286話「モテる男は辛いぜ」
「さっきから、あなたの後ろでちらちらと視界に入っていたのだけど、その獣人は一体誰?」
「ウルルのことか? こいつは――」
「お前、敵」
ずっと俺の後ろで黙っていたウルルのことが気になったのか、アレスタが問い掛けてきた。そのため、彼女の素性を説明しようとしている途中で珍しくウルルが敵意を剥き出しにしてアレスタを敵だと宣った。
一瞬きょとんとした顔を浮かべたアレスタだったが、女性特有の何か勘のようなものが働いたのか、「そう、あなたもそういうことなのね」と一言呟くと、ウルルの敵意に応えるように反撃する。
「そうね。あなたと私は敵みたいね」
「お前、ご主人様に発情している。獣人のウルルそれがわかる」
「なっ」
ウルルのいきなりの先制攻撃に顔を真っ赤にするアレスタ。どうやら、図星だったようで、先ほどまでの冷静さが欠如している。
そんなことはお構いなしとばかりに、今まで黙っていたウルルが、今度はアナスターシャに向かって言い放つ。
「お前も敵。お前もご主人様に発情している」
「わ、わた、私はそんな」
「やめろウルル。あまりそういうことは人前で言うもんじゃない」
あまりに不躾なウルルの言動に俺が窘めると、彼女も大人しく引き下がる。しかし、吐いた唾は吞めぬとはこのことで、一気に場の雰囲気が悪くなってしまったことに変わりはない。そうなってしまったのは仕方ないこととして、俺はアリーシアとビスタに挨拶を交わす。
「それじゃあ、二人とも今回の依頼は達成されたということで処理しておいてくれ。報酬は冒険者ギルドを通して受け取るという形で構わない。では、これにて失礼する」
「わかりました。今回の件本当にありがとうございます」
「ま、待って!」
俺が早々に帰ろうとする素振りを見せると、慌てた様子のアレスタが引き留めてきた。何事かと彼女に目をやると、頬を上気させほんのり赤くなりながらも、勇気を振り絞って口にする。
「こ、今度は私を訪ねて来なさいよ」
おそらくは、期せずしてウルルに自分の気持ちを暴露されてしまったことで、いっそのことこのまま突っ走ってしまえという感じが否めないが、その勇気は偽りのないものだ。どう返答したものかと頭の中で逡巡していると、ここでウルルが口を出す。
「ご主人様は忙しい。お前に構っている暇はない」
「私は彼に聞いているの。あなたは黙っていてちょうだい」
「黙らない」
「なんですって」
そこから、互いに譲らない睨み合いに発展する。……面倒臭いなぁ。
今までこういった俺を取り巻く色恋沙汰はあったが、女性陣同士が揉めることはなかった。おそらくはその女性陣が貴族や王族であったがためだろう。
こういった権力者の考え方としては、優れた人間はその技術を後世に伝えるべく、多くの子供を残すべきであるというのが常識とされており、それ故に大概の場合一夫多妻という考え方が多い。
優秀な人間は多くの女性を侍らせ、その血を残すためその女性たちとの間にたくさん子供を設けるのが効率的であるという価値観を持っている人間であるため、独占欲というもの自体が意味のないものと感じているのだ。
しかし、今の構図は一般人である獣人のウルルと王族のアレスタの二人で、恋愛や結婚という価値観が異なる者同士による争いが起きている。そのため、その価値観による違いが二人を争わせているのだと最初は思っていたが、実のところは違う。
単純に二人とも独占欲が強く、好きになった相手を独占したいという人間特有の感情からくるもの。七つの大罪の一つである強欲という罪にある通り、彼女たちは俺という存在を独占したいという欲望からこのような争いを起こしているのだ。
「ぐぬぬぬ」
「がるるる」
お互い一歩も譲らない睨み合いが続き、そしてどちらからともなく声を上げる。
「かくなる上は……」
「こうなったら……」
「「決闘で勝負だ!!」」
「やめんか!」
「「ぐにゃっ」」
一触即発の様相を呈す二人がいよいよ行動に移ろうとした刹那、俺は両者の頭にチョップを落とす。ウルルに合わせて少し強めにしてしまったがために、その痛みはかなりのものだろうが、自業自得なため謝罪はしない。
頭を押さえながら、こちらに非難の視線を向けてくる二人だが、そんな視線を向けられるのはお門違いも甚だしいため、一応説明しておく。
「何が決闘だ。そんな結果の決まりきった決闘をしたところで時間の無駄だ」
「そんなものやってみないとわからないじゃない!」
「ほう、そうか。一応言っておくが、ウルルはこんな見た目をしているが、これでもれっきとしたSランク冒険者の資格を持っている。俺が直接指導した人間の一人だ」
「え、Sですって!? こんなこまっしゃくれた子供がSランク冒険者?」
「ウルルは子供じゃない! ちゃんとご主人様との間に赤ちゃんも産める」
「そんな予定はない!」
俺の言葉に驚愕を隠せないアレスタの感想に対し、自分が大人であるということをウルルがアピールする。ちゃっかり、俺との間に子供が欲しいという欲望を伝える抜け目なさは放っておくとして、これ以上二人の茶番に付き合うつもりはない。
「とにかく、そういう訳だから。決闘はなしだ。じゃあ、そういうことで」
「あっ」
これ以上この場にいると、また二人が喧嘩をし始めると思い、すぐさま瞬間移動でオラルガンドへと転移する。去り際にアレスタの声が聞こえたが、そんなことは知ったことではないので、無視することにした。
こうして、スタンピードという面倒事を事前に潰すことができた俺だったが、あの男が生きている以上、これだけでは済まなそうな予感がしながらも、オラルガンドへと帰還するのだった。
よければ、ブックマーク&評価&いいねをお願いします。
あなたの清きクリックが、作者のモチベーションに繋がります。




