えてしまう。
身に纏う衣装も普段使い用のドレスなのか、その豪華さに負けることなく寧ろ彼女自身の魅力を最大限に引き立てており、とても蠱惑的な雰囲気を醸し出している。
そんな彼女が俺の姿を視界におさめると、座っていた椅子から立ち上がりこちらに対して最大限の敬意を込めて一礼する。それは、誰が見ても美しい所作であり、かくいう俺も一瞬見惚れてしまうほどであった。
「ローランド様ですね。お初にお目に掛かります。学園長のファリアス・レイブンガレスと申します。此度の臨時講師の件、受けてくださり感謝いたします」
「ローランドだ。国王から話が行っていると思うが、一応その旨をしたためた文書を預かってる。見るか?」
「拝見いたします」
「え? ローランド様?」
ファリアスの態度に俺が只者ではないということを敏感に察したボーマンだったが、そんな彼を無視して俺と彼女は話を進めていく。念のため国王から直筆の紹介文を書いて渡されていたので、それを渡す。流れるような所作で封を開け、書かれている内容に不備がないことを確認したファリアスは、改めて歓迎の意を示す。
「では、今後のあなた様が担当してもらう強化についてですが……ボーマン教諭、いつまでここに居るおつもりですか? 早く仕事に戻っていただきたいのですが?」
「は、はいっ。失礼いたしますです!」
状況を整理できず、いつまで経っても部屋にいるボーマンを見かねたファリアスが彼に退室を促す。慌てて退散する彼を見届けると、部下の失態を彼女が詫びる。
「申し訳ございません。真面目な男なのですが、その分柔軟性がなく融通が着ないところがありまして。平にご容赦を」
「別に問題ない。話を続けてくれ」
行き違いはあったものの、予定通り学園長に会うことができたため、特に彼に対しては根に持つようなことはしない。見た目が子供の俺がいきなり講師として働くと言えば、信じられないだろうし、妙な人間として学園に迎え入れることを躊躇うのは当然の反応である。
それからは簡単な打ち合わせを行い、手の空いていた職員に学園内を案内してもらって終わった。その日は学園が休みになる前日であったため、本格的に動き出すのは次の学園がある三日後ということで、いろいろな準備をするため、俺は学園を後にした。
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