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334話「奴隷の好感度」



「よし、お前たちにやってもらいたいのはこの畑の管理だ。できた実を収穫してローグ村という名の村にそれを納めてほしい」



 マルベルト領へと戻ってきた俺とマークは、未だ戸惑っている奴隷たちに彼らの仕事内容について簡潔に述べる。正直なところ、彼らにやってもらうことは特に難しいものはなく、ただ葡萄の栽培と収穫した葡萄をローグ村へと納品するというこの二点だけだ。



 購入した奴隷たちは元々村落出身者が多く、村での作業も畑仕事などといった単純な労働を行ってきた者がほとんどで、複雑な仕事を指示したところで遂行できるかと問われれば、首を傾げざるを得ない。



 だが、畑仕事という一点においては長年行ってきたということもあって専門家といっても過言ではなく、具体的な指示を出さなくともしっかりと働いてくれる可能性の方が高いのだ。



 そんなわけで、必要最低限の身なりを整えさせたのちに、すぐにマルベルト領へと転移し、現在例の葡萄畑で奴隷たちに向かって説明をしているというわけなのである。



「ご、ご主人様。我々がこの畑を管理するということは理解しました。ですが、ここは一体どこなのですか? 我々は王都にいたはずですが」


「ここは、シェルズ王国辺境の地マルベルト領だ」


「そ、そんな辺境の場所まで移動したということは、我々はそれほど長い間眠っていたのですね……」



 などと、奴隷たちを代表して一人の男性奴隷が問い掛けてきたが、こちらの都合のいいように解釈してくれたようなので、具体的な言及は避けることとした。彼らの主人はマークであり、弟の情報については契約などで話すことはできないが、その契約の範囲外にいる俺の情報は話そうと思えば話すことができるのだ。下手な情報を与えてその情報を第三者が掠め取る可能性も否めないため、無暗やらたにこちらの情報を開示するのはあまりよくないことだ。



 奴隷たちにとっても、契約している主人の親類の情報を無理に聞き出すような不義理をする必要もないと判断したのか、それ以上彼らが問い掛けてくることはなかった。それよりも、今は自分に与えられた仕事を全うしようとやる気に満ち溢れていた。あまりに不自然なほどのやる気に気になったので問い掛けてみると、意外というべきか、さも当然だというばかりの答えが返ってくる。



「あの英雄ローランド様にお近づきになれたのです。増してや、その英雄様から直接仕事をいただいて張り切らない者などおりません」


「そういうものか」


「そういうものなのです!」



 力強く力説する男性奴隷を見て若干申し訳ない気分になる。その英雄様が指示しているのは、ただの畑の管理という細事である。もっとそれらしい仕事を割り振ってやるべきなのかと思っていたが、男女問わずやる気になっているところを見るに、その心配は杞憂に過ぎないということがわかった。そして、何よりも我が弟マークがその杞憂を確実なものとしてくれた。



「兄さまはカッコいいのです。その兄さまから仕事を頼まれて張り切らない者などおりません。例えそれが畑仕事というちょっとした仕事でもです」


「そういうものか」


「そういうものです!!」



 先ほどの奴隷とまったく同じリアクションに、そういうものなのだろうかと一応納得してみたものの、どうにも釈然としない。その間にも本来の主人であるマークが奴隷たちに声を掛け彼らを激励し、奴隷たちもその声に応えている。だが、その内容が「すべては兄さまのために!」だの「すべてはご主人様のために!!」などと宣っているが、君たちの主人はマークであって俺じゃないと突っ込みたい。



 そんな俺の願いとは裏腹に、真面目なトーンでマークが問い掛けてきた。先ほどまで“兄さまのためにコール”を行っていた人物とは思えないほどの変わり身だ。



「ところで兄さま。今回の件、僕が父さまの後を継ぐ前にやっても良かったのですか?」


「ああ、そのことか。まあ、問題はないと思うぞ」



 実を言えば、今回のマルベルト領に新たな特産品を加えるという計画について、現当主のランドールが亡くなってから行うとあらかじめマークとの間で決めていた。だが、いきなり当主の後をついでからの新事業ともなれば掛けられる人員も費用もかなりのものとなってしまう。そこで、ランドールが存命している今から計画を前倒しにして実行することにしたのだ。



 そうしておけば、ランドールからマルベルト領を引き継いだ時も負担を軽減できるだろうし、継続的に収益を上げることができる事業であるが故、今の内からマーク自身を担当者として経験を積ませておくいい機会になるのだ。



 仮に酒造りを先行して行ったとしても、まだいくつかの計画が残っており、寧ろマルベルト家の爵位が上がるきっかけの一つとして認識させる程度の雑事に過ぎない。本当の策略はまだまだ先なのである。



「また、あれとあれとあれとあれが残ってるだろ?」


「そういえばそうでしたね」


「寧ろ、今は領地経営の一環としてこの酒造りの管理をお前一人でやってみせろ。やり方は奴隷と村人たちに教えておくから、何かあった時の細かい対処をお前がするんだ」


「は、はい。頑張ります!」



 そう言いながら真剣な表情で返答するマークの頭を撫でつつ、次に俺は奴隷たちの住居作りを行うことにする。当然ながら、一から手作業で作るなどというのは手間であるため、魔法ですべて終わらせた。瞬く間に住居が出来上がっていく様子を奴隷たちが目を白黒させながら唖然と見ていたが、住居が出来上がると同時に俺に向かって平伏してきた。そして、何故かマークまでもが平伏しており、俺がマークの頭を軽く小突くという一幕があった。



 ちなみに、何故彼らが平伏していたのかといえば、何もなかった場所にあっという間に家を作ってしまったことに驚き、そのあまりの常人離れした出来事に“この人は神なのか?”と思ってしまったらしい。何もないところにいきなりそんなものを作ってしまう人外的な能力を見せつけられてしまっては、俺のことを神聖視しても無理はないのだが……。



『この命尽きるまで、一生ローランド様にお仕えいたします』



 うん、ちょっと待とうか君たち。何か忘れちゃいませんかねぇ……。君たちはマークの奴隷であって俺の奴隷ではないということをさぁ……。



 そのことを丁寧に説明してやったが、どうにも理解できない様子で、最終的には俺に仕える前の試練としてマークに仕えるということで納得したようだ。俺としては“違うそうじゃない”と突っ込みたかったが、これ以上説明するのが面倒だったため、とりあえずはそれでいいと匙を投げた。あとはマークが上手くやってくれることを祈るとしよう。頼むぞ、我がと弟よ……。



 それから、奴隷たちの住居に加えて彼らが生活していく上での食料の確保のため、葡萄畑とは反対方向の場所に彼らの食料となる小麦やじゃがいもなどの作物を育てる畑を用意する。基本的に彼らには自給自足の生活を送ってもらうため、衣食住の食に関しては自分たちで賄ってもらいたいと考えている。衣食住の衣については、マルベルト家に出入りしている行商人を通じてマークが適宜支給する形とし、それを一時的に給金とすることにした。



 というのも、彼らもグレッグ商会やコンメル商会などで働いている奴隷従業員と同じく、金銭による賃金を払おうと思って提案したところ、まさかの拒否という返答が返ってきた。理由を聞いてみると、ただ奴隷商会で労働要員や性の捌け口としてこき使われるだけの未来を待つだったところを、救い上げてもらっただけで十分な報酬を得たというのが彼らの意見だったらしく、彼らの中ではそれが何よりの報酬であるということで、断固として俺からの給金を受け取ることを拒絶したのである。……なんでこんなに好感度が高いんだ? 何か、変なフラグでも踏み抜いたのか?



 こうして、奴隷たちの意図しない洗脳が完了し、マルベルト葡萄栽培場が稼働を開始したのであった。

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